最終話【そして新たな無双転生者を】

 王城という一種の密室で秘密会議が開かれている。


「この『シンブン』とかいう紙切れを読み、諸卿らはどう思った?」極力落ち着いて話そうとはしているらしかったが漏れ出る怒気は隠しようもない。発言の主は国王であり、その前の大理石のような石でできたテーブル上には大きな紙が広げられている。


(この堅物め、わざわざ国王にいらぬ報告を上げおって!)

 決して声に出せない内心を抱いているのは宰相公爵という王に続くナンバー2。大司卿を睨みつけている。その人物が国王の問いに答えた。

「無双転生者ふぜいが聖典を広めるための技術をこのような紙を作るために使うとは言語道断。即刻追放が妥当な処置かと」

 大司卿の言った〝聖典を広めるための技術〟とは活版印刷を指す。


「ことはそう簡単な問題ではないぞ大司卿。問題はこのシンブンが国の民にばらまかれてしまったということだ。人心には既に動揺の兆しがある!」と宰相公爵は忌々しさを大司卿へとぶつけた。


 しかし次の発言は国王自らの口からとなる。国王から訊かれてしまったのはグルタス軍務卿。

「軍務卿、卿は今のままの体制で国の安全がこれまでと同様、護られると思うか?」


「それは……え……」


「国の安全をギルドに委ねる体制を、このシンブンとかいう紙は疑っておる」

 国王の顔面は蒼白。「——卿がそういう態度となるということはだ、『安全ではない』と喋っているも同じであるぞ」


「されど陛下、となればという解になるほかありませぬ。国の民がそのような危険な役目を自ら欲するとは思えませぬ」軍務卿は答えた。


「だが一部では欲する者が出ているというではないか」大司卿が口を挟んだ。


(また大司卿のヤツか)宰相公爵は毒づくが当然声に出せるはずもない。


「宰相公、公はどう考えるか?」国王による発言許可がようやく宰相公爵へと回ってきた。しかし(こっちに来てしまった)と宰相公爵は内心で苦虫を噛みつぶす。

「むろん国の民の手に武器を渡すなど、そちらの方が危険でございます」そのように答えた。これは本心であった。


 しかし国王はさらに厳しいことばを宰相公爵へと与えた。

「とは言えシンブンは、魔物除けの結界は城門にしかなく、ギルドの組合員は500人に満たぬ、そのたった500人でこの長い街の壁を守れるのか? と問い、国の民に不安を与えておる。結界が張られていないからなら魔物は易々と街内へ入ってくると不安を煽っておる」


「ネルリッタ、お前があの男に内情をバラしたのだろう?」宰相公爵はギルドマスターネルリッタに八つ当たりを始めた。


「ギルド組合員の登録者数は公開された情報ですし、城門に結界が張ってあるというのも前々から国の民に報せていること。ただそれは自動的に『城門以外の場所に結界は無い』とも言えてしまうというだけのことです」落ち着き払った声でネルリッタは答えた。


「ギルド組合員の増員で対処はできないのか?」さらに宰相公爵が訊いた。


「増員は無理です。魔物相手に多少なりとも有効と言える能力が無ければ数を増やしたとて水増しにすぎません。それに、能力があってもやりたがらない者もいます」そう言いながらネルリッタの視線は大司卿を指している。大司卿は一切の異議を唱えない。


 やり取りを聞いていた国王がネルリッタに尋ねた。

「となると正解はどこにある? ギルドマスター」


「正直なところを申し上げてよろしいでしょうか?」逆にネルリッタが国王に質問を始めた。

 

 これに顔を蒼くしたのが宰相公爵。

「陛下に無礼な口のきき方は許されんぞネルリッタ」


「余計なことを言っているのはお前である」そう国王は宰相公爵に言い渡した。宰相公爵は沈黙を強いられる。


「陛下は『魔王伝説』をどうお考えでしょうか?」ネルリッタは訊いた。


「魔王伝説とな?」


「はい。その存在は伝説なのか? それとも実在するのか?」


「そのような答えが余にあるはずもあるまい。それともお前にはあるのか?」


「ありません。しかしもし魔王が実在したなら、それは知性低き存在ではない。結界の張られていない箇所を狙い、街への侵入を謀るのではないか? 誰しも、私もそう考えてしまいます。国の民の動揺の大元はそこにございます」


「いるかいないか分からぬ魔王を退治するため討伐隊を送れとでも言うか?」


「いいえ。それは徒労に終わる可能性が高うございます。それに先ほどから気にはなっていたのですが諸卿はシンブン、シンブンと、こればかりを問題にしておりますがシンブンには〝魔王伝説〟などという伝承の類いは書かれてはおりません」


「ばかにこの度の無双転生者をかばうではないかネルリッタ」宰相公爵が嫌味を口にする。


「元々国の民の中にあった漠然とした不安がこのたびの騒動の原因です。今まで思っていても決して口に出せなかったことをシンブンが代弁した結果の騒動かと存じます」


「なかなかに賢明な分析であるがギルドマスターよ、余が求めているのはであるぞ」


「正解は、この後も『無双転生者』として異世界の人間を転生させ続けるほかありません」ネルリッタは答えた。しかし——


「近ごろばかに人選を間違えているようであるが、」と国王は口にした。

 ネルリッタは少し驚いたような顔をした。国王の話しはなお続く。

「——前の無双転生者は危険な魔物を避けてばかりの戦おうとしない臆病者の男と聞いているし、その前はといったら、女といえば見境無しの性の野獣のような男であった」


 ネルリッタは国王の内心を読む。

(公爵令嬢強姦事件か——)ネルリッタは忘れようとしても忘れられない、無双転生者が起こした忌々しい事件を思い出した。


(性欲はパーティー内で処理していてくれたらあんな事件は——)と思ってしまったネルリッタ。しかしリンゼは防身魔術の使い手で、それをミルッキにもかけていたことも知っている。ふたりは鉄壁のガードで、パーティーの中で無双転生者が性欲を処理することは不可能だった。


(〝無双〟とパーティーを組んだなら性の処理相手もしろ、なんて、言えるわけないか——)

 そんなことを思い浮かべていたのだが、しかし国王を前にしている手前、無難な答え方をするほかない。


「無双転生者がひとたび横暴を始めれば手が付けられないという真理を改めて思い知らされた事件でした。たった1人であの有様です。どんなに時間がかかろうと1人ずつ転生させ試していくほかはありません」


「召還士には神を演じさせ、無双転生者に義務と使命とを擦り込むというのは、もはや絵空事か?」国王は訊いた。


「はい、神をあまり信じてはいないようです」


 この発言がカンに触ったのか、ここで大司卿が口を開いた。

「ネルリッタ、さっきから聞いていると、まるで他人事のようだが、無双転生者召還はギルドの責任だぞ。三度も続けて失敗して、四度目があると思うな」


「お言葉ですが大司卿、わたしは三度目が失敗したとは考えておりません」


「あの髭もじゃの下品な男がシンブンなどというものを作り国の民にバラ撒いたが故のこたびの騒動だということを、認識してはおらぬと言うのか?」


「髭もじゃとは失礼な。彼には知性と理性がありました」


「ばかにかばうではないか」と宰相公爵と同じことを大司卿も口にする。


 その理由について、さすがに〝おっぱいを揉む話し〟はここではできないネルリッタ。代わりに、

「知性と理性が無ければ野獣ですから」とニコリと笑って嫌味返しをしてみせた。


 しかし国王は終始不機嫌だった。

「その男はもう元の世界へと送り返したのだ。新たな、都合の良い無双転生者像についての協議を始めねばならぬ」国王は諸卿にそう言い渡し強引に議題を変えた。


                                 (了)

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誰だ⁉ 新聞記者なんて無双転生させた奴は! 齋藤 龍彦 @TTT-SSS

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