第三十話:恋の行方


 ジギエルとサミュエルさんという副マスターをつれてスラム街を進むと、みんな逃げるようにして裏道へ入っていく。


 ふっ、私の気高さに恐れ入ったのね!



 多分ですが、背後にいる物騒な殺気を放っている集団のせいだと思いますよ。



 一軒のボロ屋に着くと、サミュエルさんが独特なノックをする。すると扉の中央に隙間が現れ、そこからしゃがれた声が聞こえてきた。


「血は」

「酔うほどに」


 おそらく合言葉なんだろうけど、おっかないことをサミュエルさんが素早く答えると扉が開かれた。

 中は外見と同じボロボロだったが、地下に続く階段がある。


「ほう……サミュエル坊ちゃんはとうとう帝室までに食い込んだのかい?」


 中にいた老婆はニタニタと嗤いながら私たちを見た。


「笑止ッッ。貴様らが我らに降るのだッッ」


 老婆はアルの言葉にケタケタと嗤い、蝋燭を持って階段へ入っていった。

 それを見てサミュエルさんが入っていき私たちも続く。


「ふーん。こんなところあったんだ」

「是。暗部のみ知る場所であります」


 ジャックが両手を後頭部に当てながらつぶやくとどこからか黒装束を着た偉丈夫が現れて、返答をした。


 だ、だれよ。こんな人いたかしら?



 その人があなたが探していた本来の闇ギルドの副マスターですよ。




 薄暗い中を進んでいくと一気に開けた場所に着く。


 そこには思っていた以上に人が多くたむろしていて、各々グラスを持って談笑していた。


「ヒッヒッヒ。帝室の方はご存じありませんが、ここでの戦闘は御法度。もし破れば帝国のみならず他国の暗殺者たちにも狙われます」

「ふんッッ。戦いたいのであれば、我は構わんッッ」


 老婆の声を聞いたアルは額に筋を作って叫んだ。


「貴様らッッ、我はパロメス帝国が第七皇子、アルフレッド ・ド・パロメスだッッ。我を狙いたいなら今、戦おうぞッッ」


 アルは中央の大きな石造りの机に飛び乗り、粉砕した。なぜかエマニュエルはアルの肩に仁王立ちして一緒に周りを睨視する。


「雑魚どもがッッ。臆したかッッ」

「臆したかぁ!」


 アルのいきなりの言動に多くの人がギョッとした顔で飲んでいた物を吹き出し咳き込む。


 その瞬間、いくつもの短剣がアルの顔目掛けて飛んできた。が、アルは避けることすらせず、仁王立ちしていると顔に当たった短剣が折れ曲がって落ちていく。


 エマニュエルといえば飛んできた短剣を掴んでは宙にポンポン放ってくるくる回して遊んでいた。


「所詮は道具ッッ。おのが拳で戦う気概があるものはいないのかッッ」

「ないのかぁ!」


 アルの挑発に感化されたのか、屈強な人たちがアルと拳を交えて戦いを始めた。

 私はもうお手上げ状態でそそくさとジギエルとサミュエルの後をついていく。


 ジャックは大爆笑しながらバーテンダーからジュースをもらって観戦に回った。ジェレミーは天を仰ぎなら私の後ろについてくる。



 ◆◇◆



 豪華な一室に入るとようやくゲームにも登場したイケメン暗殺ギルドマスターがいた。


 私は小躍りしたいのを我慢して近くの椅子に座る。


「おやおや? 寵愛の子にして魔を統べる鮮血の深淵たる精霊第六覇王ではないですか」


 ん?! なんかすでに新しいのが増えてるんですけど!


「深淵たる、とは……どういう意味でしょうか?」

「くくく。すでに闇ギルドを配下に置いていることは知っていますよ」


 さっき仲間にしたばかりなんですけど……。


「私が来た理由はわかっていますね?」


 あなたと婚約しにきたのよ!


「もちろんですよ」


 ふっふっふ。あなたも私に恋を寄せていたってことね。

 これで私も晴れて愛の勝者!


 これにて話は完結ね!


「他国からの暗殺者が多いことは存じています。なにぶん、こちらは以前までジャック様並びにジェレミー様と殺りやっていたので、どうしてもそちらに手が回らなく」


 イケメン暗殺ギルドマスターがニタニタとなぜか私の横にいるジェレミーを見て嗤った。


 う、うん?


「抜かせ。わざとらしく何人も雑魚を放り込んできやがって」


 ジェレミーが剣呑な目で言い返す。


「おぉこわいこわい。さすがは武闘派ヴァネッサ様のお子様であられる」

「貴様……殺されたいのか」


 ジェレミーは腰から剣を引き抜こうとした。


「ジェレミー」


 私が言うとジェレミーはふんっと鼻息を立てて剣を戻す。


 く、くそぉ! どういうことよ!

 なんであなたたち二人でフラグが立ってるのよ!


「はぁ……ロイ。話を小難しくするな」

「ジギエルにそんなことを言われるとは、驚きですよ」


 虎獣人族のジギエルさんがため息をして言うと、暗殺ギルドマスターのロイさんがわざとらしく肩を上げた。


「俺たちは帝室に降る。お前はどうするんだ?」

「うーん。そうですねぇぇ……」


 ロイさんは机に置いてあったお茶を一口飲んで何かを思案する。


「私に何か得がありますかね?」


 私と婚約者になれることよ! と私が胸を張って言おうとすると、部屋の外から大男が飛んできた。


「ふんッッ。帝国の暗殺ギルドも堕ちた者だなッッ」

「堕ちた者だなぁー!」


 アルが腕を組んで部屋に入ってくる。肩の上には一緒に腕を組んでいるエメニュエルちゃん。


 くっ! も、もう一度よ私!

 ここで引いたらイケメン婚約者がいなくなるわ!


「私と「ここで死ぬかッッ、我と戦えッッ」」


 ちょ、ちょっと! なんで被せてくるのよ、アル!


 ロイさんはそれはもう素敵な笑みを浮かべると上着を脱ぐ。身体にはびっちりと暗具がいくつも身につけられていた。


「ふんッッ。そんな児戯ごときで我に勝てるとでもッッ?」

「さぁ? やってみないことにはわかりませんよ?」


 ロイさんは残像のように消え後方でアルと戦い始めた。


「あらあら、あの人ったら……落ち着いたと思えばまた戦い始めるなんて」


 私が放心状態で脳が飛んでいきそうになると、綺麗な女性が現れる。


「初めまして、皆様方。ロイの妻、ミレイと申します」


 ……妻?


「少々ですがお時間を頂戴すると思います。よかったらお茶でもお飲みになられてください」


 ミレイという女性は近くにいた人たちに合図をして机や椅子を用意する。


「寵愛の子にして魔を統べる鮮血の深淵たる精霊第六覇王マリー様。この度は旦那に代わり、謝罪をさせていただければ、と。私たち暗殺ギルドは帝国に歯向かう気はありません。一部の部下が暴走をしているだけなのです」

「暴走? あれだけの量の暗殺者を俺たちに放ってか?」


 ジェレミー椅子にどかっと座り足を組んで言い返した。


「えぇ……私たちも頭が痛くなるんですが、他大陸からやってきた暗殺者が何やら吹き込んだようで……」

「チッ。めんどうな」


 あの……妻ってなんですか? そこ重要ですよ?


「結婚されていらっしゃるんですか?」

「えぇ、そうですが?」


 ミレイさんが不思議そうに私に返す。

 私は泣きそうだった。


 なんでよ! 原作じゃ攻略キャラクターだったでしょ!

 なんで結婚してるのよ!


「私も昔、暗殺ギルドのメンバーでしたが、ある日森で傷ついた時に助けてもらい……」


 ミレイさんがポッと顔を赤らめた。

 虎獣人族のジギエルは手をプルプル震わせてお茶をこぼし涙目になっていた。


 くそがぁぁ!


 私はイライラして雷を放出する。


「他大陸と他国の間者すべて教えなさい」


 この鬱憤は他大陸とやらに八つ当たりしてやる!!




 後日、帝国にいた闇ギルドと暗殺ギルドから他大陸だけではなく他国の間者が一掃され、全員が帝国に恭順したという。


 マリーの怒りはそれだけでおさまらず、スラム街にいたチンピラもぼこぼこにして第一騎士団に放り込んだ。


 数ヶ月後、スラム街の住人たちの目は全員、死ん……キラキラした目で胸を張るようになったという。



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