第二十一話:天の使い
侍女や執事たちがご飯を用意している時。
「ほっほ。なんでもハルフ王国で天からの使い勇者が現れたそうじゃ」
パパンがそんなことを言うもんだから、メリメリと私の横でとんでもない音を立てながらスプーンが折り曲がった。
「天の使いはマリーお姉様だけだァァ!」
そしてアルはバンッ!! と机を叩きつけるとみんなのご飯が全て上空に飛び上がった。あわや大惨事になるかと思いきや、綺麗に元の位置に戻る。
き、器用ねアル。
って違うわ!
「ア、アルお食事中よ?」
「すみませぬ! マリーお姉様!」
アルは謝罪をするとすぐに私へ敬礼をした。
「こ、ここは騎士団じゃないのよ。普通にしてちょうだい?」
「申し訳ありませぬ! マリーお姉様!」
なぜかアルは自分の顔をボゴォッと殴って座り直した。
「うむうむ。元気がいいことはいいことじゃ」
よくないわ!
どう見たっておかしいでしょうが!
チラッと所作にうるさい第一皇妃のヴィオレット様を見ると、平然と元の位置に戻ったご飯を食べていた。
みんなには平然とした態度の理由を教えよう!
ヴィオレットは飼っているヴィクトリア二号がたくさんの子供を産んだから全員が可愛くてしょうがなく、そこに意識がいっているからだ!
ただ、兄のテオフィルから一匹よこせと手紙が来ているのか腹の底が煮えくりかえっているぐらいだった。
「あ、あらあら。げ、元気いっぱいね。ア、アルったら」
第二皇妃のニノン様はいつものようにふわふわした雰囲気が消えて、頬が痙攣を起こすように引き攣っていた。
ニ、ニノン様?
な、なんかいつもとご様子が……。
「元気がいいのはいいことですわ! ジャックとジェレミーも見習いなさい!」
バンッ! とアルと同じように机を叩く。
流石にご飯が浮くことはなかったが、第三皇妃のヴァネッサ様は銀色の縦ロールをバッサバサ揺らしていた。
ヴァ、ヴァネッサ様……。
思わず横を見ると……ママンが超奥義、目から光線で私を睨んでいた。
ウッ!
さすがマリーの親だ! 更に強い超奥義を使えるなんて!
解説しよう! 超奥義、目から光線は実際に光線が出ているわけではなく、食らった相手がまるで光線を食らったかのように、それはもう滝のように唾をゴクゴク呑んでしてしまう攻撃だ!
「ヴァネッサ様の言う通りです! 元気は一番だ、アル! 最近、第一騎士団ではどんな感じだ!?」
「みんな頑張っております! 兄上!」
「そうか!」
「はい! 兄上!」
「「ははははは!!」」
セドリックお兄様の横にいたパトリックお兄様は、ニノン様と同じように頬をピクピクさせていた。一つ違いがあるとしたら、頭の上には目をこすりながら、あくびをしている妖精が座っているぐらい。
「みゃぁぁぉ」
「あっ、こら!」
「ん? 今……」
「なんでもないです、お母様!」
チラッと鳴き声を見ると、アミラお姉様が膝の上に可愛らしい子猫の魔物を乗せていた。ヴィオレット様が怪訝な表情をするが、すぐに苦々しい顔でご飯を食べる。
ジャックは相変わらず、誰も奪わないというのに、ご飯を守りながらかきこんでいた。
「は、母上……」
隣のジェレミーは自分の母親に頭を抱えていた。
ざ、ざまぁみろ。
似たり寄ったりですよ。
◆◇◆
「我ら帝国」
「「「最強!」」」
「精鋭無比の」
「「「第一騎士団!」」」
「我らはただ道を切り開く」
「「「騎士なり!」」」
「喝采せよ! 我らが覇王マリーお姉様!」
「「「覇王マリー様!」」」
私は今、王国へ婚約者を見つける旅に出ているはずなのに、なぜかアルが第一騎士団と精強な魔軍を引き連れた混成騎士団になっていた。
あ、頭がおかしくなりそう。
アル……あなたはどこへ行こうとしてるの?
び、病弱じゃなくなったのはいいけど、おかしいわよ……絶対。
あなたのせいです。
馬車に視線を戻すとウィルが髪をかき上げていた。
「ふっ、どうされましたか? 魔の王マリー様」
「なんでもないわ」
あなたもあなたよ……。
時間を戻して数日前。
私は婚約者を求めていた。それはもう血眼で探していた。
だが学園の男の子たちは二つの反応しかなかった。
私にビビり散らかすか、狂信者のように敬ってくる男の子だけだった。
私は頭を抱えて帰ると、パパンに王国へ行ってみたいとせがんだ。
「お父様ぁぁ!」
「むぅ。しかしなぁ……」
「うぅ、お父様ぁ……」
「し、しかし」
「お父様!」
「も、もうしょうがないのぉ……公爵家領地の安全なところまでじゃぞ?」
二度あることは三度ある、そんな格言の通りマリーはいつものように皇帝陛下の肩を揉んだりハグして許可を得た。
「ただ、アルを連れて行きなさい。わかったか?」
「ア、アルを?」
「うむ、じゃなきゃ許可はできんのぉ」
皇帝陛下はデレデレを通り越して、顔が溶けそうだった。
「わかりました……」
マリーは折れてアルを連れて王国へ向かっていた。回想終わり!
はぁ……。
こんなに大勢引き連れたって王国の人たちも入れてくれないでしょ……。
どこかで巻くしかないわね。
私がそんなことを考えていると突然馬車が止まり、外で怒声と罵声が響いてきた。
うん?
「ふっ、見てきましょう。魔の王マリー様」
よ、よろしく。
ウィルは気障ったらしく髪をかき上げながら、馬車のドアを開け降りていった。
私が指遊びをしながら待っていると、数分して馬車が動き出した。
「何が起きたの?」
「ふっ、豚を見つけたようです。魔の王マリー様」
豚?
「マリーお姉様! ここから先は険しいゆえ、申し訳ありませんがここで野営を取らせていただければ!」
私がウィルに聞き返す前に、大きな声が馬車の外から響いてきた。
「わかったわ。別に仰々しいものは求めてないから簡易なものでね」
「ハッ! おい、ウジムシども! ここにマリーお姉様にふさわしい宮殿を作れッッ!」
「「「了解であります!」」」
き、聞いてた? アル。
◆◇◆
数十分後、馬車からコンコンッと音が響きウィルがドアを開けた。
「ふっ、できたようです。魔の王マリー様」
私は馬車から顔を出すと目の前には木で作られた……小さな宮殿があった。
い、意味がわからないわ。
私が内心動揺しているとアルの顔が見る見る変わっていく。
「き、貴様らッッ! マリーお姉様の満足できる物もできんのかッッ!」
「だ、大丈夫よ、アル。心遣いありがとう」
ついつい声が引きずり、アルの怒声を止める。
「な、なんという寛大なお心遣いッッ! 感謝いたしますッッ。マリーお姉様ッッ!」
アルは男泣きをするが、すぐに顔を般若にして騎士たちを睨みつける。
「「「寛大なる覇王マリー様!」」」
大男たちが喉が潰れる勢いで叫んだ。
も、もうやめてちょうだい……。
「失礼いたします! マリーお姉様、少しお話が……」
騎士が用意した美味しいクッキーを……木の宮殿で食べていると、アルが神妙な顔で話しかけてきた。
「どうしたの?」
「魔軍の一部が捕獲した豚を食べたいとのことで……」
「そうなの?」
「遠くでやるよう言っていますが、もしかしたら悲鳴が聞こえてくる可能性があります……」
ひ、悲鳴?
……ちょっと待って豚ってなんかの隠語だったの?
「豚って……なんの豚?」
「人間です」
アルの言葉に一瞬、意識が飛びそうになったが引き戻す。
「そこへ案内しなさい」
「ハッ!」
アルが敬礼するとたちまち外から騎士達がワラワラやってきて、私を囲うようにその豚……じゃなかった、人間のところへ案内される。
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