第三十二話:ドラゴンスレイヤー


「よし、これでいいだろう」


 俺は魔道具や回復瓶を体に身につけていき何度目かわからない確認をしてから言った。

 それを聞いたレンナルトがポケットに手を突っ込みながら俺に呆れ声を出す。


「ようやくか? かなり待ったぞ……」

「……あなたが適当すぎるんですよ」


 俺の代わりにパスカルが横からレンナルトに言う。


「喧嘩すんな。セドも問題ないなら行くぞ」


 セルジュさんは俺たちを見て大きく頷くと、机にあった大きなリュックを背負い席を立った。




 近場で馬を借り、数日使って魔の森に入るとすぐにジリジリと首筋に刃を当てられた気配に襲われる。


「チッ。縄張り争いで負けたドラゴンかと思ったが……」


 セルジュさんも当然気づいていてそんなことをボヤいた。


 何度も首筋をさすって回りを見ると、パスカルは眉間に皺を寄せレンナルトが馬の上でうたた寝していた。俺は眉間を揉みながらレンナルトに馬を寄せてレンナルトの足を蹴る。


「ふわぁ? ん? なんだ?」

「お前には緊張感ってものがないのか?」

「いや、そんなこと言われてもな。まだ全然遠くだろ? こんなところから緊張してどうすんだよ」


 レンナルトは俺を見てわざとらしくため息を吐く。


 こいつ……。


 イラッとしたが、俺は強く深呼吸をして離れた。




「おぉ! この干し肉、うんまいな!」


 魔の森に入ってもドラゴンはまだ遠くにいるようで俺たちは野営をしていた。そして、レンナルトは相変わらず気の抜けた様子で冒険者ギルドで買った干し肉に舌鼓を打っている。


 途中何度もレンナルトに気を引き締めるよう言ったが、寸分も変わることはなくそれに対して俺も面倒になって放置していた。


「こうするともっとうまいぞ、レンナルト」


 セルジュさんはリュックからパンを取り出し干し肉を挟んで焚き火で炙る。


「まじっすか!」


 レンナルトはそれを聞いてすぐに真似をする。


 セルジュさんまでも気が抜けたことに俺がイライラしていると。


「教官として言うがな、セドリック。昼間、レンナルトが言っていた通りだぞ、こんなところまで気を張ってどうする?」

「……ですが」

「はぁ……俺が冒険者の時はいくら気を張ってても死ぬ奴は死んだし、張らない奴も死んでいった。ほどほどにしとけ、逆に疲労だけ蓄積していくぞ」


 セルジュさんはそう言って口に食べ物を放り込むと、俺の肩を軽く叩いてテントの中へ入っていった。


「私が見張りをしますので、レンナルトとセドリック様は休みを取ってください」

「おう、悪いな」

「……わかった」


 レンナルトは素早く返事をしてテントに入り、俺も渋々テントに入って横になった。




 朝日が登り俺たちが道を進めていくと、あたりに食い散らかされた魔物の死骸がちらほら見つける。

 セルジュさんは死骸に近づいては臭いを嗅いだりして、空瓶に詰めていく。


 それを何度か繰り返すと突然セルジュさんの気配が変わった。


「待て」


 なんだ?


 セルジュさんが死骸に近づきそんなことを言うと、その声にレンナルトが惚けていた顔を引き締め周囲を警戒する。


 俺はわからず困惑していると、セルジュさんが剣を引き抜いて魔物の死骸を突き刺す。するとそこから血が噴水のように噴き出した。

 それを見てハッとなりすぐに剣を引き抜いて回りを見渡す。


「数時間前……いや半刻前か? 気をつけろ。近くに潜んでいる可能性が高い」


 セルジュさんはゆっくり後退りすると、俺たちは近くの茂みに馬を繋ぎ、装具を再点検する。


「ふぅ……お前たち一回軽く喉を潤わせとけ」

「うっす」

「……はい」


 レンナルトに続いてパスカルも返事をして水を飲む。俺も水を飲むがなぜか手の震えが止まらかった。



 茂みを進むと、突然巨大な空き地に到着する。


「こんな場所、地図にあったか?」

「……いえ、なかったはずかと」


 セルジュさんの視線を受けたパスカルが返す。


「チッ。どこに行きやがった? めんどうな……俺が囮になるからお前たちは一旦ここで待機してろ」


 レンナルトが何かを言おうとしたが、セルジュさんの強い視線に言葉を呑み込む。


 セルジュさんはゆっくり空き地へ入り、回りを警戒するがドラゴンが出てくる気配はなかった。


「どういうことだ……?」


 セルジュさんの小さな呟きが響いてきた。俺たちは茂みから緊張に包まれて見ていると……。


 上空から「ガァァァ!!」と巨大な咆哮が飛んできてドラゴンがセルジュさんではなく隠れていた俺たちへ向けて降ってきた。


 俺はなんとか一番端にいたおかげかゴロゴロ転がって避けれたが、パスカルが直撃を受けて吹き飛んだ。


「パスカル!!」


 パスカルはそのまま巨木の幹に背中からぶつかりそのまま意識を失う。


「くそがぁぁ!!」


 俺は叫びながら火炎魔法に剣に纏わせドラゴンの背に向けて切り付ける。だが、ドラゴンに俺の攻撃は全く通っている様子もなく、死角からドラゴンの尻尾を腹に受けて俺は吹き飛ばされる。


「ぐぅぅ!!」


 巨木に背中をぶつけた拍子に内蔵がイカれたのか、歯が折れたのかわからないが俺はその場に血が混じった唾を吐き捨てて顔を上げる。


 遠くでセルジュさんがまるで嵐のように剣を振り回しドラゴンと戦っていた。


「お前たちは早く逃げろぉぉ!!」


 セルジュさんがそう叫び俺はなんとか立ちあがろうとするが右足に力が入らなかった。


 なんだ?! どうなってる!!


 足を叩いても痛覚も反応もなく、俺はゆらゆらと左足だけでなんとか踏ん張るがすぐに地面に倒れる。


 レンナルトは最初から逃げる気はなかったのか、セルジュさんの隙間を縫うようにドラゴンへ剣を這わせて小さながらも傷を追わせていた。


「チッ。馬鹿者が!!」

「討伐に来たって自分は言ったでしょう!」


 セルジュさんは大声でレンナルトを罵倒しながら二人でドラゴンに攻撃を加えていく。


「はぁ……はぁ……」


 俺は自分がここまで弱かったことに歯噛みして、なんとか剣を杖のようにして立ち上がる。

 ちょこまか動き回るレンナルトに苛立ったドラゴンは巨大な鉤爪に魔力を纏わせ、素早く背後を振り向く。


「レンナルト!!」


 俺が思わず叫ぶと……鮮血が舞った。


「セルジュさん!!」


 レンナルトの悲痛な叫びが響いた。なぜなら、セルジュさんがレンナルトを突き飛ばしその代わりにセルジュさんが真正面から顔へ攻撃を受けていたからだ。


 ドラゴンはそれを見てまるで人間のように目を細めると、後ろへ飛翔して距離を取ってこちらを警戒する。


 その間には俺はよたよだとできるだけ急ぎセルジュさんに近づく。

 セルジュさんは顔からおびただしい量の血を流していた。それを見て手が震えたがすぐに懐から回復瓶を取り出して何度もかけるが、血は止まらず回復する様子もない。


「なんでだ!」


 次に回復魔法をかけるがそれでも意味がなかった。

 横にいたレンナルトは自分を庇って傷をおったセルジュさんを見て顔を青白くしていく。


 いつの間にか意識を取り戻したのか、幽鬼のようにふらふら状態のパスカルがやってきていた。


「私が……囮になり……ます」


 時折、口から血反吐を出しながらパスカルがそんなこと言う。


「レンナルト!! セルジュさんを連れて逃げろ!!」


 俺は呆然としているレンナルトの顔を殴りつけて叫んだ。ようやくレンナルトは我に返り、何度も「あぁ……あぁ……」と言ってセルジュさんを担いで後方へ行く。


 俺たちが逃げようとしたことにドラゴンは気付いたのか、口に魔力をためて火炎を噴き出してきた。パスカルはすぐに持っていた魔道具を使って盾のように防ぐ。


 その間に俺は魔力を体に溜めていき魔法を唱える。それを見てパスカルが援護するようにドラゴンの意識を逸らせた。

 俺は気合いを入れ、火炎魔法を飛ばしドラゴンの顔に当てるとドラゴンの片目が爆ぜた。


「グォラァァァ!!」


 ドラゴンはそのことに怒り狂い、もはやパスカルを無視して鋭利な尻尾で俺の頭を貫こうとしていた。


 身体は動かず、遠くからこちらへ手を伸ばすパスカルの悲壮な顔を見ながら、俺は今までの人生が走馬灯のように浮かんでは消えていく。



 ここで……終わり……か。



 その瞬間、俺は衝撃を受け身体が横へ吹き飛ばされた。


 一気に意識が引き戻されゲホゲホと咳き込みながらなんとか顔を持ち上げると、レンナルトの顔から大きな傷跡と血が舞っていた。

 見ているだけでとてつもない痛みのだと言うのに、レンナルトの顔はゾッとするほど無表情で素早く剣を振り尻尾を切り落とす。


 なんだ? 何が……起きている?


 地面で頭を打ったせいか視界がチカチカする中、戦いを見ているとレンナルトがドラゴンと対峙していた。


 両者共に体に無数の傷跡が増えていく中、レンナルトが大声で叫んだ。


「神よ!!」


 レンナルトが吼える。


「本当にいるなら、力をよこせぇぇぇぇ!!」


 レンナルトは腹の底から耳が痛くなるほどの絶叫を響かせると、天から光がいくつも降り注いだ。

 目が痛くなるほどの光にドラゴンも怯み、後退りをするとレンナルトの持っていた剣が光り輝く。


 レンナルトの顔は今まで見たこともないほど憂いに満ちた表情と佇まいでドラゴンを見ていた。それを見て俺はかつてガキの頃に読んだ勇者伝説を思い出す。

 そしてレンナルトは本当に勇者のようにドラゴンを圧倒していた。たが、力の代償は凄まじいのかレンナルトは顔から穴という穴から血を噴き出す。


 俺はなんとか援護をしようとするがすでに体力が微塵もなく、立ちあがろうとしても何度も倒れ込む。


 パスカルは目だけ動かして俺を見ると、悲しい表情を浮かべドラゴンへ攻撃を喰らわせ意識を自分に向けさせる。すると、いつの間にか意識を取り戻したセルジュさんが影から飛び出てきてドラゴンの首に剣を突き刺す。


「ギャァァァァ!!」


 ドラゴンの絶叫が響く中……レンナルトがドラゴンの首下で剣を振っていた。



「はぁ……はぁ……」



 俺のうるさい息遣いだけが森に流れると、ドンッ!! とドラゴンの首が大きな音を立てて地面に落ちた。

 セルジュさんは血を失いすぎたのかそのまま意識を失い、パスカルは胸を押さえて前のめりに倒れ、レンナルトはドラゴンの首に巻き込まれて見えなくなった。



 俺はなんとか気を保たせようとしたが……視界が唐突に消されたかのようにプツリと真っ暗になる。





 ◆◇◆




「……! ……様!」


 顔を上げるとマリーが泣きそうな顔で俺を見ていた。


「セドリックお兄様ぁぁ!」


 俺が起きたことに気づいたマリーがギュッと俺の頭を胸に抱く。


「大丈夫だ、マリー。苦しいから離してくれ」


 俺は苦笑いしながらマリーを離すと、なぜか動かなかった右足が妙にモゾモゾと痒い。それに苛立ちながら力を入れると普通に動いた。その上、身体もいつもより調子が良かった。


 ドラゴンを倒した影響……か?


 そんなことを考えていると次々に医師から身体検査をされていく。


「セドリックお兄様ぁぁ」


 マリーは相変わらず顔をぐちゃぐちゃにしながら泣いていた。その横ではアミラも涙ぐみ、マリーの胸でざめざめと泣いている。


「ほら、もう大丈夫だから泣くな。お前たち」


 俺は医師に止められたがそれを振り払い、ベッドから立ち上ってマリーとアミラの頭を撫でた。



 後日、話を聞くと俺たちはあそこで数日気絶したままで消息なくなり、お父上が騎士団に命令をして向かわせたらしい。

 そこにはドラゴンの巨体と俺たちが倒れていたこともあり、騎士団たちはすぐに城へ連れ帰った。

 凄腕の医師たちがセルジュさんとレンナルトの傷付いた顔を治そうとしたが、どちらも満足げにドラゴン殺しの証だ! と言って突っぱねた。

 パスカルは脊髄と脳に相当なダメージを受けた影響から昏睡状態になっていた。俺が呆然と立ち尽くしていると、マリーが現れ涙目になりながらアミラと一緒にパスカルの手を握るとすぐに起き上がり俺は尻餅をついた。



 俺たちはガランッとした謁見の間で玉座に座っているお父上に向けて歩く。


 お父上もいつものような締まりがない雰囲気ではなく、聞いた話でしか知らない狂気を孕んだ凶王のような禍々しい殺気を放っていた。

 俺たちがある程度の距離に着いて止まると、お父上は肘をついてこちらを上から見下ろす。


「任務。ご苦労」


 無機質な言葉と身体が重くなる錯覚を覚える視線に俺は心臓を掴まれる恐怖に襲われた。


「ありがたき、お言葉」


 セルジュさんはすかさず跪き俺たちもそれに見習う。レンナルトはいつものスカした雰囲気がなくなり顔をこわばらせていた。


「……褒美をくれてやる。何が欲しい」


 お父上はめんどくさそうに右手をひらひらすると、横にいた宰相が手元の紙をお父上に渡す。それをチラと見るとすぐにセルジュさんに乱雑に放り投げた。


「ほら、好きなだけくれてやるから言ってみろ」


 俺はお父上の一つ一つの言葉に肩を震わせる。


 セルジュさんは強い眼差しでお父上を見ていた。


「名誉を」

「……チッ。冒険者から成り上がっただけあるってか? 生意気な」


 お父上は苦味を齧った表情で続ける。


「他のやつらは?」

「「右に同じく」」


 パスカルとレンナルトはすかさず返答したが俺は言い淀む。


「それで、愚息のぼんくらは何が欲しいんだ? ん? いつまでも黙ってたらわからんぞ」

「……ご、ご迷惑をおかけしたことをお詫びして……け、継承権の放「黙れ!!」」


 俺が声を震わせながら言うとお父上が怒気を発しながら被せてきた。そして玉座から立ち上がり壇上から降りてきて俺の目の前にやってくる。


「俺は褒美だと言ってんだ。なのにご迷惑だぁ?! なめてんのか!!」


 お父上は俺の顔を真正面からぶん殴った。その力は俺が思っていた以上に強く俺は吹き飛ばされる。


「……チッ。目障りだ、ボンクラを連れてお前らも失せろ」

「「「はっ」」」


 お父上は心底見下した目で俺を見ると、俺はセルジュさん達に謁見の間から引き摺り出された。




 謁見の間から出て俺は近くの柱をドン! と強く殴る。


「おいおい。どうしたんだ? せっかく名誉をもらったっていうのによ」

「名誉? 名誉だと!!」


 レンナルトの言葉に俺は激情して胸ぐらを掴み上げる。

 すると、レンナルトは俺を心底面倒臭そうな目で見ていた。


 真正面からその視線を見た俺はたまらず離す。


「……本当にボンクラだな」


 レンナルト俺を睨みつけて小声で呟きながら、パンパンッと胸をわざとらしく叩きはたき近くの柱を強く蹴っ飛ばすと肩を怒らせて去っていった。


 その態度に呆然としているとセルジュさんが対面にやってくる。


「……はぁ、俺が言ったということは忘れろよ? セドリック皇子。皇帝陛下はお前の身体を気にして何日も眠られていないんだ。医師から足が動かなくなる可能性があったと聞いた時は……食いしばり口端から血を流して、お前の足を何度も泣きそうになりながら摩って謝っていたんだぞ」

「……それが……関係ありますか?」


 そんなことを聞いてどうすればいいかわからない俺は突き放すように言い返した。その瞬間、セルジュさんに鳩尾を殴られ咳き込む。


「……だというのに、さっきの態度はなんだ? ご迷惑だから継承権の放棄だと? ふざけてんのか! 迷惑なのは最初からだよ、最初からだ!」


 セルジュさんは咳き込んでいる俺に顔を近づけて血走った顔で俺の目を見てきた。


「わかってるのか? お前ごときが騎士団にすんなり入れた理由を? 皇帝陛下が……騎士団長へわざわざお願いをしたからだよ!!」


 頭では理解していたが、初めて面と向かって言われ俺は唾をゴクリと飲み込む。


「お前はレンナルトが簡単に帝国の騎士団に入れたと思ってるけどよ……本当にそう思ってるのか? 仮にも敵対している王国の人間だぞ? そんな簡単な試験で入れるわけないだろ!! あいつはそれこそ常人であれば死ぬレベルの試験を乗り越えて入れたんだよ!! それでお前はどうだ? その年齢で入れる試験はどうだった? あぁッッ?!」


 セルジュさんは俺の胸ぐらを掴み上げる。


 確かに騎士団の入隊試験は簡単で俺は……。


 自分の愚かさに目頭がカッと熱くなり何かが込み上げてくる。それを見てセルジュさんは俺を放り投げ、近くの柱をガンッッ!! と強く殴って去っていった。


 まるで力という力がなくなり地面に倒れ伏す。


「あぁ……アァァァ!!」


 両目から止めどなく涙をこぼしながら、地面を何度も殴っていると横からパスカルに腕を掴まれる。


「……いつまでも……責めないでください、セドリック様」


 視界がぐちゃぐちゃの中、ゆっくり顔を上げると。


「……僕たちは……もっと……鍛錬する必要が……あります」


 パスカルは食いしばって両目からポロポロと涙をこぼしていた。


「あぁ、あぁ……もっと、もっと強くならないとなぁ……」


 俺はゆらゆらと立ち上がりパスカルを強く抱きしめ、その場で童子のようにワンワンと泣いた。

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