05

「……いやマジで、あんたってほんとバカなんじゃないの?」


「いやごめんなさいって言ってるじゃないっすか、許してくださいよ!」


「何よ、『突如として飛来した鳥にチラシを全部奪われた』って! バカ以外の何者でもないわよ! 気を付けなさいよ、印刷代バカにならないし、何より素敵なチラシなんだから!」


「う、ありがとうございます……で、でもそう言われたって困るんすけど! あんなイレギュラーな状況、普通起こらないでしょう……あ」


 そこにいたのは、白い髪のお姉さんと紅茶色の髪のお兄さんだった。あれ、と思う。お姉さんはもっと、優雅で美しい口調だったような……


「はいはーい、ヨカちゃん、ラビトくん、喧嘩しないでくださいねー! お客さん来てるんですから! 恥ですよー!」

「う、すみません……」


 お兄さんは困ったような表情をして、俯いた。お姉さんはすっと微笑んで、私の方に笑いかける。


「大変失礼致しました、お客様。本日は当店にお越しいただき、誠にありがとうございます」


 私は微かに慄きながら、お姉さんの方を見た。お姉さんは不思議そうに、「どうかなさいましたか?」と首を傾げる。その所作が余りにも綺麗だったので、あの言い合いは夢だったのだと思うことにした。


「という訳で、お客さんがお帰りです。ヨカちゃん、ラビトくん、見送りますよー!」

「はーい」

「かしこまりました」


 シフィアさんの言葉に、お兄さんとお姉さんがそれぞれ反応する。私は照れたように笑って、お店の外に出た。


「それじゃあ来週、受け取りに来てくださいねー! 楽しみにしてます」

「はい、こちらこそ……! あの、色々、ありがとうございました!」


「いえいえ、どういたしまして。それではまた、いらっしゃってくださいねー!」

「はい!」


 私は力強く返事をして、歩き出す。三人は手を振って、私を見送ってくれる。だから私も手を振り返して、アネモネ・ストリートを再び歩き出すのだった。


 *


 一週間後、私は再び雑貨店グレーテアにやって来た。


 扉の前に、シフィアさんが立っていた。陽光を浴びてきらきらと輝いた髪は、黄緑の色彩にグラデーションを生んでいた。


「あ、メルちゃん」


 シフィアさんは私に気付くと、ぱあっと顔を明るくする。


「一週間ぶりですね? どうぞ、中にお入りください」

「はい!」


 私は微笑んで、シフィアさんの後に続いた。店内には幾らか人がいた。先週訪れたときは私一人だったけれど、それは束の間の偶然のようなものだったのかもしれなかった。


 お姉さんは少し遠くで、何やらお客さんの応対をしていた。その姿はやっぱり美しくて、私は少しだけ見惚れてしまうのだった。


 カウンターには、以前はチラシ配りをしていたお兄さんが立っていた。私の方を見て、歯を見せてにかっと笑う。


「こんにちは! お品物の方、できてるっすよ。引換券はありますか?」

「あっ、はい、持ってきました!」


 私は鞄から先週受け取った紙を取り出し、お兄さんに渡す。


「ありがとうございます」


 お兄さんはそう言うと、奥の棚から一つのブレスレットを持ってきてくれる。それはとても――綺麗、だった。銀色の輪には、幾つもの宝石が埋め込まれている。この宝石が私の感情から生まれたものであることは、俄かに信じがたかった。


「ありがとうございます……すごく、素敵です!」

「そう言ってもらえて、嬉しいっす」

「ボクも嬉しいですー! それじゃあお会計は、千リオになります」


 私は頷いて、財布を取り出すと千リオ札を置く。お兄さんは「ちょうどっすね」と言って、領収書を渡してくれる。


「包むので、少し待っていてくださいね」


 そう言うと、お兄さんは後ろの机で作業を始める。シフィアさんはにこにこしながら、カウンターに頬杖をついて私の方を見る。


「お母さん、今日誕生日なんですよね?」

「そうです!」

「うーん、素敵ですね。最高の誕生日にしてあげてくださいね?」

「はい、勿論です!」


 シフィアさんは安堵したように、そっと目を細めた。


「お待たせしました」


 お兄さんが戻ってくる。紺色の袋が、紅色のリボンで結ばれていた。金色のシールも付けられていて、何だかとてもお洒落だった。


「来てくれてありがとうっす。またいらっしゃってくださいね」

「はい!」


 お兄さんから袋を受け取りながら、私は笑った。


「それじゃあ、今日はお客さんが他にもいらっしゃるから、この辺りで。メルちゃん、ぜひまた来てくださいねー!」

「そうします!」


 私が笑うと、シフィアさんも花が咲いたような笑顔を返してくれた。


 *


「ただいまー!」


 家の扉を開けると、少し遠くから「おかえりなさい!」という声が聞こえてくる。

 私は期待に胸を高鳴らせながら、足早にリビングの方へ向かう。



 左手でプレゼントを背中の後ろに隠しながら、私はリビングの扉に右手をかける――

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