第7話【金(きん)の塊】
「そうだ、大事なことすっかり忘れてました」突然リンゼがぽんと手を叩いた。
「何をです?」と訊く天狗騨。
「わたしだけでは無理かもしれないのでテングダさんも手伝ってください」そう言われるやまた手を繋がれてしまった。
(ヲイヲイ)と思うしかない天狗騨だったがリンゼになされるままになっている。
リンゼの歩いて行く先は天狗騨の乗ってきたASH新聞社用車の方。車の傍まで来るとリンゼはぱっと天狗騨の手を離し、地面に目を落としながら社用車の周りをうろうろ歩き始めた。
「何か捜し物ですか?」
「あっ見つかりました!」
(ばかに早く見つかる)といぶかしく思いながらリンゼの方へと歩いて行く天狗騨。リンゼは地面に向かい指をさし、「これです、これ!」と言っている。
その場まで天狗騨が来ると、足だけでなく身体までが止まった。
そこにあったのは金色をした球体、だがボールのようには見えず、表面はごつごつとしていて大きな石のよう。それでいて少し遠目から見れば真球のように見えるという不思議な物体だった。
(
「魔物を倒すと魔物の死体は
(
天狗騨も一応ゲーム的知識の欠片くらいは持っている。
(モンスターを倒すとそれが金貨になるってのは定番中の定番らしいが、それを実際にこの目で見せつけられるとな——)
(やはりここは〝科学〟の世界ではなく〝魔術〟の世界だという事なのか……、だとすれば『魔王』も実在する?)
「凄いでしょう。こんな大きな金塊なんて」
リンゼは天狗騨が金塊の大きさに驚き固まったと微妙に外した感じで天狗騨の内心を想像したらしかった。「——強い魔物ほど大きな
そう言われ改めて球体の大きさの品定めをする天狗騨。
(直径は、三十センチ、といったところか、)むろんこれほどの大きさの金塊など見たこともない。
「二人で持ちましょう」とリンゼの方から声を掛けられ、言われるまま球状の金塊に手を掛ける。ほんの僅か動かしただけでもうズシリと手の平にかかる相当の重量。それは間違い無く本物であるとの確信を天狗騨に抱かせた。
(やはり生活を考えた場合、先立つものは
しかしそれにしても重い。
(こんなもの『一人で持って』、と言われたらどうだろう?)
ただでさえ平らとも言えない柔らかな地面、そんな条件でこれを持ち上げ身体をひねるなど迂闊な動きをすれば、たちまちのうちにぎくりと腰を痛めそうな気がした。
(なんでもかんでも二人でやろうとするのは、人に頼りたくないよほど自立心の強い少女なのだろうか?)天狗騨は思った。そんな事を考えていると、
「じゃあ行きますよ」とリンゼが合図。
「せーのっ」という声と同時に四つの手が球状の金塊をだいたいにおいて腰の高さまで持ち上げた。ちなみに天狗騨は『せーのっ』は言えなかった。
(女手でもありがたい)率直に天狗騨は思った。
「で、どこへ持っていけば?」と天狗騨。
「王都です」とリンゼ。
「……けっこう、遠くないですか?」
「距離はわりとありますね」割と平然あっさりとリンゼは口にした。
あらゆるツッコミが成り立ちそうだった。
まず魔物を倒しそれが金塊に変わるたびに王都とやらに戻っていたら、永遠に魔王とやらの元へたどり着けそうにない。
「テングダさんの馬車に積みましょう」リンゼが提案した。
(馬車とは社用車の事らしい)(この車ごと転方してくれるという話しならそうなるだろう)と天狗騨は考え、
「取り敢えず車のトランクに入れましょう。いったんこれは下に」と天狗騨は言った。球状の金塊は静かに、再び地面の上に置かれた。
天狗騨はポケットからキーを取り出しトランクのロックを外す。トランクを開けるや、今度は一人で金塊を抱え中へとごろり転がす。
その様子を見ながら「馬はどこかへ逃げてしまったんですか?」とリンゼが素朴な質問をした。
「これは馬がいなくても動くんです」
そうは言ったものの天狗騨が乗ってきたASH新聞社用車は、異世界・深山の森の中。こんな所では何の役にも立たない。「まあ動くのは平らな所限定ですけどね」と付け加えた。
「——ところで、こんなに重い物(球状の金塊)をいちいち王都へ運ぶんじゃ大変でしょう?」天狗騨はどうしてもやらずにはおれないツッコミの敢行を始めた。
「だから人手が要ります。だからパーティーを組むのが必須なんです」
天狗騨が訊きたかった回答とは微妙に外れている。
「ほら、転方魔術でしたっけ、アレを使える人がいたならその魔術でこういうの(金塊)を送ればいいだけで、いちいち戻る必要は無いじゃないですか」
「だけど持ち逃げされますよ」
「……」
異世界に来ているのに異世界感がしだいに無くなっていく天狗騨————。
(人間はどこでも人間か……)
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