第5話【少女に手が握られ続ける謎】
『回復するまで待ってくれ』と言った異世界の不良はそれきり何の反応も見せなくなった。
身体に嫌な汗の流れを感じる天狗騨。少女と繋いだ手に不自然に握力をかけてしまったせいだろうか、
「だいじょうぶです。魔術力を放出させられて寝入っているだけですから」と見透かされるように少女から言われてしまう。繋いだ手をヘンに握り返してもまだ天狗騨の手は握られ続けている。
天狗騨は取り敢えずどうしても訊いておかねばならない事があると、改めて思わざるを得なくなっている。どう考えても好意からこの手が握られているとも思えない。
「なんで我々は手を繋いでいるんです?」無粋を自覚しながら天狗騨が訊いた。
「待って下さい。もう少し我慢して下さい」
「がまん?」
「しょうがないですね——」とリンゼは天狗騨の顔を見、「水晶玉をこちらに確保するまでです」と、理由とおぼしき理屈を告げた。
むろん水晶玉などと言われても天狗騨には何のことやら解らない。リンゼは倒れている異世界の不良の傍らへと、やはり天狗騨の手を引き、引きずりつつしゃがみ込む。そして空いた一方の手を不良の懐に突っ込み胸の辺りをまさぐり始めた。
(これはどういう女子だ?)とその様子を顔を少々引きながら見ているだけの天狗騨。
「ありました!」とリンゼは透明度の高い球体を天狗騨に向け掲げた。まさしく水晶玉のようであった。そして続行ですぐ「これで安心です」と口にするや繋いだ手はパッと離されてしまった。
いざ離されてしまうと、それはそれで複雑な心境になってしまう天狗騨。
「その球は武器かなにかですか?」天狗騨は訊いた。しかしリンゼは直接その問いには答えず、
「すべからく物事には理由があります。わたしがあなたと手を繋いだのも——」そこまで言って続くであろうこの先を喋るのをやめてしまった。
(?)な天狗騨。
「そう言えばあなたのお名前をまだうかがっていませんでした」
(そこかい!)
こうして天狗騨は遅ればせながら自己紹介をする羽目になった。
「私はASH新聞社会部の
「えーと……」明らかにリンゼはリアクションに困っているようだった。
(ASH新聞など、この異世界ではしょせん通じぬ肩書きか)
天狗騨は悟り、自己紹介をやり直すことにした。
「記者の仕事をしている
「『キシャ』、ですか。それはやはり尊いお方なのでしょうね」
(そこは尊いお仕事の間違いじゃないのか?)
「きしゃというのは人名じゃありません。記者とは、そうですね、『社会の不正義を糾す!』そんな仕事です」
「つまりあなたは騎士さまですね」
話せば話すほど話しが通じなくなると天狗騨は感じた。(説明はもう切り上げよう)そう思った。
「そうでなければ勤まらない仕事です」と言っておいた。
「あっ、すみません。わたしの方がまだでした」と少し慌てたようにリンゼ。その口ぶりからどうやら自己紹介をしてくれるようだった。
(まあ、成り行きで『リンゼ』という名であることだけは知ったが)と天狗騨。
「わたしの名はリンゼ・エントランス——」
(エントランスってのは入り口という意味だ。これは偶然か、何かの寓意含みか)そんな事を思ってしまう天狗騨、しかし名を名乗った後の〝その先〟が続いていかない。
(喋るのをためらっている? 名前の後に名乗るのはたいてい肩書きだ。素性は明かしたくないのか?)
(まあそれならそれで—)と天狗騨が結論を定めようとしたその時、
「——王国の第三十三王女です……」リンゼは確かにそう口にした。
「それじゃあ〝こうぞく〟じゃなかった、〝おうぞく〟って事ですか?」
「血筋だけは。でも認められてません。何しろ女の中だけでも三十三番目ですから——」
(こっちの世界にも『徳川家斉』という猛者がいた。それを思えばさもありなん、か)
徳川家斉とは江戸幕府第11代将軍であり、側室は40人、生ませた子女は実に55人を数えた。
「——だから、認めてもらうために、魔物をもっともっと倒し続けないと」リンゼは思い詰めたような顔で決意を語る。
「『魔物』と言うんですか、って事は『魔王』でもいるとか?」
「いるっていう伝説はあります。だけど誰もその姿を見た者はいません」
(伝承の類いか。しかし現実に謎の巨大生物はいる——)なにせ他ならぬ天狗騨がそれを倒してしまっている。が、ここでふと我に返った。
(何で俺は人の身の上話を聞いている⁉ 自分のペースで話しができない!)
取り敢えずどうしても訊きたかったのは、『なぜ手を繋いだのか』。その事を今さらながらに思い出したのである。
「ところで私はなぜあなたに手を繋がれたのですか?」
この雰囲気で訊くには相当間の抜けた質問を天狗騨はした。
「この倒れている人は〝転方魔術〟が得手なんです。どんな物でも人でも、自分自身でさえまったく別の所へ飛ばすことができる。もちろんどこへでもってわけじゃないですけど。だけどさっきの場合、えーと——」
「どうかしましたか?」
「あなたのことを何とお呼びすれば?」
「……てんぐだ・さん、とでも、」
さすがに10代と思しき少女に下の名前を呼ばせるというのもためらわれたし、同時に呼び捨てにもされたくなかった天狗騨だった。
「ともかく話しを続けましょう」と天狗騨は強引に元の話しに引き戻す。
「つまり、この人が、テングダさんだけをどこかへ飛ばすかもしれなかったからです」ようやくリンゼの答えが天狗騨の訊きたかった核心に届いてくれた。
「それはあなたと手を繋いでいればその可能性を排除できると、そういう事ですか?」
口調がついつい記者調になるのは職業病である。
「ちょっと待って下さい」
(またか)
「なんでしょう?」
「わたしのことを〝あなた〟としか呼んでくれていませんが、わたしにも名前があります。だから名乗ったんです。わたしのことは『リンゼ』と呼んでください」
(呼び捨てでいいのか?)
「王族の血筋と聞きましたが、それでいいんですか?」
「構いません。血筋だけで王族でもなんでもないのですから」
(いや、十二分に性質がそれっぽいが)
「では再び話しを続けましょう」ツッコミは内心だけにして続きを促す天狗騨。しかしそこでもブレーキがかけられる。
「それだけですか?」
「では続けましょう、リンゼ」
「はい、テングダさん」
(なんていうのかなあ)
「わたしはただの女の子のように見えるかもしれませんがこう見えて〝防身魔術〟の使い手です。わたしとわたしの触れた人や物に降りかかろうとするあらゆる災厄を無効にできる。だからわたしと手を繋いでいれば、どこかへ飛ばされることはない。あとは転方魔術発動のために必須の道具であるこの水晶球を奪ってしまえばもうこの人に魔術は使えません」
「って事は俺は護られてしまったのか……」
口にしたくなかったからしなかったのだが、天狗騨は〝女の子に〟を省略した。『俺は女の子に護られてしまったのか』とは言いたくなかった。
「なに言ってるんです? テングダさんがこの人の動きを止めてくれたからこそですよ」
「ということは二人で協力したからこそ、ですか」
「ええ」と笑顔で応じるリンゼ。
その一方で天狗騨はこんな事も考えていた。
(『無双転生者』などと言われてしまったが、厳密な意味で〝無双〟ではないということか……)こうした思考パターンに陥るのはやはり新聞記者という職業柄ゆえである。
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