第十五話:聖女と聖女

 翌日、私は海岸にいた。

 それはもう華麗にバッサバサと髪を靡かせながら海崖に佇んでいた。


 いや、風強すぎじゃない?せっかくまとめた髪がグッシャグシャになってるんですけど……。

 ま、まぁいいわ。


 私の前には頭をひょっこりだした可愛らしいイルカの魔物や凶悪そうなシャチの海の魔物たちがこちらを見ていた。


「海はあなたたちの物、どうして陸も襲おうとするの?」

「ニクシミ……ユエニ」


 私がそう言えば、巨大なクラーケンがズズズと音を立てながら私の前に現れた。


 だ、誰ですか? いきなり出てこないでくれます?

 イルカちゃんたちに声をかけてたんですけど。


「憎しみ、それは太古の昔の話よ」

「ニクシミ、オワラナイ……エイエン、ニ」

「いつまでも囚われていたって前に進めないわ」

「ムリ……ダ。オロカナ……ニンゲン……シ、ネ」


 適当に話を合わせていると、ぶぉんっと魔力のこもった水飛沫が飛んできた。雷を使って魔力をかき消したが、一部の水が飛び散る。


 それを華麗に避けようとした瞬間、何を思ったのか私を悪、悪と連呼していた修道女エレナ・マイが私の前に飛び出てきた。


「ふっ、あなたはここで死ぬべきでは……ない」


 なぜかエレナ・マイがバタリがパタリと倒れた。


 何言ってんのこの子? 魔力は全部飛ばしたし、ただの水よ?


 いぶかしげにエレナ・マイを見ると、顔中にネバネバした白い液体がかかっていた。


 うぇ……。あ、ありがとう。もう少しで私がその悲惨なことになるところだったわ……。


 聖騎士たちが大慌てでエレナ・マイを担いで後方へ去って行った。

 グッバイ、エレナ・マイ。またいつか会おう、ネバネバのエレナ・マイ。


「いきなり攻撃してくるなんていい度胸ね?」

「シ、ネ」


 クラーケンは私と話し合うつもりすらなく、いくつもの魔力を纏った水を飛ばしてきた。

 私はバチバチと雷を放出しながら神速で避け続けクラーケンの巨大な頭を……。


 ハグをした!


 どこかで見た光景ですね。


「わかっている。あなたは苦しんでいる。でも安心して、あなたの苦しみは私が貰い受けます」

「グゥゥ!」


 マリーは体から大量の雷と水の加護を使い洗脳……ではなく愛情を捧げる。


 素晴らしい! これこそ寵愛の子だ!

 クラーケンの瞳も澄んでいくじゃありませんか!


 それって洗脳ですよね? という話は置いといて。海の魔物たちはギョッとした様子でクラーケンを見ていた。


「カ……ミ」


 私がゆっくり離れて、海崖に降りるとクラーケンが一本の触手を差し出してきた。ゆっくり腕を伸ばし握手した。


「ワレラ……海ノ神……名ヲ」

「マリーよ」

「オォ……海ノ神マリー……我ラ、海……アナタ様ノしもべ、ナリ……マス」


 いや、友達になってよ。


 そんな心が聞こえるわけでもなく、遠くから見ていた教皇はこの素晴らしき光景に感動し、胸元で十字架を切った。





 ◆◇◆





「パロメス帝国、第六皇女マリー・ド・パロメス、そなたを我がヴァラブレル神聖国の聖女とする」


 うんうん。

 ……うん!? なんだって?!


「聖女……ですか?」

「そうだ」


 そうだじゃないですけど……いや、違くて、聖女なんて称号いらないわよ!

 もうなんか無闇矢鱈長い名前で称えられてる上に魔の王が聖女っておかしいでしょうが!

 くぅ。あまり使いたくなかったが……。


 秘技! 目をとても強く細める!

 そして! ひっさぁぁつ、押しつけ攻撃!

 解説しよう! 秘技、目をとても強く細めるは、強く細めるより強く相手に威圧感を与える! プラス、必殺押しつけ攻撃とはその言葉の通り、嫌な立場や嫌なことを第三者に押し付ける攻撃だ!


「教皇様、それは行けません。私は他国の者」

「だが……」


 ぐっ! それ以上言わせるか!


「私を救ったエレナ・マイ。彼女こそが聖女になるべき人です」


 私は教皇の話に被せて続けた。

 なぜか教皇が目頭を押さえる。


 ふっふっふ。これで聖女は回避されたわ!

 というか私が聖女になったら、誰がいずれ現れる魔王を倒すのよ!



 あなたはすでに魔の王で魔王と呼ばれてますよ。



「ふん!」


 後ろから強い鼻息が聞こえたから、私は少し首を曲げてそちらを見た。


「いいでしょう。ですが聖女の称号と聖印はいずれあなたに返します! それまでは私が聖女になりますが、覚えときなさい!」


 いえ、いりません。

 ずっと大事に持っててください。




 ◆◇◆




 聖女、エレナ・マイの独白。


 ふっふふ。ついに私の時代が来たわね!

 生前からちょこちょこ良いことをして善性ポイント貯めて、最後にトラックに轢かれそうだったイケメンを助けたら神様の元へやってきたわ!

 神様から話を聞くと生前、何度も人々に無償で良いことをしたってことで転生特典をくれるらしい!


 私はもうそれこそ狂喜乱舞して、神様に聖女になって聖女のような力が欲しいと言ったら、なぜか神様がうんうん、と力強く頷いていたのは……なんでだったんだろう?

 まぁいいわ!

 しかも神様は私が夢中になってやってた、逆ハーの学園ゲームに転生させてくれるそうだし!

 神様、様様です! 今まで信じてこなかったけど、もう大好きです!

 毎日、拝み倒しますよ!


 どこか苦笑したような声が頭に聞こえてきたけど、気のせいかしら? まぁいいわ。


 そして今の私の状況を教えてあげましょう!


 転生してすぐに修道院に入れられました……。


 神聖国では生まれた子供は一律、修道院に入る規則があるようで、週に一回両親が会いにきてくれるからよかったけど。

 まぁ、私は転生前に勉強漬けで頭が良かったのもあって、最年少で修道女に抜擢されたわ!

 極悪非道な魔物たちめ! ギッタンギッタンにしてやるから見てなさい!


 あるぇ……私が修道女になってすぐに魔物たちからの被害が一気に減ったらしい。


 い、いいことなんだけど、なんかしっくりこないわね……。

 神父様たちに話を聞くと、舞台になる血みどろの帝国の帝室が魔物を支配して、なんと! 市民権を与えているらしい。

 な、なんて恐ろしいことをしてるんだろうか。

 私はすでにゲームでプレイしたからわかるけど、魔物は百年に一度の周期に現れる魔王に侵略されるっていうのに……。

 しかも、あの魔王の妃になる悪辣非道な第六皇女が魔物を従えているらしい……と。

 そんな裏設定があったこと私は慄いたと同時に腑に落ちた。ラストエンディングではいきなり学園を辞めてラスボスの妃として立ち図るんだから、確かに今から魔物を従えないとおかしいよね。


 なら私は頑張って聖なる刻印、聖印を手に入れ聖女となって世界を救わなければ!




 ◆◇◆




 サンドリーヌ・ロヨネの独白


「はぁ……」


 外を見ては本日、何度目かわからないため息をこぼしてしまう。


「どうされましたか? サンドリーヌ様」


 隣の席の子爵家の子が心配そうな顔で聞いてきた。


 いけない、いけない。


「あら、申し訳ございませんわ。つい、マリー様のことを思い出してしまい……」


 私がマリー様の名前を出すと子爵家の子が顔をポッと赤らめた。


「マリー様はあの……神聖国へ」


 子爵家の子は苦々しい顔になった。


「えぇ、そうなんですわ。心配で私、最近ほとんど眠れないですわ」


 かと思えば子爵家の子がもじもじしながら私を見てくる。


 はぁ……。


「どうされましたか?」

「あの……サンドリーヌ様はマリー様とすごく仲が良いので……その! バレンタインの時、チョコを代わりに渡してもらってもよろしいでしょうか?!」


 やっぱり……またですわね。これで何十回目かしら?


 入学当時のマリー様は凍える怖さがあったが、とても優しく一緒にいるだけでみんな元気になり、悩みがある生徒には一人一人熱心に話を聞くこともあって、クラス全員だけではなく中等部みんなが好意を持つようになった。


 主にサンドリーヌの説法のせいで狂信者化していた。


 はぁ……その中でも特に女性人気が高いわ。

 なぜならマリー様は同級生の男の子たちよりも背が高く凛々しい。冷たい表情からこぼれる笑みが、それはもうとても素敵でみんな心を撃ち抜かれていったわ……。


 女の子同士で口喧嘩すれば仲裁して抱きしめたりするので、余計にみんなマリー様を好きになっていった。


「はぁ……わかりましたわ」


 私はそんなことを思い出しながら渋々承諾した。


「あ、あの私もお願いします!」


 それを耳聡く聞いていた大商人の子も私に頼んでくる。


 母から聞いた話では当時の貴族と平民での垣根は根深く、陰湿な虐めが横行していたって話でしたけど……やっぱりマリー様のおかげかしら?


 今では貴族、平民みんな仲が良く一緒に買い物したり会話をするようになっている。


「はいはい。一緒に出しますので、他にもいらっしゃいますか?」

「わ、私も」

「お願いします!」


 聞きつけてきた同級生に私は苦笑しながら相槌を何度も打った。


 マリー様、お気をつけてください。そしていち早く帰ってきてください。



 私は早く……マリー様の素敵なお胸に抱かれたいです……。

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