第二十七話:恋の予感!?

 お気に入りのソファーでぐーたらしていると外から大きな遠吠えが聞こえてきた。


「ワオォォーン!」


 うん? ジェルかしら?


 私はソファーから立ち上がり窓の外を見ると、ジェルが尻尾をふりふりしながら何かを咥えていた。

 その横にはジャックがいて、なぜかしきりにジェルの腹を触っている。


 木の棒で遊んでるのかな?


 私は窓から顔を出す。


「ジャックー! 夜中よ! 遊ぶなら静かにしなさい!」


 私が叫ぶとジャックがなぜかギョッとしながらこちらを見て、顔をポリポリかいた。


「あ、あぁ。わかった、静かに遊ぶよ」


 なんでそんなヘンテコな顔してるのよ……。


 むしろ私が呆れ顔になりそうだった。

 とりあえず嫌がらせで窓をガンッ! と強く閉じる。




 ◆◇




 その晩の食事時。


「最近、夜中犬遊びに夢中の人がいますね」


 私はジェレミーの真似をして密告をした。


 ぐふふ、ジャックめ! 怒られてしまえ!


「犬……ですか」


 なぜかパパンより早く第二皇妃のニノン様が私を見てつぶやき、第一皇妃のヴィオレット様がガタンッと動いた。


「はい」


 もちろん私のスーパーアイはニノン様のつぶやき声が聞こえていたから、ニコニコして返事をするとニノン様もニコニコを私に返した。


 ……な、なんか気まずいんですけど。


 私とニノン様がニコニコバトルに陥っていると。


「ほっほ。犬に噛まれないよう気をつけるんじゃぞぉ」


 パパンがいつも通りよくわからないことを言ったので、私はニノン様から視線を外してご飯を食べる。


「ワンちゃんですか?」


 アミラお姉様がパッと顔を上げて私を見てきた。


 ちくちょうめ! アミラお姉様はいつも可愛いな!


「えぇ、そうなんですよアミラお姉様。夜に犬と遊ぶのはいいですが、ちょっと騒々しくて……」


 私の言葉を聞いてアミラお姉様はちょっと困ったように眉を下げた。


「そうね。夜はあまりよろしくないわね」


 なぜかヴィオレット様がまた肩を少し上げた気がしたけど、気のせいかな?


 第三皇妃のヴァネッサ様とママンは耳打ちで何かを言い合ってくすくす笑っていた。


「犬……犬か。俺が訓練して騎士犬にしてやろう!」


 セドリックお兄様がよくわからないことを言って胸を叩くと、横にいたパトリックお兄様が頭を抱えていた。


「どうしたの? ジャック」


 いつもはご飯をかきこむジャックが神妙な顔をしてゆっくり食べていて、ジェレミーはめんどくさそうな顔をしていた。


「ん? あぁ、なんでもないよ」

「そう? 体には気をつけなさい」


 私がジャックの体を心配したら、アルフレッドからギリギリと歯軋りが聞こえてくる。私は頭を抑えたくなるの我慢してアルフレッドの高い肩を叩いて、落ち着かせる。


「申し訳ありませぬッッ」


 アルがそう言うとその場で腕立て伏せを始めた。


 う、うん。元気がいいのはよろしい!




 もう少し弟の変わりようを気にしたらどうですか?




 ◆◇◆



 第五皇子ジェレミー・ド・パロメスの独白



 ご飯を終え、部屋で今期末の試験に励んでいると、扉を小さくコンコンと叩かれる。


 この時間帯に侍女が来ることに嫌な予感を感じつつ入室を許可すると、第二皇妃ニノン様の専属侍女が入ってきた。


 チッ……めんどうなやつが来たな。


 そんなことを表に出さず俺はニコニコと笑顔を貼り付けた。


「夜分、申し訳ありません。ジェレミー様」

「とんでもありません。こんな遅くどうされましたか?」

「ニノン様から少しお話がある……と」


 たまらず舌打ちしたいのを我慢し俺は急ぎ椅子を立った。


「承知しました。直ちに向かいます」

「ご面倒をおかけいたします」


 侍女に道を先導してもらい、ニノン様がいらっしゃる部屋まで案内してもらう。



 部屋付近にいくと、何人もの屈強な獣人騎士が徘徊しながら警戒をしていた。俺と視線があうたびに鋭い視線を飛ばしてきながら敬礼をしてくる。


 それらに辟易しながらようやく部屋に到着すると、侍女がニノン様の扉をノックした。

 中から声が聞こえてくると侍女がドアを開けて俺を見てくる。


「どうぞ、ジェレミー様」


 侍女は入る様子もなく、軽く会釈をしてから入室。


 入ってすぐ目につくのはおびただしい数の剣や盾、装飾品。威圧目的のためか、それとも戦利品なのか、所狭しと置かれている。


 チッ、悪趣味な部屋だな。


 そんなことを考え、中央に視線を向ければ、魔獣の骨と皮で作られた椅子に肘をつけている女がいた。


 いつものニコニコした表情はなく、ゾッとするほど凍てつく冷たい顔。デュカス家の寵児、デュカスの麗しき雫、パルメス帝国第二皇妃ニノン・ド・パロメス。


 ニノン様は何も映していないだろう瞳をこちらに向け、小さく口を動かす。


「聞いたでしょ?」


 小さく呟いたはずの言葉は驚くほど耳にすんなり入ってきた。


「何が、でしょうか?」

「食事の時よ」

「……マリーのですか」


 さすが兄であるパトリックの実母。本性は瓜二つ、無機質で簡潔な会話にやりづらさを感じる。


 一瞬、もしアルフレッドのことがよぎったが……い、いや、やめておこう。

 あんな巨体がこんな喋り方をし始めたらストレスで死にそうだ。


「犬」


 それだけ言ってこちらを見てくるニノン様。俺が目を細めて見返せば、ニノン様は一瞬めんどくさそうな顔を浮かべ口を動かす。


「ジャックと一緒になんとかしなさい。目障りよ」

「承知しました」


 了承の意を示せば、手のひらをこちらに向け、何度もひらひらして出ていけと仕草をしてくる。


 俺もこれ以上ここにいたらボロが出てきそうだった。すぐに一礼をして部屋から出る。


「チッ……女狐が」


 部屋から出て呟けば扉を閉じていた侍女がギロッと睨んできた。フンッとその侍女に鼻息を立てれな向こうは目を逸らして消えていく。


「何人も獣人を配下に入れてるなら自分でやりゃ、いいってのに」


 髪を一度かきあげて道を戻る。

 俺はそのまま自室に戻らず、双子の兄がいるジャックの部屋へ向かった。





 俺がノックせずにいきなり入ると、ジャックは気づいているのか気づいていないのか、机に足を乗せながら指の爪とぎをしていた。


「おい」

「ん? ジェレミーか、いきなり入って来んなよ」


 俺の言葉に返事をしながら、足を机から下ろしてこちらに顔を向ける。


「ごたくはいい、要件はわかってんだろ?」

「何がだよ? いきなり入ってきて頭おかしいんじゃないのか?」


 ジャックは嫌そうな顔を隠そうとせず言ってきた。その態度に俺は思わず眉間に力が入る。


「この昼行灯が……」

「猫被りの腹黒に言われたくねぇよ」


 ジャックがすぐに言い返してきた。


「チッ。お前も猫被りのくせに」


 毒を吐いたが、ジャックはまたのほほんとした雰囲気で爪を研ぎ始める。


「話を戻すが、お前の犬を何匹か貸せ」

「犬ぅ? ふざけてんのか?」

「いちいち話を蒸し返すな」

「お前が言うな」

「それで、貸すのか? 貸さないのかどっちだ? ジャック」


 ジャックは爪とぎを机の上に置くと、こちらをねっとりした視線で見てくる。


「どれぐらいだ?」

「十匹」


 俺がそう返すと、ジャックはめんどくさそうな表情で懐から鈴を取り出し、チリンと鳴らした。


 部屋に重苦しい圧がかかると、ジャックの影からヌルリと黒装束に纏った偉丈夫が出てくる。


「どうされましたか」

「ご苦労さん。愚弟がお前達を借りたいということでな」

「承知」


 それだけの簡単なやりとりで一人の偉丈夫が消えたかと思えば、部屋中に黒い影が何人も這い出てきた。


「これでいいか?」

「あぁ」

「本当めんどうごとだけ、増やしやがって……」

「俺に言うな、ジャック。大方、マリー関係だろ」

「わぁってるよ」


 ジャックは椅子の背もたれに倒れて右手で顔を覆った。


「ガキの頃にジェルのことで助けてもらったからな……手伝うさ」

「……そうだな」


 ジャックが一瞬しんみりした雰囲気を出したが、すぐにそれをかき消し肉親の仇のように天井を睨みつけた。

 俺は要件も終わり無視して背を向けて部屋から出ようとした瞬間。


「マリーの邪魔するなら……それが家族だろうと、兄弟だろうが……」


 背後からジャックの狂気を孕んだ声が響いた。






 翌日。

 午前の部の授業を終わらせ、キャーキャーやかましい女たちを引き連れて廊下を歩いていると。


 トンッと誰かと肩がぶつかった。

 その子は思った以上に、か弱かったのか尻餅をつく。


「申し訳ありません。大丈夫ですか?」


 俺はニッコリと笑顔を貼り付けて手のひらを差し伸べたが、俺は固まる。

 なぜならその子の額にはマリー様親衛隊特別隊員という訳のわからないハチマキをしていたからだ。


「す、すみません! 私、マリー様親衛隊特別隊員のアリーヌ・ルネルです!」


 聞いてもいないのにその子は片腕を腰に当てながら、もう片手でハチマキを指差して自己紹介をした。


「むぅ!?」


 俺が固まっていると見覚えのあるやつがもう一人登場した。


「不穏な気配を感じて、マリー様舎弟一号兼親衛隊特別隊員。参上!!」


 スティードが現れた。

 もはや俺の理解能力が処理しきれなくなってくる。


「むむむ!?」


 今度はマリー様親衛隊会員一号とハチマキをつけた女の子が現れた。


「「た、隊長!?」」


 二人は大袈裟に驚くと揉み手をしながら隊長らしき女の子の肩を揉んだり、靴を磨き始める。


「ふふーん! ハッ! こ、これはジェレミー様!」


 ドヤ顔をしたかと思えばその子はすぐに俺に気づいてパッとスカートの裾を摘んで礼をした。


「私、マリー様の親衛隊会員一号の隊長サンドリーヌ・ロヨネです!」

「あ、あぁ。そうか、いつもマリーと仲良くしてくれてありがとう」


 頬をピクピクさせながら、とりあえずサンドリーヌという子に手を握られ上下にぶんぶんされた。

 少しして、三人が鼻をスンスンさせると。


「「「マリー様!!」」」


 と言って走り去った。


 俺が手を出したまま固まっていると、取り巻きの一人の女の子が髪の毛を振りまきながら怒る。


「なんなのよ! あの子たち! ジェレミー様に!」

「き、気にしないで、大丈夫だよ」


 俺はどうにか笑顔を戻してその子をどうにか落ち着かせようとした。

 ……なぜなら向かい側から殺気を振りまきながらアルフレッドがこちらに歩いてきていたからだ。


 かなり遠くにいたはずなのにアルには聞こえていたようで、軽いジャンプだけで俺の近くまですっ飛んでくる。


「貴様ッッ。今なんと言ったッッ!!」


 地獄耳かよ……。


 アルフレッドの声で周りのガラスがバリバリ割れていく。


 取り巻きの女の子は最近留学してきたばかりで、アルフレッドの噂を知らなかったようでプルプル震える。その光景にどこか違和感を覚えたが、ただ単に気が強いんだろうと頭を小さく横に振った。


「なんですか! こちらはパロメス帝国の第五皇子ジェレミー様よ!」


 こんな筋肉だるまに言い返す勇気があるこの子に俺は感心を覚える。


「笑止ッッ。それがどうしたッッ」


 アルフレッドは獰猛な笑みになりながらなぜか俺を見る。


「アル、悪かったよ。怒るな」

「ジェレミー兄上がそう言うのであればッッ」


 いつのまにか言い返した女の子が、他の子に首に手を回されて気絶させられていた。


「ふんッッ。小童にしては生がいいッッ、今度それを借りてもッッ?」

「い、いや、この子は一応他国の子でね」

「至極残念ッッ。ジェレミー兄上ッッ。我は用事があるのでこれにてッッ」

「あ、あぁ。お疲れ、アル」

「お疲れ様ですッッ、失礼ッッ」


 アルフレッドは大胸筋をピクピクさせながら廊下の中央を歩いていった。

 俺は少し眉間を揉んで取り巻きと一緒に気絶させられた女の子を医務室に連れていく。




「あれ? なんで私」

「大丈夫かい?」

「ジェレミー様! どうして?」

「あぁ、さっき気絶しちゃったみたいだからね」


 わざわざ本当のことを言うのも面倒になった俺は適当に言い繕った。


「他の子たちは……?」

「授業の時間だからね。念の為、僕だけ残ったんだ。体は大丈夫かい?」

「はい! ありがとうございます!」


 さっきのように威勢がいいかと思えばもじもじ俺を見てくる。


 チッ。こいつも他の女の同じタイプか……。

 無視して授業いけばよかったな。


 他の取り巻きと同じような反応で俺はどんどんその子に興味を失っていく。


「そういえば君はどこの出身なんだい?」

「私! ヴェルネ公国出身です!」


 ヴェ、ヴェルネ公国か……。


 俺は思わず頬がぴくっと動いた。


 だ、第四皇妃マリヴォンヌ様の国じゃないか。

 放置しなくてよかったな……あの人、家臣には滅法優しくて粗相したら何されるかわかりゃしないからな。


「そうなんだね。それなら妹のマリーはもち……」

「知っています! 寵愛の子マリー様!」

「そ、そうだね」


 俺がいい終わる前に被せてきて、まるで狂信者のように目をぐるぐる回して言ってきた。

 俺がそれに引いているとその子はグッと顔を近づけてくる。


「ジェレミー様がマリー様のお兄様と聞いて近づいたんですよ! あっ! 特にジェレミー様に興味とかないので他の子と遊んでいただいても大丈夫ですよ!」


 面と向かってそんなことを言われて、俺はなぜか無性にイラッとした。


「へぇ……君の名前は?」

「リファールです! ヴェルネ公国男爵家のエマニュエル・リファールです!」

「そう。エマっていうのか、素敵な名前だね」


 俺が気障ったらしく笑顔を見せても、その子は毛ほどにも効果がないのか俺の手を掴んでぶんぶん上下に振る。

 その手は貴族の子らしくなくゴツゴツしていた。


「ありがとうございます! よろしくお願いします!」



 久方ぶりに家族以外で面白い子だなと思った。

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