第十八話:発病


 外が土砂降りで暇を潰していたある日。

 宮殿を歩いていると、空き部屋から物音が聞こえてきた。


 空き巣か!?


 私は空き巣に気づかれないようゆっくりドアを開けて隙間から覗くと、ウィルが片手で顔を覆っていた。


「くくく、我が黒炎よ、今は落ち着け……」


 ウ、ウィル……。


「くくく、まだその時ではない……」


 つ、ついにウィルが厨二病を発してしまった!


 私が生暖かい視線を送っているとウィルはすぐに気づき、パッと片手を離し半身をこちらに向けて指差した。


「我を見ているのは誰だ! 気づいているぞ!」


 ドアを開けると、ウィルがこちらに身体を向けて変なポーズを決める。


「ふっ、マリー様でしたか。いかがされましたか?」


 だ、大丈夫ウィル? 将来、黒歴史になって頭を抱えても知らないわよ?


「なんでもないわ」


 私はどうにか引きずった声を上げずに返事をした。


「ふっ、そうですか」


 ウィルは髪をかき上げて言った。その動作も顔が無駄に良いので様にはなっている。



 やっぱり子は親に似るってやつですかね。




 ◆◇◆




 私はアルを伴って食堂に向かっていた。


 その時、突然道を塞ぐようにして女の子二人が出てくる。一人は腰に手を当て、もう一人はねっとりとした目線でその子を見ていた。


「ライバルマリー! 私がやってきわよ!」

「エレナ様ぁぁ……さすがです、うふふ」


 エレナとイラリアだ。


 周りにいた生徒たちが蜘蛛の子を散らすように逃げて行く。なぜなら横にいるアルの顔が見る見るの内に般若の顔になって、文字通り空間を殺していたからだ。


「ひ、ひぃぃ! あ、あのどちら様ですか?」

「我はアルフレッド ・ド・パロメス、こちらにおわすのはマリーお姉様。貴様こそ誰だッッ?!」

「ア、アル……フレッドさ、ま?」


 エレナはそれはもう目が溢れんほど開けて、下から上まで何度も行ったり来たりする。


「……な、なんかおかしくない?」

「貴様ッッ……我ら帝室を愚弄するかッッ!」


 アルが大声で叫ぶと廊下の窓ガラスが次々に割れていった。生徒たちは仰天して校舎から逃げていく。


「ひ、ひぃぃ! すみません、許してくださぁぁぁい!」

「ゆるさぬッッ! 貴様を」

「アル」

「ハッ!」


 私の一声でアルは私に敬礼したまま動かなくなる。


「こちらはヴァラブレル神聖国の聖女エレナ・マイさんとイラリア・コルサーノさんよ。私の友人でもあるので、くれぐれも! 粗相をしないように」

「ハッ! 申し訳ありませんでした! エレナ嬢!」


 アルは私の言葉を聞いて、すかさず謝罪を表すようにエレナさんへ四十五度に体を曲げる。


「もしよかったら一緒に食事でも、どう? エレナさん」

「わ、私はちょっと……いえ! 行きます! 行かせていただきます!」


 エレナは断ろうとしたがアルの殺気がこもった視線にびびる。


 どうしたんだろ? まぁいいわ。


「では行きましょう」

「は、はいぃぃ!」


 しかしイラリアさんなんか変わった? 前はもっと愛くるしかったのに、なんか……。


「エレナ様ぁぁ……うふふ」


 イラリアがエレナを見る目は相変わらずねっとりしていた。


「ど、どうしたの? イラリア」


 四人で食堂に向かうとイラリアの声にエレナが聞き返した。


「なんでもありません。エレナ様ぁぁ……うふふ」


 わ、私は気づいていた。イラリアがエレナの落ちた髪の毛をサッと懐に入れているのを。

 な、なんか変なことになってない? 何をしたのよ、エレナさん……。


 解説しよう!

 マリーがクラーケンと戦った時にエレナが顔に粘着液がかかったのを見て、イラリアはそれにたいそう興奮した!

 その上、エレナがイラリアに優しくするもんだからイラリアは好意を抱くようになった。本来そんな属性がなかったイラリアから、ヤンデレの素質が目覚めた!

 エレナは立場上、いろんな人に優しくするが……影から血走ったイラリアの目にはまだ気づいていない! 以上!


 う、うん。私は何も見てないし知らないわ!

 仮にエレナが残したご飯をイラリアがタッパーに入れたのも知らないわ!


 私は意識からそれを振り払いながら四人で食堂を出ると、向かい側から第二皇子のパトリックお兄様が神妙な顔をして歩いてきていた。


「お疲れ様ですッッ! 兄上ッッ!」


 アルの突然の声にパトリックお兄様が一瞬ギョッとした顔をするが、すぐにいつもの陰気臭い顔に戻って私に近づいてきた。


 さすが陰気同盟ね……陰気臭さがぷんぷんするわね!


 こいつは自分の兄に対してなんてことを考えているんだろうか。



「マリー……ちょっといいか?」

「はい。アル、エレナさんとイラリアさんと一緒に戻って」

「ハッ!」


 エレナさんは悲痛な顔をしたが無視だ、無視!


 その横にいるイラリアは変わらず、ねっとりした表情でエレナを見ていた。

 三人が去ってからパトリックお兄様が私の耳元に口をよせる。


 どしたの?


「騎士団に……ちょっと変わった生き物がいて、な。しかも誰も気づいていないんだ。マリーには申し訳ないけど、万が一もあるから早退して、来てもらえないかい?」


 変わった生物?


「わかりました」


 とりあえず了承した私は一度パトリックお兄様と別れ、教員に「具合が悪いので早退します」と言って騎士たちが訓練している駐屯所へ向かった。

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