第一話:目に入れても痛くない
私は怒った! 怒り心頭で宮殿を猛ダッシュするぐらいには!
「お嬢様……あまり早く走られると」
侍女のリヌが私にそれを言った瞬間。
「ふぎゃ!」
転んでしまい肉厚の絨毯をコロコロと転がる。
こ、この絨毯が! よくも!
私は涙目になりながら絨毯をポンポコと叩く。
「お嬢様……お手をどうぞ」
うぅ……。
リヌの手を借りて立ち上がり、ハンカチで顔を
「ありがとう……」
冷や水をかけられたようになった私は、肩を落として宮殿をとぼとぼ歩く。
なぜ私が怒っていたか教えてあげましょう! セドリックお兄様に剣術をせがんだのに、適当にあしらわれたから! 終わり!
な、なんか悲しくなってきた……。
「お嬢様?」
「……自室に戻る」
「承知しました」
リヌに手を引いてもらって自分の部屋に戻った。
ポフンっと最近お父様に買ってもらったお気に入りの椅子に深く座る。
はぁ、最高。ぐっすり、眠れ、そう……。
ぐがぁー。
「……! ……リー!」
はっ! 敵か?!
急いで目を開けると、三個上の第三皇女であるアミラお姉様が私の顔をのぞいていた。
「マリー! お花畑いきましょ!」
えぇ……別にお花畑に行ってもなぁ……。
お姉様は私の心の声を知ってか知らずか手を引っ張る。
しょうがないなぁ。
「わかりましたわ、アミラお姉様」
「さすがマリーね! 他のお兄様は来てくれないんですもの!」
ふっ。転生した私からしたら、お姉様でもちびっ子よ。
私にとったらちょちょいのちょいよ。
◆◇◆
わーい! ちょうちょさん待ってー!
……ハッ!
な、何をしていたんだ、私……。うっ、頭が……。
「マリー! こっちにおいで!」
アミラお姉様に近づくと、手元には可愛らしく作られたお花の冠があった。
「頭を下げてちょうだい、マリー」
「はい、お姉様」
言われた通り頭を下げると、ちょこんとそれを乗せられた。
「ありがとうございます! アミラお姉様!」
「キャー! 可愛いわ、マリー!」
アミラお姉様は感激したかのように私をぎゅっとする。私たちの周りにいた侍女たちは可愛らしい物を見る目で穏やかに笑みを浮かべていた。
ふっふふ。追撃で必殺、おべっか攻撃!
「お姉様こそ、素敵ですわ。私アミラお姉様みたいになりたいですの……」
アミラお姉様が離れたかと思うと両目をうるうるして、再び私を強く抱きしめた。
「マ、マリー!」
しょせんは子供。私にとったら余裕すぎね! アーハッハッハハ!
◆◇◆
場面が変わって自室。
ふ……子供の相手は疲れるわね。
髪の毛をかき上げて気取るマリー。ついさっきまで蝶々を追いかけて楽しんでいたのをまるで存在ごと忘れているようだった。
そういえば学園に入学するのは中等部からだったかしら……それで主人公が入ってくるのは十五歳の高等部だったわね。
それまでに強くならなければ!
自室に誰もいないのを確認した私は、両手を広げ手のひらから小さく雷をパチパチ発生させる。
「ふっふっふ。あの神様もなんだかんだ言って、二つも特典くれるなんていいやつね!」
マリーは雷を纏い髪の毛を怒髪衝天のように逆立て、ダサイポーズを決めていた。
突然、コンコンッとドアが叩かれ、マリーは急いで雷を消し髪の毛も戻す。
「どうぞ」
「マリーお姉様……」
ドアの隙間から病弱の一個下の弟である第七皇子が顔を覗かせた。
「あら、アル。どうしたの?」
「一人が寂しくて……」
「美味しいクッキー用意させるから、こっちにおいで」
私は机の上にある鈴をとって、チリンと鳴らす。
「失礼いたします。どうされましたか? お嬢様」
「リヌ! 美味しいクッキーを大至急!」
「承知しました。ただいまお持ちいたします」
「ほら、アルもいつまでも立ってないで横に座って、座って」
可愛い一個下の弟を手招きさせて横に座らせる。アルを見るとまた身体に不調があったので頭を撫でながら、神様からもらった水の加護で治す。
すると見る見る元気になって、アルは椅子から降りて飛び跳ね元気アピールをした。
「やっぱりそうだ! 僕はマリーお姉様と一緒にいると元気になる! なんでだろう?」
「ふふふ。なんででしょうね」
「マリーお姉様だから!」
か、可愛い! 目に入れても痛くないってのはこのことね!
私は弟のアルに近づいて頭をギュッと抱きしめる。その時に水の加護を更に強くして今後、一切病気にならないようにした。
ゲームでは病弱の後輩キャラだったが気にするもんか! 今は私の可愛い弟なんだぞ!
本来なら病弱で読書好きの線の細かった彼だったが……なぜかこの世界では精強な第一騎士団に入り、筋骨隆々になるのはこのことがきっかけではない、多分。
◆◇◆
はい、みなさん。おはこんばんわ!
私も六歳になってついに弟分ができましたよ!
今日は最近仲良くなった騎士団長でクラヴィエ侯爵のご子息の一人、スティード君を紹介しましょう!
ファンタジー世界の定番カラフル色ではなく黒髪のつっやつや! お目目もくりっくりで常に潤んでいて見上げる動作がとてつもなく可愛いらしい!
弟のアルと同い年で私のことをお姉ちゃんと呼んで、いつもスカートの裾を引っ張ってついてくるの。
くぅ……か、かわいい! かわいいはやっぱり正義ね!
でもこんな子、ゲームにいたかしら?
まぁ、考えてもしょうがない! 今日もスティード君を連れて宮殿周りの警備に行きますか!
スティード・クラヴィエの独白。
僕には第六皇女様のお姉ちゃんがいる。
初めて会ったのは第二皇子パトリック様の十歳を記念した誕生日パーティー。
僕がお父さんとお母さん、お兄ちゃんと参加したとき、知らない人がたくさんいて、怖かった僕はお兄ちゃんの背中に隠れていた。
お父さんとお兄ちゃんが色んな人と挨拶しているときにお姉ちゃんを見つけたんだ!
僕より一個上の年齢なのに僕みたいに怖がらず、大きな人たちと挨拶してた。
お姉ちゃんは僕がお母さんに買ってもらったご本に出てくる、小さな女神様のようで髪の毛は黄金みたいにキラキラしていて、すごかった!
僕の視線に気づいたお姉ちゃんは近づいてきて挨拶をしてくれたんだけど、僕はどうすればいいかわからず隠れちゃって、お兄ちゃんにちょっと小突かれた……。
それでお姉ちゃんは僕を見て何かを考えると、僕の腕を掴んで外に連れて行ってくれたんだ。
外は少し寒かったけど夜空にはたくさんのお星様がキラキラ輝いていて、お姉ちゃんがもっと女神様に見えたんだ!
パーティーが終わった後、僕はお兄ちゃんにせがんで宮殿に連れて行ってもらった。お姉ちゃんに会いに行けば、お姉ちゃんは苦笑しながらもずっと僕と遊んでくれた! その時に「お姉ちゃんって呼んでもいい?」って言ったら「いいよ」って言ってくれたんだ!
でも……他の人に知られたら怒られちゃうらしいから、心の中と二人の時はお姉ちゃんって呼んでる!
ただ最近、なぜかお姉ちゃんと宮殿を散策するときには僕の方を見て「行きますわよ! 舎弟一号!」って言っていたんだけど、舎弟ってどういう意味だろう? お父さんやお母さんに聞こうと思ったけど、もし僕が皇女様をお姉ちゃんって呼んでることが知られちゃうから、聞いてない。
お兄ちゃんにこっそり聞いてみたら、お姉ちゃんのことを「は、はくしきな皇女様だよ」って言っていたし、きっと特別な意味に違いない! しかも一号ってことは僕がお姉ちゃんの一番ってことだから、これは僕とお姉ちゃんの秘密だ!
だから僕が大きくなったら、もっと勉強して強くなってお姉ちゃんを守る!
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