02

 焦げ茶色を基調とした店内は、淡い橙色の光によって幻想的に照らされている。様々な種類の雑貨が、丁寧に描かれたポップと共に、机や棚の上に並べられていた。少し遠くの壁には、幾つもの絵画が飾られている。静謐な音楽がかけられていて、何だか聴き心地がいい。


 カウンターの前には、一人のお姉さんが佇んでいた。私は思わず、彼女の姿に釘付けになってしまう。


 雪を欺く白さをした肌、桜色の唇。真っ白な髪は肩につかないくらいの長さで、眠たげな瞳は明け方の空のような薄紫色。何より目を惹くのは、側頭部から生えている二本の――角、だった。


 すごく美しい人だと思った。今まで目にしてきた人の中で、一番綺麗かもしれなかった。私は呆然と、お姉さんのことを見ていた。


 彼女の視線が、私のことを捉えた。私は思わず、目を逸らす。凝視してしまったことを、頭の中でひとり反省する。


「いらっしゃいませ」


 声を掛けられたのだと、気付いた。涼やかで優しい響きだった。

 そうだ、この人は店員さんなんだ――そう私は思う。ゆっくりと近付いて、恐る恐る口を開いた。


「あの、すみません」

「どうなさいましたか?」


 お姉さんの目に見つめられると、同性のはずなのにどきどきしてしまう。私は自らの指を絡め合わせながら、尋ねる。


「その……感情雑貨、って、何なんですか? チラシをくれたお兄さんが、店員に聞いてみてくださいって」

「ああ、そうなのですね」


 お姉さんは目を細めて、微笑んだ。その微笑みまでもが美しくて、私はやっぱりどきりとしてしまう。

 彼女はカウンターから出てきて、私の近くに立つ。それから店内を見渡して、口を開いた。


「ここにある雑貨は皆、人間の感情からつくり出された物なのですよ」

「感情、から?」


「ええ。比喩的な意味ではなく、そのままの意味で。例えば、こちらにあるネックレス――」


 お姉さんはそう言って、近くの机に丁寧に並べられたネックレスたちを示してみせた。銀色のチェーンに、模様の描かれたガラス玉が付いている。どのガラス玉も独自の模様が描かれていて、どれ一つとして同じでなかった。


「これらは、とある少女の『悲しみ』から生まれたガラス玉からできています。他にも、そちらの箸置き――」


 お姉さんの手が、少し遠くの棚に並べられた箸置きたちを示す。貝殻に似ていて、外面が少しばかりきらきらと輝いている。


「それらは、別の少女の『幸福』から生まれた貝殻を加工したものです。さらに、あちらの時計――」


 お姉さんは、離れたところに置かれている時計を示す。小さなそれらは、針を動かして確かに時を刻んでいる。


「あれらは、一人の少年の『切望』から生まれた時計を装飾した物です。……このように、この場所にある全ての雑貨は、誰かの感情を形にした物なのです」


 私は微かに頷いて、ぐるりと店内を見渡した。ここにある雑貨は、全て誰かの感情から生まれたもの――その非日常的な事実は、私の心を波打たせた。


 ふと疑問が湧いて、お姉さんの方を見て口を開く。


「どうやって、感情を物にするんですか?」


 お姉さんはちらりと、店の奥にある階段の方に視線をやった。それから私と目を合わせて、優しく笑う。


「このお店の店長は、特別な力の持ち主なのです。他者の感情であれば、左手でその者に触れて力を使うことで、右手に物が生まれる――そうやって、つくられるのですよ」


 お姉さんはどこか懐かしむように、少しばかり目を細めた。真っ白な前髪の下で、薄紫の色彩が際立っている。


「そうなんですね……すごいです」

「ふふ、どうもありがとうございます。そういえば本日は、何かお探しでしょうか?」

「あ、はい……! えっと、プレゼントを探していて」


「そうなのですね。ここに売られている雑貨は、どれも素敵な物ですよ。……それと、もしよろしければですが、お客様の感情を元にして新しい雑貨をつくることも可能です」

「えっ……ほ、本当ですか!?」


 私はびっくりして、大きな声を出してしまう。お姉さんは「ええ」と微笑んで、自身の両手を身体の前で重ね合わせた。


「他の雑貨と比べると、少しばかりお高くなってしまいますが、それでもよろしければ。勿論、できあがった物がお気に召さなければ、キャンセルすることも可能です。いかがでしょうか?」


 私は少しだけ、思案する。自分の感情が物になる瞬間を、確かめてみたいと思った。それに、このお店で売られている雑貨はどれも魅力的で、値段も全体的にそこまで高くなさそうだった。


 だから私はお姉さんの方を向いて、はっきりと頷いた。


「ぜひ、お願いしたいです!」


 私の言葉に、お姉さんは嬉しそうな笑顔を零して、歩き出す。


「店長は、こちらです。よろしければ、ついてきてくださいますか?」

「はい!」


 私はお姉さんの背中を見ながら、雑貨店の中を歩く。階段の近くでお姉さんは立ち止まって、右手で示した。


「こちらをお降りいただいて、扉を開いたところに店長がいると思います。わたしはこの階にいますので、何かありましたらお呼びくださいね」

「わかりました、ありがとうございます!」


 私はぺこりとお辞儀して、階段を降りてゆく。木でつくられた階段は、私の歩みに合わせるようにして、少しばかりきしきしと音を立てた。


 降り切ると、右の方に扉が見えた。私は意を決して、ゆっくりと扉を開ける。


「ラ、ラ、ラ……」


 ――初めに聴こえてきたのは、淡い夢のような美しい歌声。

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