第6話【前・無双転生者のパーティー】
天狗騨は今年36歳にして未だ独身である。そんな彼は既婚者から結婚がいかに素晴らしいか、折伏調に説かれた事が何度かあった。その際、夫婦円満の秘訣を訊いてもいないのに教えてくれる。
異口同音に必ず耳に入れられるのが『妻の話しを聞く』というもの。ただ聞いているだけで、どんなに突っ込みたくなってもただ聞いていること。
天狗騨はただ今それを実践している最中である。相手はもちろん妻ではないが。
異世界の王国のずーっと下の方の王女リンゼは天狗騨に、王女とは名ばかりでいかに苦労を強いられてきたかといった不幸な身の上話からずーっと喋り続けている。天狗騨はただ肯き続けるのみ。そこに倒れ続けている異世界の不良が目を覚まさない限り果てしなく続いていくようであった。いくら相手が美少女と言えるほどの少女でもこれは楽しくない。
(しかしここまで俺に話し続けてくれるという事はそれなりに信頼を得ているという事だ)そう思う事にして天狗騨は今なおただ我慢強く聞き続けている。
だが黙って聞き続けていた甲斐があった。
リンゼの前のパーティーについての話しになったのだ。
(こんな時に怪物よ、現れてくれるなよ)と念じながらこれまで以上に耳を研ぎ澄ます天狗騨。
必然、天狗騨が社用車で轢いた(?)ような具合になってしまった前の無双転生者、本来の意味通り気化するように蒸発して消え失せたあの男の話しになる。
「あの人は無双でした。確かに無双なのにひたすら安全な道しか選ぼうとしない」
(よし)と天狗騨は決めここで初めて問い返す形をとった。
「それは恐ろしい敵とはなるべく戦わない、という事ですか?」
相変わらず喋りが記者調になるのはしょうがない。
「ええ、そこら辺の、普通の冒険者のようでした、まるで」
無言で肯く天狗騨。
「ほら、そこに寝ている転方魔術の使い手の人、この人を『パーティーに入れよう』って言ったのも前の無双転生者の人なんです。珍しいんです、こういうの」
「もしや、いざとなったらすぐ逃げられるように?」
「当たりです、テングダさん」
そうは言ったものの天狗騨としては立ち位置が少し難しい。
(あの蒸発した男、気に食わない男だったが、こうした価値観を一概に否定はできない)
「ひとつ訊きたいのですが、私が倒してしまったあのひとつ目の怪物はどの程度でしょう? 〝恐ろしい敵〟のうちに入りますか?」
リンゼは深刻そうな顔をして、
「ええ、恐ろしい
(え?)
ひとつ目という見かけ上の点においては恐ろしい怪物だった。しかしアレがそれほど恐ろしかったとは——、とても正直そうは思えない天狗騨だった。
「しかし割とあっさり倒してしまいましたが」
「それはテングダさんが無双だからです!」リンゼは弾むような声で天狗騨を肯定してくれる。が、天狗騨は冷静である。
「しかし、前の方も無双だったわけでしょう? 彼もあの怪物を倒す事は可能だったのでは?」
「でも前に遭遇した時には逃げましたけどね」
「倒せるのに逃げたんですか? なぜです?」
「『顔が怖い』って言ってました」
(あれだけ俺にイキってたのに、口だけ番長かよアイツは)率直にそう思う天狗騨。
「やれやれ」、としか言いようがなかった。思わずそう声が漏れた。なぜだかそのウケをとろうとしたわけでもない言い様にころころと笑い出すリンゼ。ようやく笑いが治まるや、
「なんかテングダさんには不思議な魅力があります」
「魅力ですか、私にも?」
「〝にも〟じゃありません。無双とか関係なくて、それは天狗騨さんにしかありません」
美少女にこうまで言われたら通常は舞い上がる。しかし天狗騨はおっさんで、それなりに人生経験がある。
(会社の近所の店で言われそうなセリフだ)そう思った。
ASH新聞東京本社は〔東京・銀座〕のごく近所にある。天狗騨の思い描いた店とはいわゆる『銀座のクラブ』であった。
天狗騨は己の胸に手を当てる。
「この自分とパーティーを組み、さっきの一つ目みたいなのを倒していく、そういう目的ですね?」
「ハイッ」
(ここまではっきり言うか?)と思う天狗騨だったが、当初からお願いはされていた。『このわたしをあなたの仲間に、パーティーに入れてくれませんか?』という言い方で。
(この俺を利用しようとしているのだろうか?)
しかしこうしたシチュで、悩まない者は徹底的に悩まない。相手は美少女、協力する代わりに性的欲求を引き替えにできれば利用どころかお釣りが来るくらい、と考える。
(だがそれは社会正義に反する!)
天狗騨はこういう思考の男である。
「あなた、じゃなかった、リンゼが怪物達を倒そうというのは、みんなのためでもあるし、自分のためでもある、そういう事ですね?」
「あの、そこは『怪物』じゃなくて『魔物』です」
「……」
「——でもそうですね、テングダさんの言うとおり。〝みんなのため〟だけじゃ戦えないのかも」
(正直な女の子だ。もしかして何か企んでいるだとかは無いのかもしれない)
しかし天狗騨は相手が美少女であっても一筋縄ではいかない。リンゼに向かいこう切り出し始めた。
「でもリンゼは『王国の未来のために』と私に言いました」
「は、はい」
「私の立場は客観的には外国から来た傭兵という立場です。一国の未来を傭兵に託すというのはおかしくはないですか?」
「わたし、おかしいんでしょうか?」
「違います。リンゼじゃなくそのもっと上の上がおかしい」
「……」
「確か、王族の血筋なんですよね?」
「一応は、」
「街へ—、いや王都とか言いましたか、そこへ行ったら誰でもいいから政治家と会わせてくれませんかね、どうしても詳しく話しを訊いて確認したい事があるんです」
「それはいったい……」
「なに、ただの確認です。そこは気にしないで下さい」
天狗騨の転生前の職業は新聞記者である。何か火がついてしまったのか〝何らか〟を思いついてしまったようだった。
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