第24話【リンゼとミルッキ】

「俺がいて良かったっしょ」と得意げなフリー。転方魔術発動のための小道具・水晶玉を腰袋にしまいながら「—でも4人もだと、ちょっと疲れるんスけどね」とも付け加えた。


 今、天狗騨、リンゼ、フリー、大家ミルッキの4人は壁で囲まれた街の外、郊外に建つクロスゲード家の別邸に着いたばかり。ここにミルッキの両親が住んでいる。

 となればすぐさまASH新聞社用車を持ち出し〝はいサヨナラ〟もない。挨拶くらいはしていくのが社会人(?)の常識というものである。

 かくして天狗騨一行はミルッキの両親・ミルッキといったクロスゲード家の人々とティータイム(朝食は一応済ませたばかりなので)をともにすることになった。一方両親の側としても、新しい〝借り主〟の素性は知っておきたいといったところだろうか。


 そうしたわけで談笑しながらのティータイムが始まっている。むろん天狗騨は話しながらも記者らしくもろもろの観察は抜からない。紅茶のような飲み物に、あまり厚さは無いが直径だけは大きめのビスケットのようなもの。その量は都合6人分にしては〝どっさり〟とは言えない。微妙な少なさである。

 家の中の様子と言えば、見た感じやはりというか、使用人も雇っている様子が無い。と言うだけあって外からも中からも、ナリはそれなりだが『貧乏貴族』というのは〝その通り〟であるようだった。


 この別邸は街の壁の外側に建っていて、外側には魔物がうろついているということなので本来住むには安全ではない。まして貴族ならなおさら住まないような立地条件だ。だが経済事情のよろしくないクロスゲード家は中心部に建ち利便性の高い本邸を賃貸物件として他人に貸し、自分達は郊外に住むほかなくなっていた。

 その本邸を貸し主に荒らされないよう、ミルッキだけは移り住まず在住しているといった次第。

 親として実の娘を〝よく分からない男〟と同居させられるのにも理屈はあった。それがリンゼの存在だった。彼女の持つ、生まれついてのスキル『防身魔術』は〝純潔〟も守れるからだ。


 ふたりが出会ったのはギルド。一方は組合員として、一方は依頼者として。


 リンゼは王家の血筋であるがひどく落ちぶれていて、しかし下を見ないで上へ上へと野心たくましく向上心だけは失わない。向上するための唯一の手段、〝お金を集めるため〟、その最も手っ取り早い手段として、危険な仕事・魔物退治に女だてらに手を出すことを決意し、実行に移す。生まれついてのスキル『防身魔術』が認められギルド組合員に。

 ミルッキとの縁は正にそうした時だった。いよいよ本邸を他人に貸し、郊外の別邸に移り住む他なくなった没落しつつある貴族クロスゲード家、そこでミルッキの両親はギルドに、『別邸周辺の安全確保のための魔物退治』というクエストを持ち込んだ。ただ求めたのは普通の意味の退治ではない。たとえ退治しても〝一時的な安全〟では住むに当たって意味が無い。〝半永久的な安全〟の確保を求めたのだが、依頼内容の割に報酬が低い。

 誰も引き受けようとはしないそのクエストを引き受けたのがリンゼ。

 リンゼのスキルでは魔物は倒せないが、『防身魔術』は魔物の侵入を防ぐことができる。即ち結界張りである。クロスゲード家とリンゼの両者の利害は完全に一致し契約が成立した。

 ただその結界は永遠というわけにはいかない。張っても効果はせいぜいひと月ほど。これがリンゼにとっては逆に幸運となり契約は長期契約となった。

 しかしここでリンゼは新たな対価として金貨を求めなかった。人の持つ能力を透視するもうひとつの力を使い、金払いの良い無双転生者を次々借り主として連れてくる。リンゼはそうしてクロスゲード家本邸に住み続ける契約を獲得した。リンゼは女の子でありミルッキの両親としても娘を1人で見知らぬ男と同居させる状態を回避できるという面もある。

 後は『王族の血筋』と『落ちぶれている貴族』の利害関係が一致。友情だと断言できるかというと少し怪しいがここにふたりの共助の関係ができていた。


 ここまでが天狗騨が大家ミルッキの両親との会食で得た情報。もちろんミルッキ本人、リンゼ、フリーの3人もこの席には座っていたのだから、なんとも赤裸々な話しをしたものである。もはや見栄も外聞も飾る必要も無いと、そうしたある種の覚悟さえ天狗騨には感じられた。


 だがそうした〝落ちぶれている系〟の会話であっても、フリーだけは内心穏やかではいられないようだった。クロスゲード家でのティータイム中はずっと無口。一通りの談笑タイムを終えASH新聞社用車が置かれているという馬小屋へ歩いている途中に、

「相変わらず便利使いされてんな」と誰に言うとでもなくフリーがぼそり。しかし〝聞かれて困る〟といった声量ではない。当然と言うべきかその声は拾われる。誰に向けて言っているのかは瞭然らしく、

「わたしは了承してやってる」とリンゼはビシリと逆にことばを投げつけた。

「待て待て、もう少し友好的にはできないのか?」思わず天狗騨が苦言を呈した。とは言えフリーの気持ちも分からないではない。

(『血筋』だとか『貴族』だとかいうワードが心底嫌いなのだろう)と天狗騨は思っていた。だがそんな空気もどこ吹く風。

「そうそう、友好的にね〜」と、実家のみっともない話しを聞かれた直後なのになぜだか上機嫌の大家ミルッキ。

(やはりもう開き直っているな)

 一行は既に〝〟に着いている。もちろんそこは馬小屋。


 馬小屋にはもちろん馬などいない。屋根こそは存在していたが入り口の扉が壊れっぱなしで、既にASH新聞社用車は目の前に見えている。しかし信用ある人間が管理してあったと見えて前バンパー脇に取り付けられたASH新聞社旗もそのまんま。

「それよりテングダさん、あの鉄の馬車、馬がいなくても動くんですよね?」と興味津々な大家ミルッキの態度。

(なるほど、よほど乗りたいのか。この車、空気を変えるためにはいいかもな)と天狗騨。

「よく解りましたね、確かに鉄でできていますが正確には〝自分で動く車〟、だから『自動車』といいます」と応じた。


 天狗騨がキー操作でドアのロックを解除する。もうリンゼが前に出て器用に助手席の扉を開けていた。

「オイっ俺がテングダさんの隣に座ろうと思ってたのに」とフリー。「わたしも隣が良かった」と大家ミルッキ。

 リンゼは振り向き「わたしが一番最初にテングダさんと知り合ったんだから」と発言。

(どういう意味だ?)と天狗騨は思うが、既にリンゼに乗り込まれてしまった後である。よって残りふたりの異議もそこまでだった。ふたりは〝しょうがない〟といった様子で後部座席の扉の方へと回り始めている。

(なんだかよく解らなくてもドアの取っ手は解るし、〝ハンドル〟が付いている方へは座ろうとはしないんだな)とヘンなことに感心する天狗騨。

「まぁ前の席ってのは見晴らしはいいかもしれないが〝御者〟の席だからな。偉い人は後ろの席に乗るんだ」と妙な慰め方をする天狗騨。(事実コレ、役員専用車だから本当のことだったりするがな)と思いながら。

「いいですよ、御者席で」となぜだかリンゼが返事した。

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