03
「ララ、ラ、ラ……」
その人は私に背中を向けるようにして、肘掛け椅子に座っていた。ふうわりと伸ばされた、黄緑色の柔らかそうな長髪。身体は乳白色のワンピースに包まれているのがわかる。
「ララ……ん、」
その人はゆっくりと、振り向いた。
蜜柑色の大きな瞳が、私のことを見つめていた。先ほどまではわからなかったけれど、耳に真っ赤な宝石の付いたイヤリングをしている。その鮮やかな色彩は、どうしようもなく美しかった。
可愛らしいお姉さんが、私の目の前にいた。
「……お客さん、ですかね?」
お姉さんはそう言って、首を傾げた。私は慌てて、何度か頷いてみせた。お姉さんは「やっぱりそうですよねー」と笑って、椅子から立ち上がる。それから大きく伸びをして、微笑んだ。
「こんにちは、お客さん。ボクは店長の、シフィア=ゼレフィールです」
「あっ、えっと、こんにちは。メル=フィールメラ、です」
「へえ、メルちゃんって言うんですね。よろしくお願いしますー」
お姉さん――シフィアさんは、そう言ってへらりと笑った。それから、部屋の隅っこに置かれている椅子を持ってきて、私の前に置いた。
「どーぞ、座ってくださいね。立ちっぱなしだと疲れるでしょう?」
「あ、ありがとうございます……!」
私はお礼を言って、用意してもらった椅子に座る。お姉さんは自分の椅子を、私と向かい合わせになるように移動させると、再び腰掛けた。
「それで、ここに案内されたってことは、オリジナルの感情雑貨をご所望ですか?」
「はい、そうです……! その、白い髪のお姉さんが、教えてくれて」
「ああ、ヨカちゃんから聞いたんですね、嬉しいです。ご自宅用ですか、それともプレゼント用ですか?」
「プレゼント用にしたいなって思ってます!」
「おっけいおっけいです」
シフィアさんは親指を立てて、それからそっと足を組んだ。膝の辺りに頬杖を付いて、にこっと笑う。
「もしよかったらなんですけど、プレゼントを贈るお相手さんの話、ボクに聞かせてくれませんか? 感情を頂くお客さんの話を聞くの、好きなんです」
「えっと、全然大丈夫ですよ! そんなに面白い話は、できないかもしれませんけれど」
「あはは、面白いかどうかはボクが決めるんでだいじょぶですよ? まず、そのお相手さんとの関係を聞きたいです」
シフィアさんはそう言って、私のことを真っ直ぐに見つめた。私は少しどきどきしながら、話し始める。
「贈るのは、お母さんに向けてです」
「へえ、お母さんですか。お誕生日とかですか?」
「そうです。ちょうど来週が、お母さんの誕生日で。だから、プレゼントを贈りたいなあって思って」
「ほうほう、素敵ですね。メルちゃんのお母さんの話、何でもいいから聞きたいです」
お母さんの、話――
私はシフィアさんの言葉を、ゆっくりと反芻する。蜜柑色の瞳は、私のことを映し出していた。そのオレンジの輝きの中にいるだけで、どうしてか私は、すっと口を開くことができた。
「……昔は、三人家族だったんです、私。お父さんと、お母さんと、私の三人」
そう言葉にしてみると、未だに刺さり続けている透明な針によって、胸がちくりと痛んだ。でも私は、話したかった。話したいと、思った。
「シフィアさんは、二年前に終わった戦争のこと、覚えていますか?」
「勿論。忘れようと思っても、忘れられないですよ」
シフィアさんは、どこか寂しそうに微笑んだ。今目の前にいる彼女なら、ずっと抱えてきた思いを、受け入れてくれるような気がした。どうしてだろうか? この人はほんの数分前に出会った、他人のはずなのに。
「……お父さん、戦争に、行ったんです。それで……死んじゃったって、知らされました。十三歳だった私に、その事実は重すぎて。泣いて、泣いて……ずっと、涙が涸れてしまうんじゃないかと思うくらい、泣き続けて」
シフィアさんはゆっくりと、頷いてくれた。
私はようやく、気付く。
彼女の瞳の奥が、どうしようもなく真剣だから。それでいて、驚くほど温かくて優しいから。だから私はこうして、話してしまうのだろう。
「そのときお母さんは、私のことを励ましてくれました。『大丈夫だよ』って、何度も囁いてくれました。本当はお母さんだって絶対に、悲しいはずなのに。心の奥が痛くて痛くて、堪らないはずなのに。……私は長い時間をかけて、立ち直ることができました。それは絶対に、お母さんのお陰なんです」
私は俯いて、少しだけ微笑んだ。哀情を零したみたいな微笑み。それから小さく首を横に振って、シフィアさんと目を合わせる。
「だから私は……お母さんが、大好きなんです。自分が苦しいときでも、他者に寄り添うことができるお母さんが、大好きです!」
力強く、言い切った。
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