第二十三話:帝国公爵家と王国伯爵家

「俺たちは最強の」

「「「アングル騎士!」」」

「我らはただただ戦う」

「「「騎士なり!」」」


 公爵家に近くにつれ、どこかで聞いたような叫び声が聞こえてきた。その声にアルが眉尻を九十度あげる。


 アルはつんざくほど大きな声で叫んだ。


「我ら最強のッッ」

「「「覇王マリー様の下僕なり!」」」


 それを聞いて騎士と魔物たちが狂ったように咆えた。


「最強はッッ」

「「「我ら覇王マリー様の下僕のみ!」」」


 アングル公爵家と私たちの混成騎士団のうるさいハーモニーの中、私たちはなぜか国境線に到着した。


 い、意味がわからないわ。


 私が頭を抱えていると、すぐに理由が判明した。

 アングル公爵家当主の家が国境線ギリギリに建てられてあったからだ……。


 頭痛が痛くなるというわけがわからない言葉を考えながら、筋骨隆々の大男が自分を召使いだと言い張る人に連れられ、十階建ての長い階段を登っていた。


 窓の外からはチラッチラッと例の王国伯爵家の紋章がある大きな建物があるのは……な、なんでかしらね?


「忌々しいですね……まるで自分達の方が上だと思って……」


 召使いは五十キロはあるだろうダンベルを持っていた。


 頭痛が激痛をした。

 もうまともな思考をしたくなかった、というか頭が爆発しそうだった。


 大きな金属扉にダンベルをはめる召使いを死んだ目でみる私。

 開かれるとこれまた筋骨隆々で緑色の髪をしたマッチョマンが私を何人も束にするほど分厚いバーベルで筋トレしていた。


「初めまして寵愛の子にして魔を統べる鮮血の精霊姫、第六皇女マリー様」


 精霊? いや、じゃなくてなんでまだ筋トレしてるのよ。


「おや? 知らないようですね」


 何がよ。


 マリーは気づいていなかったが、怪訝な表情からついつい秘技、目を細める! を使っていた。


「第二皇子パトリック様からの噂ですよ。マリー様があの妖精すら仕えさせている……と」


 あの陰気……何してんのよ!

 精霊姫は主人公がもらう呼び名なのに! 魔王と対峙した時どうすればいいと言うのよ!


「ふっ、さすが耳が早いですね。シモン・アングル公爵」


 放心した私の代わりにウィルが髪をかき上げながら言った。


「ほう? お主が魔物たちを統率している魔人のウィルとやらか?」


 シモンさんの言葉にウィルはただニヤリと笑い返し、落ちているダンベルを握りつぶす。


「面白いやつだな。俺に向けてそんな態度を取るとは……。まぁいい、それで第六皇女のマリー様はどうしてこちらに?」


 どうして? どうしてって! 決まってるでしょ!


「いざこざを止めにです」



 婚約者探しじゃなかったんですか?

 そんなことを聞きたくなるが、マリーの頭は三歩進むと忘れるので温かい目で見ましょう。



「……無理ですな」


 無駄に間があったわね。

 何か小難しい事件の臭いがぷんぷんするわ!


「どうしてかしら?」


 ふっふっふ、名探偵マリーにお任せしなさい!

 ちょちょいのちょいで解決よ!



 物理的にですね、わかります。



「向こうがやめるまでは」


 やめる? ちっ、しょうがないわね。秘技! 目を強く細める!


「数百年前までは私たちアングル公爵家と忌々しいが王国のノーマン伯爵家とは仲が良かったんですよ」


 秘技の秘技、片眉を上げる!


「ですが、ある日どちらの召使いが言ったか知りませんが……『あちらの貴族様の家はとても煌びやかですね』と言ったそうです」


 どういうことよ?


「それを言った家の召使いを抱えている当主が偶然、それを聞きましてね。すぐに改築したんですよ、それこそもっと大きく」


 う、うん?


「次はもう片方の召使いが『すごい!』と大はしゃぎになり、改築した方の当主は見せつけるようにパーティーなどを始めて……どちらも譲らずどんどん改築していき、殴り合いに発展していきました」


 シモンさんは窓からバーベルをお向かいさんの伯爵家にぶん投げると、吐き捨てるように言った。


「それが今日まで続く闘争の日々です」


 こ、この両家はこんなことで数百年間も血みどろの戦いをしてたの?

 というかいきなり何してんのよ。


「ぶち殺すぞ、オラァァ!」


 バーベルが飛んで戻ってくるや否や、伯爵家当主らしい見た目の……筋骨隆々のイケおじが怒声を浴びせてくる。


「やってみろや! ボンクラァァ」


 シモンさんもすかさず罵声を返して、バーベルやらダンベルやらが飛び交う光景が目の前で繰り広げられていた。

 私は口から脳みそ飛び出そうになった。そしてこんな設定を考えたゲーム製作陣を殴りたかった。



 説明しよう!

 この設定はとある社員がギリギリの納期で適当に作ったことだ! 文句ならギリギリの納期まで遊び惚けていたその社員に言いましょう!

 以上!



 目眩がしてきた私の元にアルの大声が聞こえてきた。


 今度はなによ……。


「我ら精鋭無比の帝国第一騎士団なりッッ!」

「おいおい! 笑い種だな!」


 なにやらアルと壮年の男性と口論をしていた。私は目の前の怒声や罵声を頭からシャットアウトして彼らの話に意識を向ける。


「ボンボンが二人もいる第一騎士団が強いって? 面白いのは図体だけにしな、坊主!」

「貴様ッッ、我を侮辱するまでなら……セドリック兄上までもッッ」


 や、やばい!


 私が内心アワアワしているとアルは怒りを通り越したのか無になって、その男性の胸ぐらを掴んでいた。

 私は十階の窓から飛び降り、音も立てず着地して髪の毛をファサッと靡かせる。


 背後でもスタッと音がしたのでみるとウィルがニヤリッと笑って髪の毛をかき上げていた。


 二人とも無駄に顔が良いので、様になっていた。


「「「おおぉ……」」」


 私たちの混成騎士団は誇らしげに、アングル公爵お抱えの騎士団はなぜか困惑しながら声をあげた。


 ふっ、私の素晴らしさに驚いたのかしら?


 多分でもないですけど、十階から飛び降りたからじゃないですか? というか第一騎士団はもっと驚いてください。あなたたちのお姫様、十階から飛び降りてるんですよ?


 現れた私にアルはニタァッっと悪鬼のような顔で嗤って男性を離す。


「我らッッ」

「「「覇王、女神マリー様の下僕なり!」」」

「精鋭無比のッッ」

「「「覇王、女神マリー様の下僕なり!」」」


 オーホッホッホ! もっと歓声をあげなさい!



 ここまで行軍してきた時の歓声には頭を抱えていたっていうのに……本当、変わり身が早いですね。



 私が歓声に良い気分になっていると、さっきまでシモンさんとやり合っていた白髪のイケオジが伯爵の屋敷から出てきた。


「ふん。寵愛の子にして魔を統べる鮮血の精霊姫そして、自称覇王マリーの登場か?」


 ま、またなんか増えてる。というか自称って何よ! 私が好きで呼ばせてるわけじゃないわよ!


「貴様ァァッッ!」


 す、すぐに激情するのやめてちょうだい、アル……。


「大丈夫よ、アル」


 アルに手をやって落ち着かせるが、ギリギリと歯軋りの音が聞こえてくる。


「王国のノーマン伯爵家と私たち帝国のアングル公爵家の因縁は先ほど知りました。どうか矛を下げていただけませんか? 私たちは戦うつもりはありません」

「戦うつもりはありませんだって? そちらが煽ってきているのにか? なぁ、お前もそう思わないか?」

「仰る通りです。ノーマン様」


 筋骨隆々の執事が強く頷いた。


「どうしても……ですか?」

「ふん。しつこいぞ、寵愛の子にして魔を統べる鮮血の精霊姫そして、自称覇王マリー」


 頬がピクピクするのを我慢して、私はため息をした。


「はぁ……わかりました。でしたら一度、全員で戦って決着つけませんか?」

「ほう。言うじゃないか、寵愛の子にして魔を統べる鮮血の精霊姫そして、自称覇王マリー」


 やめて! それやめて! 一々言うのやめて!


「明日、この場で集まりましょう」

「ふん、良いだろう。明日、また会おう、寵愛の子にして魔を統べる鮮血の精霊姫そして、自称覇王マリー」

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