三章 Yoka, 友人の事
11
……痛い。
そう思うことにさえ、疲れてしまった。身体には何度も鈍痛が加えられていく。やめて、もうやめて、蹴らないで――そういうことは、ただ思うだけ。
言ったら逆に、この痛みが長く続くことなんてわかりきっているから。こいつらは、そういう人間だ。
「ぎゃははは、泣いてやがるぞ、こいつ!」
うるさい。どうして痛いときに泣いちゃ駄目なの? その笑いの理由は何なの?
「というかそろそろさあ、やっちゃわね?」
「おっ、いいねいいねー!」
わたしは思わず、潤んだ目を見張った。男たちはわたしを蹴るのをやめる。逃げるために立ち上がろうとした。でもそれは叶わず、わたしは地面に組み伏せられる。
これから何が行われるかわからないほど、わたしは鈍感じゃない。心の底から湧き上がる鮮烈な『嫌』を、わたしは思う。
ブラウスが引き裂かれる音がした。やだ、こんなところでわたしは奪われるの? やだよ。そういうことは好きな人とやりたいよ。お願い、やめて、もうわたしを解放して……
「あの、何してるんですかー?」
それはとても、綺麗な声で。
お昼寝のときに見る心地いい夢のような、そんな優しくて淡い響き。
この状況に似つかわしくないそんな音を――わたしは、聞いたのだった。
顔を上げる。
肩に届かないくらいの、黄緑色のふわふわした髪。くりっとした蜜柑色の瞳。身体を包んでいるのは、フードの付いた真っ黒のワンピース。片方の手には大きなスーツケースを、もう片方の手にはドーナツを持っていて。
――そんな一人の少女が、わたしたちのいる路地裏にいた。
三人の男のうち一人が、少女の方へ歩み寄った。
「お前、何者だよ。邪魔しないでくれる?」
「え、やですー。だってその子、明らかに嫌がってるじゃないですか? 同意のない性行為は犯罪ですよ?」
「うるっせーな、黙れよ!」
男は苛立ったように、少女と距離を詰める。
「やめて……!」
わたしはそう、叫んだ。
拳を振り上げる男を見つめながら、少女は冷たい表情を浮かべて、そっと口を開く。
「……猫の死」
――それは、一瞬だった。
少女は地面に右手をついている。その手の周りに、無数の透明な針が生まれていた。あれは……恐らく、氷だ。男の身体は氷の針に刺されて、あちこちから血が出ていた。
「いっ……痛えー!」
傷を負った男は叫ぶ。
少女は目を閉じて、再び口を動かした。
「猫の死。猫の死。猫の死……」
氷の針は、一気に地面と壁の上を広がっていく。冷気が少女の周りを包み込んでゆく。
隠されていた蜜柑色の瞳が、見えた。
男たちは怯えたように、少女のことを見ていた。
少女は薄く笑って、左手に持っていたドーナツをさくりと齧った。
「これ以上その子を虐めるようなら……この針がキミたちの身体の至る所に、穴を開けるかもしれませんよー?」
間伸びした口調が、どこか狂気的だった。
「う、うわあああああああ!」
男たちはそうやって叫ぶと、走り去っていく。残されたわたしは呆然と、少女の方を見ていた。
「……だいじょぶですか?」
彼女はそう言って、首を傾げた。わたしはふるふると、首を横に振った。
「……大丈夫じゃ、ない」
ぼろぼろと、大粒の涙が零れていった。わたしは嗚咽を漏らしながら、必死に泣き止もうとする。でも上手くいかない。
花の香りに、包まれる。
わたしは目を見張る。少女がわたしのことを抱きしめたのだと、遅れて理解する。
「だいじょぶです。もう絶対に、だいじょぶですからね?」
わたしの背中をさすりながら、彼女はそう言ってくれた。だからわたしは安堵して、大きな声で咽び泣くのだった。
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