第三十一話:皇子の苦悩
第一皇子、セドリック・ド・パロメスの独白。
「セドリックお兄様!」
俺が部屋で寛いでいると可愛い妹がやってきた。
「どうした? マリー」
訓練の疲れもあったが、マリーの元気発剌な声に俺は思わず苦笑いをして眦を下げる。
「鍛えてほしいですわ!」
マリーは上の妹であるアミラと違い、家族のみんなと接点を持つのが楽しいのかよくいろんな人の部屋に遊びに行っているのは知っていた。
「鍛えるぅ?」
俺はそれを聞いて頬をポリポリしながらマリーを手招きして近くの椅子に座らせる。
五歳になったマリーも、てっきりアミラのようにワガママになるかと思えばそんなことはなく、トンチンカンなことを言っては家族みんなを困らせていた。
最近はそれに感化されたのかアミラもたまに俺の部屋の前でウロウロしているのをよく見かける。もじもじしながら何かを言いたげに自分の裾をぎゅっと掴み、こちらを見上げてくるもんだから、頭を撫ででやると顔を赤らめて走っていく。
そんなことを思い出しているとマリーが頬を膨らませていた。
「セドリックお兄様! 聞いてますか!」
「聞いてるよ。鍛えるって言ってもなぁ、本当に簡単な素振りだけだぞ?」
「本当ですか?!」
マリーはまるでひまわりのようにパァっと笑顔を振りまいて、俺の方へぴょんぴょんジャンプしながら飛びついてきた。
「おいおい。危ないだろ」
「ありがとうございますわ!」
精一杯背伸びをしてアミラの真似をしているのか喋り方が貴族令嬢にみたいになるが、たまにそれを忘れ変な口調になる時が面白い。
マリーの頭を撫でるとマリーはふんすっと言って両腕を上げて「頑張りますわー!」と声をあげた。
それに苦笑いしながら俺は侍女を呼び寄せ、念の為パスカルも控えるよう伝えて庭に出る。
マリーが可愛らしく木剣を振り回していた。
「ふん! ふん! ですわ!」
マリーの専属侍女のリヌが少し心配しながら見ていたが、俺は頷き安心させながらマリーに声をかける。
「いいぞ! マリー! その調子だ!」
「行きますわ! お兄様」
すると、マリーが顔をキッと決めて俺に言った。が、垂れ目のせいもあってか面白い顔に俺はたまらず吹き出しそうになったが堪える。
「おう! こい!」
まるで猫の尻尾のような弱々しい攻撃に俺は避ける素振りもせず、当たると地面へ転がった。
「うわぁぁ、さすがマリーだぁぁ」
「お兄様! ちゃんとしてください!」
マリーは五歳ですでに聡いのか、それとも感が強いのか俺のわざとらしい演技にプンプンと擬音が出てきそうな怒り方をした。それを見て苦笑いしながら服を叩き起き上がる。
「そんなこといったってなぁ。俺が本気出して怪我でもさせたら、お父上に俺が怒られてしまうよ」
「んもー!」
言い訳をするがマリーはそれでも機嫌が治らず俺の裾を引っ張る。何度目かわからない苦笑いをしながらマリーの顎を撫でてやると、「ふにゃぁ」と言って顔が蕩けた。
俺が笑うと、近くにいた侍女たちも釣られてクスクスと笑う。それに気づいたマリーはまるで本当に猫のようにサッと離れ俺に指差す。
「私は猫じゃないです、お兄様! ふん! 私、先に戻りますわ!」
「わかった、わかったよ。後で甘い物持って行くからヘソを曲げないでくれ」
「いっぱいお願いします!」
マリーがそう言うと宮殿へリヌを伴って走っていった。俺が頭をかいていると木陰に隠れていたパスカルが現れる。
「お疲れ様です。セドリック様」
パスカルの嫌味たらしい言葉にイラッとした。
「別に疲れてなんかないぞ。可愛い妹だからな」
「くくく」
チッ、本当ムカつく奴だな。
「なんか物言いたげだな? パスカル」
「いえ、なんでもないですよ」
「ちっ。相変わらず飄々としやがって、お前には手加減なんてしないからな」
「もちろんです。お手合わせ、よろしくお願いします」
マリーが落とした木剣をパスカルが拾い上げると俺は構えた。
◆◇◆
弟や妹もすくすく成長し、マリーも中等部に進学した。俺はその時にはすでに高等部の科目をほとんど終わらせており、お父上に頼み込み騎士団へ入っていた。
セルジュ・モンティレ教官がサッと俺たちの前に立つと俺たちは不動の姿勢を取る。
「訓練終了!!」
「「「「お疲れ様です!!」」」
モンティレ教官の声に俺たちは声を揃えて返礼した。みんながみんなモンティレ教官の訓練に疲れ切り、その場で倒れ込みたかったが我慢をする。
モンティレ教官は俺たちを一人一人見て行き、満足げになると去っていった。それを確認し遠目に行ってから騎士見習いの俺たちは地面に尻をつく。
「はぁ……やっぱセルジュ教官は鬼だな。他の訓練隊の教官は優しいってのに……」
横にいた同期のレンナルトが顔に玉のような汗をかきながら文句を放つ。
「冒険者から騎士になるくらいですからね。実践的な戦い方を教えてもらえるだけよしとしましょう」
膝に手を置きながら、俺と一緒に騎士団へ入ったパスカルがレンナルトに返した。
「そんなこと言ったってなぁ……」
レンナルトは相変わらず不満そうな顔を変えない。
「王国から特別に入隊できたのに、よくそんなにぷーたれるなお前は」
「うっせぇ」
俺が思わず言うとレンナルトは立ち上がると、軽く俺の肩を叩いて苦笑いをした。
「とりあえず飯いこうぜ、飯」
「そうだな」
レンナルトの声に釣られ、俺は立ち上がって食堂へ向かった。
「なぁ、聞いたか?」
夕食をかきこんでいると、レンナルトが怪訝な表情をしながら顔を近づけてきた。
「どうした?」
「どうしましたか?」
俺とパスカルが返事するとレンナルトは更に声をひそめる。
「なんでも、他大陸からのドラゴンが魔の森に現れたらしいぞ」
「ドラゴン……ですか」
俺が眉毛をぴくっと動かすと、パスカルが
「しかもモンティレ教官が隊長になって討伐に行くらしくてな?」
レンナルトの
「極秘の情報をよくそこまで聞きつけたな。帝室でも俺とお父上、お母上方ぐらいしかしらないってのに……」
「ふふん、まぁな」
俺が呆れ声で返したのに、レンナルトは鼻の下を擦って照れ顔になる。
「……セドリック様は、呆れてるんですよ」
「あ、そうなの?」
パスカルが俺の心の声を代弁して言い返すと、レンナルトがボケっとした表情になる。
こいつは……まったく。
「俺たちでドラゴン退治に行こうぜ」
「何言ってんだ、レンナルト。俺たちはまだ騎士見習いだぞ」
「そうですよ、レンナルトさん」
俺とパスカルがなんとかやめさせようとするが、レンナルトは知ってか知らずか腕まくりをして話を一方的に進める。
「近所で見つけた酒場にな? モンティレ教官が入り浸ってて……俺が知った情報だとそこの看板娘にゾッコンなんだよ」
「ほう?」
「……セドリック様?」
パスカルを無視して顎をしゃくってレンナルトに話を続けさせる。
「あれ? セルジュさんじゃないっすか!」
酒場に入るとレンナルトがわざとらしく大声を出しながら、一人飲んでいたモンティレ教官の机に近づく。
モンティレ教官も最初は誰だこいつ? という目で見ていたが、レンナルトの顔を認識すると頬が痙攣を起こすように動き回った。
「な! お、お前」
「あ! 姉ちゃん! なんか美味しい飲み物頼むわ!」
レンナルトはモンティレ教官の隣にある空いていた席に座る。俺とパスカルもそれに続いた。
「へへへ。聞きましたよ?」
「な、何がだ」
モンティレ教官は必死に動揺を隠そうとエールを飲むが、口ではなく頬に当てていてエールが全部こぼれていく。
それに気づいた酒場の看板娘がパタパタと走ってきておしぼりをモンティレ教官に渡す。
ほう? 確かに可愛らしいな。
看板娘はモンティレ教官がゾッコンするのもわからないぐらいに可愛らしく、愛嬌があった。
「あ、ありがとう」
「大丈夫ですか? セルジュさん」
「あ、あぁ。大丈夫……だよ」
いつもは言葉遣いが荒いモンティレ教官の優しい言葉に俺は吹き出しそうになった。モンティレ教官はそれに気づいたのか一瞬睨んでくる。
「本当ですか? 気をつけてくださいね」
看板娘はモンティレ教官へ可愛らしくニッコリ笑みを浮かべると接客へ戻った。
「……お前たちはなんでここいるんだ?」
モンティレ教官はまさしく視線で人を殺せそうなほどの圧で俺たちを凄んでくる。
「ドラゴン退治ですよ、セルジュさん」
「……連れて行かないぞ」
レンナルトが言うと、モンティレ教官はぶっきらぼうに言い返す。
「ふぅん。鬼教官のセルジュさんがあんな可愛らしい看板娘にゾッコン! なんて知ったらみんな、なんて思うかなぁ」
レンナルトはわざとらしく両手を後頭部に置きながら少し大きめの声で言うと、モンティレ教官が顔を赤くしてレンナルトの胸ぐらを掴む。
「黙れっ!!」
「なら……わかりますよね?」
掴まれているっと言うのにレンナルトはニタニタしながらモンティレ教官を脅す。
「……お前たちもか?」
「はい」
「……私は万が一に備えてです」
俺が即答すると、パスカルが言葉を濁しながら返事をする。
「はぁ……」
モンティレ教官はレンナルトを離すと、天を仰ぎながら大きなため息をこぼす。
「チッ。しょうがねぇ、他のやつらだったら殴ってても黙らせるが、お前たちは無駄に優秀だからな……お前ら三人だけだぞ?」
「お! さすがですぜ、セルジュさん!」
レンナルトが口笛を吹いてモンティレ教官の背中を叩く。モンティレ教官は嫌そうな顔をしながら手でそれを振り払い続ける。
「本来なら正規の騎士数名だったが……まぁいい、お前たち特別休暇の申請して一度冒険者ギルドに行って加入してこい。もちろん名前は偽名にしろよ?」
後日、モンティレ教官の言う通り特別休暇を申請した俺たちは身なりをできるだけ野蛮な冒険者に偽装するため、軽く汚してから冒険者ギルドへ加入した。
俺はセド、パスカルはパシー、レンナルトはレルという仮名で。
冒険者ギルドにある酒場に席を陣取って飲み物を飲んでいるとモンティレ教官……じゃなくセルジュさんがやってきた。
「うっす。お疲れ様です、セルジュさん」
セルジュさんの見た目はまさしく山賊の頭目にしか見えず俺はぱっと見誰かわからなかった。
だと言うのにレンナルトはいち早く気づいて手のひらをあげる。
多くの冒険者たちがなぜかギョッとした顔を俺たちへ向けヒソヒソ声をする。
「あぁ、先に来てたんだな。もう加入は済んだか?」
「うっす」
「チッ。ムカつく態度だな……訓練の時に地獄見せてやるから、覚えとけよ」
レンナルトの態度にセルジュさんは額にピキリと何本も線を作る。
「へいへーい」
「これからどうしますか? セルジュさん」
レンナルトの気が抜けた返答に続けて俺はセルジュさんにこれからのことを聞く。
「皇帝陛下と騎士団長からは軽く見るだけ、と言われてる」
「えぇ? 見るだけっすか?」
「あぁ、セドリ「セドです」……セドがいるってのもあるからな」
レンナルトが不満そうな声を上げると、セルジュさんが俺を見て馬鹿正直に名前を言おうとしたから被せて仮名を言った。
が、セルジュさんの言葉に俺に違和感を覚える。
騎士団長ならまだしも、お父上が見るだけで良いだと?
昔の逸話を聞く限り、お父上は戦闘狂いの凶王と聞いたはずだが……丸くなったのか?
俺は心の中でお父上の評価を一段と下げ、セルジュさんを真正面から見据える。
「……セルジュさんは本当に見るだけで済むと思っているんですか?」
「チッ。昔は可愛かったのに生意気になったな……わかってるよ、ドラゴンの魔力なら俺たちが近づいただけで戦いになるだろ。だが、それでも俺は教官という立場もあるから、な。どんなことをしてもお前たちには無傷で帰ってもらうぞ。数週間もすれば騎士団長がドラゴンを討伐する手筈になってる」
「えぇ! なんっすか、それ」
それを聞いたレンナルトが机にガバッと倒れ込む。
「超つまらないやつじゃないっすか……」
「当たり前だろ。おい! エール持ってきてくれぇ!」
「た、ただいま持って参りますー!!」
セルジュさんがレンナルトに言い返すと昼間だって言うのに給仕係にエールを頼んだ。
「まじっすか? これからドラゴン退治いくのにエールっすか?」
「退治じゃないって言ってんだろ、しつけーな」
そんなやりとりを見ながら俺は心の中で、皇子という呪いみたいな称号に苛立った。
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