第8話【天狗騨記者、無双なのに〝衛兵〟程度に手を焼いてしまう】
「また人を轢くなんて、もうごめんだぞ」ASH新聞社用車の運転席に座る天狗騨が注文をつけた。
「分かってますよ」と助手席に座る異世界の不良。彼が手にしている水晶玉の中に〝石を組み上げた高い壁、その壁に開くトンネルのような入り口〟が像を結んだ。
天狗騨が顔を半分ほど後ろに向けリンゼに訊いた。
「ここで間違いない?」
「はい、王都です」と後部座席に座るリンゼが運転席と助手席の間から確認。
「じゃア、王都へ戻りますよ」と丁寧なことば使いの異世界の不良。左手に持った水晶玉を右手でつるりと撫でると、さっきまで水晶玉の中に映っていた景色がもう社用車のフロントガラスの向こう側にあった。
「こいつは凄い」天狗騨が率直に感想を述べた。
「俺、けっこう役に立つでしょ?」と異世界の不良。
「あっ、もうこっちに来ます」とリンゼ。
天狗騨一行の乗るASH新聞社用車の方へと駆けて来るのは城門の入り口の門番をしていた衛兵。その数3人。
「面倒ごとに巻き込まれるのは嫌だろう? 君はもう行っていい」天狗騨が異世界の不良に声を掛けると、
「もうお役ご免ですか? 俺をパーティーには入れてくれないんですか?」と戻ってきた。
「だいじょうぶかなぁ」と不安そうなリンゼ。
「じゃあこの水晶玉、また預かっててくれ」そう言って異世界の不良は後部座席のリンゼに水晶玉を渡してしまった。そうこうしているうちにいったいあれは何なのかと目ざとくASH新聞社用車を見つけた野次馬達までもが駆けてくる。
もちろん一足早く着いたのは衛兵。社用車の窓ガラスがコンコン叩かれた。
「オイ、貴様らこの怪しげな乗り物からすぐ降りろ」居丈高にその衛兵が命令を下してきた。
(言われずともそうするさ)と天狗騨。社用車のドアを開け外に出る。むろんリンゼや異世界の不良も。
「何者だ?」と別の衛兵が天狗騨達に尋ねる。
「この王国の第三十三王女、リンゼ・エントラス一行だ」天狗騨が名乗った。
「ちょっとテングダさんっ」とリンゼに腕を引っ張られる天狗騨。しかし『無双転生者天狗騨サマのパーティーだ』などとはとても言えない。なにせ天狗騨は36歳で、高校生などではなかったから。
しかしそんなセリフを吐かなかったにも関わらず現場は爆笑の渦に包まれた。
「第三十三だってよ」と、明らかにリンゼに対する侮蔑のことばが天狗騨の耳にも届いた。うつむいてしまうリンゼ。
しかしその馬鹿笑いの中、少なくとも一人の者の顔に笑みは無かった。衛兵も3人いると1人くらいはまともな思考力と判断力を持つ者がいるものである。
「ばか、この訳の分からん乗り物を見ろ」と口にした。間違い無く社用車についての発言だった。その衛兵が天狗騨に近づいてきて言った。
「失礼ですが、異世界から、ですか?」
(話しが通じそうな者がいるとはこれ幸いだ)と当然の如く思った天狗騨は当然名乗る事を決断する。
「無双転生者、という事になっています」天狗騨は名乗った。
通常なら『ASH新聞社会部の天狗騨といいます』なのだが異世界ではASH新聞は通用しないのでしょうがない。
だが唯一、話しの通じそうなその衛兵は明らかに疑いのまなこを向けてきた。
「なぜ断定できないのですか?」と訊いてきた。
「それは証明のしようが無いからですよ」と天狗騨は答える。ここで(そうだ!)と言い終わった後に気がついた。
「ちょっと待ってくれ」と言い社用車のトランクの方へと廻り、中から例の球状の金塊を持ち出してきた。あまりに重いので適当なところまで運んでごろりと地面に転がし「これは魔物を倒した結果——」まで口にしたとき、耳をつんざくような悲鳴が場を包み、集まった野次馬達が蜘蛛の子を散らすように逃げ始めていた。なぜ逃げるのか理由がさっぱり解らない天狗騨。
しかしそんな中でもその衛兵は微動だにせず表情も変えず、
「これだけでは何の証にもならぬ」と口にするだけ。
ここで思いっきり『わーっ』だの『あーっ』だの叫べば、この威張り気味の衛兵をふっとばし、そして倒れ、『どうだ俺は無双だろう』と言えるのかもしれないが、さすがにそんな無茶はできない天狗騨である。なにせ殺人犯人になりかねない。
「ではどうすれば?」と訊いた。
「まずは大聖堂へと行くことだ。そこへ行けない、いや行きたくないというのなら貴殿は無双を騙る食わせ物だということだ」ニヤリ笑いながらその衛兵は言った。
「はぁ? そこに誰が?」
「全てをお見通しになる大司卿様よ」
「そういう肩書きの政治家ですか?」
「政治? そんな俗な者ではない。神に仕えるお方だ」
(こっちが行きたいのはそんなトコじゃない!)と思ったがそこ以外には行かせて貰えなさそうな雰囲気。思うようにならない様にだんだんとイラついてくる天狗騨。(無双とはいったい何の役に立つのか!)
遂には抗議を始めてしまう。
「率直に言いますが私はあなたの上役の上役の——」喋っている途中でリンゼにくいくい背広の裾を引っ張られていた。
「ここはいったん引きましょう、テングダさん、無双転生者の証明が無ければ政治家に会うなんてどだい無理なんです」
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