04

 シフィアさんはそっと、目を細めた。柔らかく甘い視線が、私のことを包み込むようだった。淡い桃色の唇が、開かれた。


「……ありがとうございます。メルちゃんは、本当に家族が大切なんですね」

「はい」


「それはね、すごく美しい愛情ですよ。ボクに言われなくても、わかっているかもしれないですけど。でも……他者にそうした気持ちを向けることができることは、非常に尊いですよ」


 シフィアさんはそう言って、耳元のイヤリングにそっと触れた。色白の手は、その赤色を愛おしそうに、撫でた。


「えっと、ありがとうございます……」

「いえ、ボクは思ったことを言っただけですよ?」


 ゆっくりと、シフィアさんは立ち上がる。それから私の元へ、すっと歩み寄る。膝を折ると、私のことをそっと見上げた。


「右手、貸してくれますか?」


 私は頷いて、差し出されたシフィアさんの左手を取った。彼女の体温は、どこか心地よかった。瞳の奥と同じような、優しい温度がそこにあった。


「目を閉じて、お母さんのことを思い浮かべてみてください……」


 私は言われた通り、目を閉じる。

 そうして、お母さんのことを思う。


 向けてくれる微笑み。抱きしめてくれたときの温度。墓参りのときの寂しそうな横顔。繋いだ手の柔らかさ。私のことを、いつも思ってくれること。


 そんな様々なことを思うと、胸の中が穏やかな愛情で満たされていく。


 ――ああ、私はこんなにも、


 思う。


 ――お母さんのことを、愛しているんだ……


 そう、思う。


「……メルちゃん、目を開けてください」


 私は、追憶から身を離す。目を開いて――思わず、息を呑んでしまう。


 立っているシフィアさんの右手に、幾つもの小さな宝石が生まれている。淡い桃色をしたものと、ほのかな水色をしたものがある。部屋の明かりを受けて、きらきらと輝いている。


「綺麗……」


 私はそうやって、呟いた。

 シフィアさんも、少し驚いているようだった。それは何かを思い出しているような、そんな切なげな表情だった。でもその色はすぐに隠されて、微笑みに移ろった。


「本当に、綺麗ですね。何て美しいんでしょう……」


 シフィアさんは心からそのまま零したように、そう告げた。私は頷いて、暫く宝石たちを眺めていた。

 やがてシフィアさんが、口を開いた。


「よかったらこれ、アクセサリーにしませんか? ネックレスとか、ブレスレットとか……イヤリングとか、ピアスとか、リングとか。そうしたら、すごく素敵になると思いますよ?」


「えっ……ぜひ、お願いしたいです!」

「ふふ、わかりました」

「あ、でも……もしかして宝石だと、すごく高くなっちゃいますか?」


「いえ、そんなことはないですよ? ボクが生み出したものですし、お手頃価格で提供しますよ。店頭にあるネックレスよりは、手間賃込みでちょっとだけ高くなりますけど」

「それならよかったです……!」


 私は安堵して、小さく頭を下げた。


「どういうアクセサリーにしたいかとか、ご希望があったりしますか?」

「ええと、そうですね……」


 私は考え込む。そういえばお母さんはいつも、左の手首に金属製のバングルを巻いている。そうしたアクセサリーが好きなのかもしれない――私は顔を上げる。


「ブレスレットって、お願いできますか?」

「勿論おっけいです。そうしたら、幾らか時間が掛かるので……誕生日当日に受け取りに来るのはどうですか? 平日より、休日の方がいいでしょう」


「あ、じゃあそうしたいです! ほんとに色々、ありがとうございます」

「いえいえ、こちらこそ。メルちゃんの話が聞けて、すごく嬉しかったですよ?」


 シフィアさんはそう言って、ウインクしてみせた。隠れた蜜柑色の瞳がまた見えて、どこか夕焼けのようだった。


 シフィアさんは机の上にあるガラス瓶に、丁寧に宝石を入れた。かららん、と小気味のいい音がする。それからシフィアさんは、何やら紙に筆記具を走らせて、振り向くと私に差し出した。グレーテアというロゴの上に、メル様と書かれている。


「これ、来週持ってきてください。引換券みたいなものです」

「ありがとうございます!」


「いえいえ。それじゃ、上に戻りましょうか。お見送りしますよ?」

「嬉しいです」


 シフィアさんは笑顔で、扉を開けてくれる。階段をゆっくりと昇ると、先ほどの雑貨店が上の方に見えてくる。すると何やら、声が聞こえてきた。

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