第十六話:絶世の美男子、第七皇子アルフレッド・ド・パロメス

 学園のグラウンド。そこには魔物であるはずのゴブリンが騎士と対峙していた。


「行くぞ、ウィル!」


 構えていた騎士がそう言った瞬間、一呼吸でウィルと呼ばれたゴブリンの懐に入り、足を振り上げる。


「なっ!」


 と、思いきやゴブリンは一瞬で残像が出るほどの速度で後ろから騎士の首筋に木剣を添えていた。


「くぅ……参った」


 一瞬の決着、騎士が剣を地面に置いて両手を上げればゴブリンは肩をすくめて苦笑。


 そこには人と魔物の垣根を超えた友情があった。




 あのぉ……私の舎弟一号と臣下一号がすっごい仲が良いなんですけど……私を差し置いて。

 というより友情を超えてほもぉ……い、いえなんでもないわ。


 私は学園の帰路で見かけた熱い友情を横目に馬車へ乗る。




 ◆◇◆




 その晩の食事。


「アル。お前に婚約者ができたからのぉ」


 食事中にパパンがそんなことを言ったもんで、みんなピタリと身体を止める。壊れた機械みたいにギギギとアルへ視線を向けるが、すぐにサッと戻して食事を再開する。


 私はゴックンッと一際大きい唾を呑み込んで横を見る。そこにはすでにセドリックお兄様の身長を超えオーガほどの身長がある一個下の弟、アルがいた。


 所作は美しいが一つ一つの動きにミチミチと、筋肉の音が食事の場に鳴り響く。


「あ、あらあら。アルフレッドを見てどうなさいましたの? マリーさん」


 いつものほほんとしたニノン様が少し引きずった気がしたけど、気のせいよ。アルの見た目も気のせいよ!

 だって病弱のか弱い弟だもの!



 それ、自己暗示って言うんですよ。



 パパンはニコニコとしたまま再び口を開く。


「うむうむ。筋トレは良いが高等部にはきちんと入るんだぞぉ、アル」

「はっ! 了解であります、父上!」


 な、なんかすごい軍人みたいな喋り方するのはきっと私の耳がおかしいのよ! そうよ!

 水の加護、私の耳を治しなさい!


 私は大量に耳へ加護を使いまくった、それこそ大量に。




 ◆◇◆




 学園ではある噂が流れていた。

 病弱で中等部へ入れなかったあの第七皇子が高等部に進学してくる、と。


 私は同級生や下級生問わずいろんな人にアルのことを聞かれたが、そのたび話を濁した結果……とんでもなく話がこんがらがっていた。


 常に部屋にいたので肌は雪のように白く、儚げな絶世の美男子。また第七皇子は隠し子であった伯爵家の女性と婚約されていることも知られていた。

 私はもうそれこそ唾をガブガブ滝のように呑みながら、ゲームの主人公さんの邪魔はせず頑張ってくれと肩を叩くつもりだった。




 かの絶世の……第七皇子アルフレッド・ド・パロメス。その人が高等部、入学者代表として壇上に立っていた。

 だというのに全員、沈黙を保ち身体を強張らせ震えている。


「俺は求める……安寧を」


 その人物の出すオーラは並大抵の物ではなかった。


「くだらぬことで……」


 まるで膨張した筋肉を何度も圧してもなお、筋肉があふれだしていた。


「俺たち、帝室を……煩わせるな」


 十五歳というのに身長は二メートル超えるであろうかという身の丈。精悍な顔立ちだが目は鋭く、猛禽類のような眼差し。

 服から見える肌からはいくつもの生々しい傷跡があった。


「もし、見つけた場合……俺に言わせるなよ? 以上だ」


 自己紹介すらせず殺気を振り放つ歴戦の勇者のような第七皇子アルフレッドがいた。


 さ、さすがアルよ。もう病弱を通り過ぎて……。

 お、お姉ちゃん、元気いっぱいのアルを見れて感激だわ。


 私がアルの成長と素晴らしい演説に拍手すると、みんなも狂ったように拍手をした。


 満足したアルは強く頷くとおもむろに教員列を睨みつけ、壇上から下がっていく。睨まれた教員たちはみんな顔を青白くして、気が弱い人たちはバタバタと失神した。




 ◆◇◆




 第七皇子アルフレッド ・ド・パロメスの独白。


「マリーお姉様、大好きです!」

「私もよ、アル。だから元気いっぱいになってね」


 いつも咳をして、寝たっきりの僕の体は元気になった。


「特別に私がおまじないをかけてあげる」


 お父上やお母上たちの顔から怖い表情もなくなり、ニコニコするようになった。


 さすがマリーお姉様!


 僕はそれが余計に嬉しくマリーお姉様と一緒に美味しいクッキーを食べて笑った。


 ある日、体調が悪い僕がマリーお姉様の部屋に行くと、マリーお姉様が泣きそうな顔で僕をギュッと抱きしめた。すると一瞬で体調が良くなって僕はいっぱいジャンプして、マリーお姉様を笑顔いっぱいにした!



 ……友達のスティードが僕を裏切って舎弟一号という、誉れ高い称号をマリーお姉様からもらったらしい。



 ……ウィルという魔物とやらがマリーお姉様に取り入ったらしい。



 ウィルを覗き見たが筋骨隆々で勝てそうにもない。僕はお姉様から元気いっぱいになって欲しいという言葉を思い出し、体を鍛え始めるようになった。

 マリーお姉様のおかげだろうか、僕は風邪すらかからなくなり一日中、体を鍛える。


 ……鍛え続けた。



「ア、アルフレッド様」

「なんだ?」


 侍女がおどおどしながら入ってくる。

 昔の自分を見ているようで反吐が出た。


「ご、ご友人のスティード様がいらっしゃったそうです」

「帰らせろ」

「そ、それがマリー様のところへ……」


 僕は歯を強く噛んだ。


「わかった。下がれ」

「は、はい」

「待て、人を使ってダンベルや重りを用意させろ」

「し、承知しました」


 侍女は逃げるように部屋から出ていった。


「ふんっ。スティードのやつめ、マリーお姉様から気に入られてるからって調子に乗りやがって……」


 侍女の代わりに騎士たちがダンベルや重りを持ってきた。


「ご苦労。それとお前たちの中で一番強いのは誰だ?」

「ハッ。自分がそうであります」

「そうか、なら今日から俺に素振りの仕方から実践の戦い方を教えろ」

「で、ですが」

「二度言わせるな」

「は、はい」


 おそらくお父上から僕にはまだ早いと言われてるんだろうが、黙殺する。


 マリーお姉様がスティードに飽きたらしい、ざまぁみろ。



 ……だが今度はジェヴォーダンという魔物を可愛がるようになったらしい。



 僕……いや俺は誰もいない時を見て、深夜にその魔物の場所へ行くと、第一皇妃のヴィオレット様が先にいらしていた。


「ヴィオレット様」


 俺が後ろから声をかけると、なぜかギョッとした顔になっていたが、すぐにいつもの顔に戻る。


「何用かしら?」

「……それを」


 そいつは巨大な狼で……体毛の上からでもわかるほど筋肉にあふれていた。俺が苦々しい顔で見ているとヴィオレット様は俺を見て、怪訝な表情で言った。


「もう遅いから、早く戻りなさい」

「……はい」


 筋肉、筋肉が必要だ。


 俺はその日から騎士に用意させた鉄塊で素振りを始めた。



 ……マリーお姉様が森に行くと言っていた。侍女が俺にどうするか聞いてきたが一言「行かない」と放つ。憎きスティードの父である騎士団長がいれば問題ないだろう。


 今の俺じゃ足まといだ……。俺は上着を投げ捨て、鉄塊を二つ持って振り回す。



 さすがマリーお姉様だ! なんと魔物を従え魔の王と呼ばれるようになった。が……その横にはあの忌々しいウィルというゴブリンがいた。



 憎い……憎い……弱い自分が憎い……。



 すでに騎士を圧倒し中等部の勉学も済んだ俺は、中等部に入らないと父上に申し上げた。


 ……今の俺が中等部に入ればマリーお姉様の邪魔になる。


 父上は苦笑しながら「わかった」とおっしゃってくれた。その日から俺は歴戦の冒険者や傭兵を呼び寄せ訓練をつけてもらう。



 ……なぜマリーお姉様の部屋にウィルが一緒にいる!


 ドアの隙間から覗いていた俺は、思わずドアの一部を握りつぶす。偶然通った侍女が「ひぃぃ……」っと言っていたが無視して自室に戻った。


 強さだ。俺には強さが必要だ!




 振り回した鉄塊が俺の握力に耐えられなくなったのか、粉々に砕け散った。


「おい」

「ハッ」


 最近雇った傭兵に目線をやると新しい鉄塊を持ってきた。


「舐めているのか?」


 鉄塊は軽く掴んだだけで飴細工のように握り潰れる。


「俺を怒らせる前に新しい物を持ってこい!」


 鉄塊を壁に投げつけると、傭兵は肩を飛び上がらせながら出ていった。


「チッ。これしきのことで……」


 マリーお姉様の盾になるのは俺だけだ。


 他は不要、全て不要だ……。


 そんな日々を過ごしていると、父上からいつまでも自室にこもるなと小言をもらう。



 翌週、俺は精鋭無比と呼ばれる第一騎士団に騎士見習いとして訓練を受けていた。


「アルフレッド ・ド・パロメスだ。雑魚に興味はない。強さのみを求める、以上だ」


 教官が目の前で騒ぎ立てるが、見返してやると「ウッ」っと言って他の騎士見習いを叱咤する。


 ふん……これしきのことでビビるとはな。もし他国が襲ってきたらどうするんだ?


 その後、素振りをしろと言われ、直剣を軽く振っただけでまるで曲剣みたいに歪んだ。


「で? これでどうしろと?」

「ア、アルフレッドはそこで腕立て伏せでもしてろ!」


 俺の態度に教官が怒鳴り散らかす。

 指一本で腕立て伏せを始めると、みんなギョッとした顔で見てきた。


 雑魚どもが……これしきのことでなぜ驚く?



 翌日、模擬戦闘ということで助教官と戦うことなった。


「どういう……つもりだ?」


 俺が聞いたのにも理由がある、対峙している助教官が哀れにもウサギのように震えていたからだ。


「ふざけているのか? それでも貴様は第一騎士団の騎士かッッ!」


 喝を入れたつもりが、助教官が泡を吹いて失神した。


「チッ。おい、教官様が俺と戦うか?」

「い、いや。やめとこう」


 教官が日和ったので俺はその場で片足スクワットをする。


 力だ……俺には力が必要だ。




 翌月、顔に三本線の傷跡がある屈強な騎士が、他にも顔に斜め傷がある騎士たちをぞろぞろ連れて、グラウンドに入ってきた。


「おい。お前が新しく入ってきた第七皇子ってやつか?」

「お、お疲れ様です! セルジュ騎士副団長!」

「おう、お疲れさん。で、そいつであってんのか?」

「そうであります!」


 教官はまるで新人騎士見習いのように体を強張って、セルジュとやらに敬礼したまま固まっていた。


「誰だ、お前?」

「おいおい、騎士見習いにそんなことを言われるのは初めてだ」


 そいつは肩を竦めながら俺に言った。


「そうだな。セルジュ、ただのセルジュ。今日から俺がお前の専属教官で、後ろにいるやつらが専属の助教官になる」

「そうか。強ければどうでもいい」

「ククク。面白いやつだ、揉んでやるよ」


 セルジュ教官は今までいた有象無象よりは多少は強く、俺はさらに力を付けていった。




 夕暮れ時、食堂に向かうとセルジュ教官が遠くにいるのを見つける。


「お疲れ様です! セルジュ教官!」

「おう、お疲れ。アルフレッド騎士見習い」


 俺が大声で敬礼するとセルジュ教官は苦笑いして食堂に入っていく。


「お疲れ様です! セルジュ教官!」

「おう。わざわざ食堂の中で挨拶する必要ないぞ。というかなんで隣の席に来るんだ? 普通来ないだろ……」


 セルジュ教官は頬をポリポリしながら俺に言った。


「セルジュ教官が今まで戦ってきた戦闘方法や戦術を知るためであります!」


 俺はすかさず立ち上がり敬礼した。


「わかった、わかったから。だから食堂でそういうのは止めろ」

「はい!」



 半年後、俺は騎士見習いから准騎士を飛ばし、正式に第一騎士に所属することになった。



「行って参ります! セルジュ騎士副団長!」

「おう、行ってこい。アルフレッド騎士」


 セルジュ教官は騎士団長が帝都にいる時は帝都外にいて、逆に騎士団長が外に行く時は入れ替わりに帝都へやってきて、必ずどちらかが交互に帝都を守っている。

 ちょうど、憎きスティードの父である騎士団長が戻ってくるということもあり、離れることになった。


 そして俺も高等部に入る。


 マリーお姉様! 俺は少しだけですが……元気いっぱいになって強くなりました。

 俺がマリーお姉様の道を作りますので待っててください!


 思わず持っていた剣を握りつぶしてしまい、セルジュ教官に謝って学園の道へ歩く。


 先日、お父上から婚約者うんぬんかんぬん言われた気がするが、気のせいだろう。

 俺に婚約者など不要!

 マリーお姉様を覇王にするのみ!



 なんか方向性間違ってませんか?

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