19
大きなテントの隅っこで欠伸をしながら、ボクはぼうっと体育座りしていました。兵士たちの喧騒が、少しうるさい夜でした。
「何してんの」
聞き慣れた声がして、顔を上げるとそこには、テアくんがいました。彼は「よっと」と言って、ボクの目の前に座り込みます。
「別に何もしてませんよ? ただぼーっとしてただけです」
「それ、楽しい訳?」
「楽しい訳ないじゃないですか」
ボクは彼をバカにするように、冷たく笑ってみせました。
「そもそもこの世界に、楽しいことなんてないですよ? 人生は辛いことしかないって、早く気付くといいと思いますが」
「お前、ほんとひねくれてるよね。人生だったら、楽しいことくらいあるに決まってるでしょ」
「あはは、変なことを言いますね。少なくともボクには、そんなものはないですよ?」
テアくんの瞳の奥が、微かに揺らいだ気がしました。彼は時折、そういう目をします。ボクにはその理由がよくわからないし、別に聞く気もないんですけど。
「そもそもシフィアって、ここに来る前は何してたの?」
「え? ボクはずーっと、軍人ですよ? 話したことありませんでしたっけ」
「ないね。お前今何歳だっけ」
「十五歳ですよ?」
「うわ、若っ!」
「そうおっしゃるテアくんは、何歳でしたっけ」
「オレは十八歳」
「なーんだ、充分若いじゃないですか」
ボクは呆れたように、身体と足の隙間に顔を埋めました。
同時に少しだけ、可哀想だと思いました。もう何年か生まれるのが遅ければ、テアくんはただの市民で、徴兵されることはなかったでしょうから。
テアくんは少し悲しそうな顔をしながら、口を開きます。
「何でずっと、軍人なんかやってんの?」
「え、何で、ですか。そもそもボク、身寄りがないんですよ。それで生きていくためにどうしようかなーってなったとき、リムティヌスの末裔であることを生かした仕事でもしようかと思いまして」
リムティヌスは、『何か』から『別の何か』を生み出すことができる一族でした。
何かが何であるかには個人差があって、ボクは『人間の感情』から『物』を紡ぐことができました。
剣も盾も、奪われたり壊れたりしたらすぐになくなります。その上かさばるから、予備を沢山持って行くのは難しいです。
そういう戦場において、ボクの力は圧倒的に有利でした。剣も盾も、数秒あればつくり直せます。簡単だし、単純です。
だからボクは幼い頃から沢山訓練をして、軍人になったという訳でした。
「軍人はいいですよ。沢山お金貰えますし、平和のために働くのなんて最高じゃあないですか? そのために人を殺すのは……まあ正直、嫌ですけどね」
嫌、という言葉の響きが、思ったより冷たくなってしまいました。しまった、とボクは思います。こういう自分の黒い感情を、誰かに見せたくないんです。
……頭に、何かの感触がありました。
不思議に思って、視線を上げました。テアくんが、ボクの頭を撫でていることに気付きました。
「……何ですか?」
「いや、悲しそうだったからさ。こうされると、ちょっとは落ち着かない?」
肯定するのは癪に障るので、ボクは彼の手を払い除けました。
「子ども扱いしないでくれますかー、普通に落ち着いてますから」
「あはは、悪い悪い。ごめん」
テアくんは全く悪びれた様子もなく、そう笑いました。別にいいですよ、とボクは返しました。
彼は何かを思い付いたかのように、人差し指を立てました。
「人生が楽しくないんならさ、歌でも教えてやるよ」
「はあ? 歌、ですか?」
「そ。人間の身体ってのは、音楽を聴くと幸せになるようにできてるから」
「ふーん、そうですか。まあ別に、教わってあげてもいいですよ?」
上から目線で返答したボクに、テアくんはちょっとだけ苦笑してから、口を開きました。
「青空広がるこの世界で、僕は君と二人歩いている……」
テアくんがうたい始めたのは、こんな苦しい世界で生きていたら思わず笑ってしまいたくなるような、甘酸っぱいラブソングでした。
愛情とかいうものは、よくわかりませんでした。ボクは多分これからの人生で、誰のことも愛さないでしょうし、誰からも愛されないでしょう。
だってそんな資格ないから。沢山殺して、沢山未来を奪い続けたボクが、そういう気持ちを抱いていいはずがないから。家族愛とか友愛とか恋愛とか、何それ、って感じです。
……でもテアくんは、歌が上手でした。
だからメロディーと音階だけでも覚えてやろうと思って、そっとリズムに乗りました。
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