第19話【賃貸屋敷の大家ミルッキ】
正直こちらへ転生してからというもの何一つ口にしていない天狗騨である。
『屋敷』までは徒歩で移動するしかないらしく、少々ウンザリしていた天狗騨だったが、なんと歩いてほんのすぐのところにその物件はあった。ギルドからは5分少々しか歩いていない。間違いなくそれは街の中心部、一等地にあると言って過言なかった。
(なるほどな)と天狗騨は思うしかない。(フリー君がここに住み続けたがるわけだ)と。
街中にあるだけあって、別に広大な庭があるわけではないが、天狗騨が元いた世界でも邸宅で通じる物件のように見えた。
そしてそれぞれ一枚板の両開き、いかにも重厚な扉をした玄関。その前に天狗騨とリンゼとフリーは立った。しかし立っているだけ。
「来たはいいんスけど鍵が無いんスよテングダさん。前にパーティー組んでた無双転生者が持ってたもんで」フリーが言った。
「……」
「じゃあわたしが事情を説明するほかないわね」と今度はリンゼ。呼び鈴の紐を引っ張る。カランコランと鈴の音の後、しばらく経って玄関扉が開く。開けたのはツインテール状に髪を結ったメイド服の少女。その少女にリンゼは声を掛けた。
「
「え?」と思わず声が出てしまった天狗騨。
「どういうことなの? リンゼちゃん」とメイド姿なのにメイドとも思えない口ぶりで口をきく少女。
「前の借り主が消えちゃったんです」とリンゼが答える。
「そうなの? アイツ消えたんだ、」とメイド服の少女。
「うん」
「また消えたのか……、これじゃますます幽霊屋敷にされちゃうな……」
そうしたメイド服の少女のつぶやきを本来記者が生業である天狗騨が聞き逃すはずはなかった。
「ここはいわゆる事故物件ってやつですか?」
しかしメイド服の少女は天狗騨に一瞥をくれただけ。
「誰? このおじさん」
「新しい無双転生者の方です。テングダさんといいます」リンゼがそう言った途端にメイド服の少女の態度が豹変。
「リンゼちゃん〜っ、また役に立ってくれてるじゃ〜ん。さ、おじ様、入って入って!」とさっそくに中に入るよう求められる。だがその直後のこと、メイド服の少女はフリーにも気づいたようで、
「あんたもまたパーティーに入れたってわけ? 運、良いよね」と実にぞんざいな態度。
(とにかくこの少女が
建物の中に入ると一階部分はちょっとした広間になっていて、サイズこそミニサイズだが由緒正しきホテルのロビーのような雰囲気がある。やはりここも採光窓の位置に工夫がされているようで電気が無さそうなのに適度な明るさが保たれている。
(とは言え夜になったら幽霊屋敷の雰囲気になりそうだ)天狗騨は先ほどのことばを忘れていない。見たところ夜間の照明は各所に設置されたランプであるとしか思えず、コードも見当たらないところからロウソクか何かを使うとしか思えない。
「ではあちらにお掛けください」とメイド服の少女に促されさっそく4人で対面の応接セットに腰掛ける。むろん天狗騨はメイド服の少女の正面になるよう、座席の位置取りをした。
しかしいろいろ事情を訊こうと思っていた天狗騨のペースにはならなかった。
「こんな服着てるけどわたしが
(しかしその格好は使用人だが)と天狗騨は思ったが、敢えてつまらないツッコミはしなかった。
「ではさっそく家賃の前払いを。え〜とテングダさんの場合、ヒト月ギルド金貨12枚です」、そう大家ミルッキは言った。
「ただでさえタケーのになんで値上がりしてんだよ?」とフリー。
大家ミルッキはフリーを睨みつけた。ちなみにフリーは天狗騨の隣に座っている。
「あんたが鉄の馬車を持ち込んだんでしょ? その置き代」
(あぁ社用車の駐車場代か)と天狗騨。そう言われてしまったフリーも黙り込んでしまった。
しかし天狗騨の思考は新たなとっかかりを得ていた。取り敢えず白い布袋からギルドで換金した金貨を12枚、順々に低いテーブルの上に並べていく。ギルドの天井の修理代と合わせ既に袋の中から17枚の金貨が消えたことになった。すでに半分以上消えてしまった。となると、必然こう思ってしまう。
(あのネルリッタという女性の言ったことは、これを見越した親切だったのだろうか)
しかしこうした思考も一瞬、とっかかりが消えぬうちに天狗騨が動いた。今ちょうど大家ミルッキがにこにこ嬉しそうに、金貨を確認するよう1枚1枚メイド服のポケットに入れている最中。
「その金貨のことを、さっき『ギルド金貨』と言っていましたが、まるで『普通の金貨』があるみたいですね?」
「あぁ、テングダさんは来たばかりか。じゃあちょっと待ってて。金庫にしまうついでに持ってくるから」そう言うや大家ミルッキは立ち上がり屋敷の奥へとぱたぱた歩き出していた。
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