08

 俺と少女は同時に、声のした方を見る。


 緩くウェーブがかかった黄緑色の長髪と、ぱっちりとした蜜柑色の瞳。身に付けているのは、レースがあしらわれた紺色のワンピース。


 可愛らしい少女が、そこにいた。


 白髪の少女――ヨカさんは、「もう、聞いてよシフィア!」と話し始める。


「こいつがね、わたしの描いた渾身の絵をね、バカにしたのよ! 狂気的とか恐ろしいとか終末世界とか言って! ひどくない!?」


「いや、別にひどくないですね。確かにヨカちゃんの絵は、狂気的でしたし恐ろしかったし終末世界みがありますよ?」


「えっ……シ、シフィアもそう思ってたの!?」

「ええ。というかヨカちゃんの絵を見たら、多分百人中九十人くらいはそう言うと思いますよ? 少なく見積もって」


「少なく見積もって!? だ、だって、シフィア何にも言わなかったじゃない、わたしのつくったチラシ見て!」


「言ったらどうせボクが描き直すことになるじゃないですか、超面倒くさいですー。それに興味を持ってもらうという側面から考えたら、まあありかなって思いまして」

「ううう……」


 ヨカさんが、がっくりと肩を落とす。もう一人の少女――シフィアさんは、「よしよし、かわいそーなヨカちゃん」と言いながら、ヨカさんの頭を撫でた。


 それからシフィアさんは、俺の方へと向き直る。そっと首を傾げながら、口を開いた。


「それはさておき、キミは何者なんですかー?」

「あっ、俺はラビト=マヴァリフっす。来月で十八歳になります」


「へえ、ラビトくんって言うんですね。ボクはシフィア=ゼレフィール、キミと同じ十七歳ですよ。こっちはヨカちゃん……ヨカ=リルリネア。ボクより一つ年上です」


「えっ、ヨカさん、俺より年上なんすか?」

「まあ、そうなるわね」

「へえー……」


 俺はヨカさんを見る。強気な性格に身長がやや低めなのも相まって、勝手に自分より年下かと思っていた。ヨカさんはじとっとした目をする。


「なんか、失礼なことでも考えてない?」

「…………。……そんなことないっすよ!」

「謎の間は何!? あと何で目を合わせないで言うのよ! 嘘下手か!」


「う、嘘下手じゃあないっすよ。この間妹が俺のプリン食べちゃったときも、『別に謝らなくていいよ、元々君にあげる予定だったし』って嘘つきましたし!」

「す、すごい善人じゃない!」


「正直に言いますと、後でちょっとだけ泣きました」

「泣いたの!? どんだけプリン好きなのよ!」


「限定フレーバーだったんすよ……」

「そ、そうなのね。何味?」

「紅茶味っす」


「いや割と王道じゃない! 紅茶味のプリンなんて至る所に売ってるわよ!」

「あ、思い出したら少しだけ涙が……」

「傷口がグジュグジュすぎるわよ!」


 ヨカさんのツッコミを聞きながら、俺は悲しい気持ちに浸る。嗚呼、プリン……



「ふふっ」



 笑い声が、した。


 俺とヨカさんは、シフィアさんの方を見た。彼女はお腹に手を当てて、「ふふふ……あははははっ!」と大声で笑い出す。道ゆく人が何事かと、ちらちらシフィアさんの方を見ている。


 シフィアさんは蜜柑色の瞳に浮かんだ涙を拭って、楽しそうに口を開く。


「いやー、笑いました笑いました。さては二人、めっちゃ会話の相性いいですね?」

「「いやどこが(っすか)!?」」


「おー、ハモるなんてやっぱり相性抜群です。ボクの目に狂いはないようですね? 二人の織りなす会話、もっと聞きたいところですねー……」


 シフィアさんはうんうんと頷いて、それから真っ直ぐに俺の方を見た。暮れどきの空を想わせる瞳が、じっと俺の目を見つめていた。


「……うんうん、なるほどです」


 シフィアさんはそう呟いて、人差し指を立てる。


「そういえばラビトくん、今定職に就いてたりはするんですか?」


 俺は目を丸くする。それから、食い気味に頷いた。


「就いてません、就いてません! 絶賛職探し中っす」

「おっ、丁度いいじゃあありませんか。ちなみに何か特技とかあります?」

「ええと……絵を描くのは、好きっすよ」


「えええ、逸材ですよこれはー! チラシ制作とかポップ作りとか、正直どうしたものかと思ってたんですよねー、前から。ボクは描くのに時間が掛かる上面倒くさがりですし、ヨカちゃんはやる気はあるのに絵の才能がゼロどころかマイナスですし」


「マ……マイナス!?」


 ヨカさんが愕然としている中で、シフィアさんはずいと身を乗り出して、上目遣いで俺のことを見る。


「ラビトくん。もしよかったら、ボクたちのお店で働きませんか? 毎週二日間は休みですし、給料も働いた分だけちゃんと払いますよ?」


 彼女の蜜柑色の瞳は、どうしようもなく真っ直ぐで、優しくて。

 だから俺は――しっかりと、頷いた。


「はい、ぜひ働かせてくださいっす!」

「やったー、決まりですね! これからどうぞよろしくお願いします、ラビトくん!」

「こちらこそお願いします、シフィアさん!」


 俺とシフィアさんは、左手で熱い握手を交わす。


 ……隣でヨカさんは、「どうしてこうなるのよー!」と頭を抱えていた。何というかこの人、割と苦労人なのかもしれない。

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