第三十三話:ダンジョンと魔王
私は……食べていたクッキーを落としそうになった。
「ふっ、我らを導く地獄の巫女にして魔の神マリー様……天を堕とす、ということでしょうか?」
ウィルはクッキーをサッと拾い上げて皿に戻しながら何か言ったが、意識はそこにない。
なぜなら……裏山に古城が生えてた。
目を逸らして、コッソリもう一度チラッと見ると……。
立派な古城が生えていた。
だ、だめよ! マリー、同じことをやっても消えてくれないわ!
というか、なんで裏山にラスボスの古城ダンジョンが生えてくるのよ!
私の脳が沸騰していると、コンコンとドアが叩かれた。
「ふっ、誰だ? 我らが偉大なる魔の神マリー様は御食事中だぞ?」
「俺だッッ!」
「俺だぁー!」
「ふっ、偉大なる魔の神マリー様の弟君のアルフレッド様でしたか。どうぞ」
固まっている私を横にウィルが肩に仁王立ちのエマニュエルちゃんを乗せたアルを部屋に招き入れた。
「マリーお姉様ッッ、我ら第一騎士団並びに塵芥にあの忌々しいダンジョンを制圧する許可をッッ」
「許可をぉー!」
「ふっ、いくら美しく気高い魔の神マリー様の弟君といっても、言って良いことと悪いことがあるぞ?」
なぜかウィルが黒炎を纏ってアルを威圧する。
「ウィル」
「ふっ、承知しました」
私の一声でウィルが黒炎を消失させると、一礼して部屋から出ていった。
え? なんで部屋から出ていったの?
ただ黒炎だけ消してくれればよかったのに。
ただでさえ最近は脳が飛翔しやすくなってるのに、ウィルの悪化も加速して私は脳をどうやって頭に縛り付けるかを考える毎日だった。
「アル」
「ありがたきッッ」
「ありがたきぃー!」
アルも満足げに何度も頷くと部屋から出ていった。
ちょっと! アルも何、勝手に理解してるのよ!
◆◇◆
壇上の中央には第一皇子セドリックとその横に第七皇子のアルフレッド、それに第六皇女マリーがいた。セドリックが頷くとアルフレッドが腹から声を出し。
「我らッッ」
「「「最強の帝国混成騎士団!」」」
「そしてッッ」
「「「覇王マリーの下僕なり!」」」
第一皇子を差し置いて、人と魔物の混成騎士達が第六皇女を称えているのを、セドリックは苦笑いしながら聞いていた。
「わかったからもういいぞ、アル」
「ハッッ。セドリック兄上ッッ」
セドリックは右手でアルを止めさせる。
「耳が早い者なら知っていると思うが、俺たちの帝国の敷地内にダンジョンができた」
セドリックはすぐに真剣な表情になって続ける。
「ふざけていると思わないか?」
「「「はい!」」」
「俺たちを舐めていると思わないか?」
「「「はいッッ!」」」
混成騎士達は悪鬼のように顔を歪めていく。
「全騎士に告ぐ……」
セドリックは腰から剣を引き抜き、古城ダンジョンの方へ剣の先端を向ける。
「ダンジョンを堕とせ!」
「「「はいッッ!」」」
混成騎士達は素早くと装具一式を身につけると、次々に部隊単位でダンジョンへ進軍した。
「アル」
「ハッッ!」
「第七皇子といえども、今は俺の部下。お前には先遣隊としてダンジョンに潜れ」
「承知ッッ!」
アルは壇上から飛び降りる。
屈強な混成騎士から大鎧を装着してもらうと、大楯と大剣を持ち筆頭オーガたち精鋭を引き連れてダンジョンへ走っていった。
……なぜかエマニュエルちゃんが当然のようにアルの肩に仁王立ちしていたのはもう気にしない。
「マリーはとりあえず緊急時のパイプ役として、残っている他の騎士達のおもりを頼む」
「わかりましたわ、セドリックお兄様」
マリーは勇者からぶん取った鎧を身につけていた。
胸元にはヴァラブレル神聖国の宝具である神の血の宝石が埋めつけられているのは、きっと気のせいだろう。
マリーは髪の毛を靡かせて壇上から降りて、ダンジョン対策部がある建物へ向かう。
うーん。
ゲームじゃ、セドリックお兄様って騎士団からすっごい怖がられてあまり命令とか従わないとかあった気がするけど……。
まぁ、きちんと機能してるなら悪いことじゃないし、大丈夫ね!
さっきまで壇上にいた向かい側の弟のサイズを思い出しなさい、弟のサイズを。
どう見たってあれのせいですよ。
◆◇◆
「哀れッッ。ふんッッ」
「哀れぇー!」
ダンジョンの中でアルの悲しい慟哭と気の抜けたエマニュエルの声が響く。
「悲しきッッ」
「悲しきぃー!」
アルはもはや大楯や大剣を使わず拳圧だけでダンジョン内の悪魔たちを圧倒する。エマニュエルは肩の上から楽しそうに復唱していた。
一匹の悪魔が飛んで逃げようとしたが、アルがその場で軽く横蹴りすると衝撃波が飛んでいき悪魔を撃ち落とす。
「ダンジョンも所詮このレベルかッッ」
「このレベルかぁー!」
それを見て横から筆頭オーガが近づいてくる。
「サスガ、魔ノ神マリーサマ、ノ弟」
「ふんッッ。おべっかはいいッッ、次はどこだッッ?」
「次はどこだぁー!」
「コチラニ、ナリマス」
筆頭オーガはアルの強さに満足しながら古城の最奥まで続く道を案内する。
「ほぉッッ。雑魚しかいないと思ったがッッ、これは強者の気配じゃないかッッ」
「じゃないかぁ!」
大扉の隙間からはとてつもない量の禍々しいオーラが溢れていた。
アルは歓喜する。
己が強さを最大限に出せる相手にであることに震えた。
「開けろッッ」
「開けろぉー!」
筆頭オーガとオーガたちが筋肉をミシミシ言いながら大扉を開ける。
中は薄暗く、アルの体重に地面が耐えられないの進むたびにギシギシと響き、少しすると左右に掲げられている松明がボボボッと点いていく。
明るさが灯されていくと奥にある骨の玉座に誰かが座っていた。
その者はゆっくり顔を上げ、か細い声でぼそぼそつぶやく。
だというのにその声は嫌に響いた。
「我は魔王にして魔王に在らず、我らこそが魔王」
髪は濡れガラスのように輝き、目は赤黒く光っていた。
「我らは墜ちぬ、墜ちさせぬ」
その者がゆっくり顔を上げる。
ウィルだ。
「憎き、天を堕とす者なり」
ウィルは片腕を曲げるようにして顔を覆い隠すと、もう片手でアルを指差した。
「……あぁー、うん。マリーお姉様を呼んでくるから……少し待ってろ」
「待ってろぉ!」
珍しくアルが困惑した声を出して、すぐに筆頭オーガ達に命令しマリーを呼び寄せに行かせる。
「ふははは! この魔王にとって森羅万象、全てが我の物。ならば待つのも一興!」
いつもは九十度に跳ね上がっているアルの眉尻が下を向いていた。
「困ったな……」
「そうなの?」
アルの呟きにエマニュエルが頭を傾けると、アルは小さく頷いた。
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