第七話:王の風格

 十三歳のある日。

 のほほんと部屋で寛いでいてたら、身の丈二メートルは超えているだろう精悍な顔立ちのオーガがやってきてサッと私に跪く。


 な、何ですか?


「我ラノ王ノ中の王ヨ。ゴ命令アレバ、他ノ氏族モスグニくだシテ見セマショウ」


 ウィルに話を聞くと、知らぬ間にウィルが周辺一体の魔物を腕っ節で配下にしてたらしい。


 ど、どういうことよ?!


 動揺しながら私がウィルを見ると、力強く頷いていた。


 このバカ!

 頷くんじゃなくて断る方法を教えなさい!


「好きにしなさい」


 くぅ……と、とりあえず先送りよ! 勝手にやってなさい!


 オーガが部屋から去っていくと、入れ替わりに舎弟一号……じゃなくスティード君が入ってきた。


「マリーお姉ちゃん!」

「あらあら、どうしたの?」

「魔の森に行きませんか!?」


 さすが騎士団長の息子、女の子をピクニック気分で危険な森に連れて行こうとする。


「うーん。お父様が許可したらね」

「大丈夫です! 僕のお父さんもいれば絶対、承諾してくれます! ふんふん!」


 はぁ、癒されるわぁ……。


 スティード君の頭をなでなでしてからお父様に会いにいった。




「お父様ぁぁ!」

「むぅ。しかしなぁ……」

「うぅ、お父様ぁ……」

「し、しかし」

「お父様!」

「も、もうしょうがないのぉ……。クラヴィエ!」


 どこかで見たようなやりとりをしてから皇帝陛下は、好好爺の顔から一変して騎士団長の名を叫んだ。


「ハッ!」

「マリーに傷、ひとつでも……わかっておるか?」

「もちろんです!」

「フンッ。んもぅ、マリー本当にくれぐれも気をつけるんじゃぞぉ」


 威厳ある顔から、またデレデレしてマリーに言う皇帝陛下。



 いくらなんでも臣下の前で顔が変わりすぎじゃありませんか?



「ありがとうございます! お父様、大好き!」


 パパンにぎゅっと抱きついた私は自室に戻ってウィルに支度するように言った。


 いつもならアルもついてくるって言ってたのに、本当最近どうしたのかしら?


 ただ……アルの部屋を通る時にフンフン! っと素振りしているような音が聞こえてきたがするけど、気のせいね!


 だってアルは本が大好きな可愛い弟だもの!




 ◆◇◆




 うーん。

 何もないし、誰もいない……どうして?


「何もありませんね」

「そうですね、マリー様」


 騎士団長は苦笑いしながらマリーの傍で、周囲を威嚇しているオーガたちを見る。


 どう見てもこいつらが元凶です。


「安全ですし、もう少し奥まで行きましょう!」

「はい。ただし、危険な場合はすぐにでも戻りますからね?」

「もちろんよ!」


 ニパッと笑うマリー。



 この笑顔、絶対わかっていない。



 ピクニック気分で進んでいると魔物の集団を見つける。


 あら? なんか傷ついた魔物たちがいるわね。


「マリー様、申し訳ございません。縄張り争いで喧嘩をしていた魔物たちがいたようで」


 ウィルがすかさず私に状況を教えてくれた。


 い、痛々しい……。

 どうみても喧嘩のレベル超えてない? すっごい血まみれなんですけど。


 私は頬をピクピクさせながら魔物に近づき、水の加護で治していく。


「王! アリガトウ、ゴザイ、マス」

「いいえ。あなたたちも私たち帝国の民。当然のことをしたまでですよ」

「オ、王……」


 本来魔物は痛み以外で泣くことはないはずなのに、魔物たちは胸に湧いた何かによってザメザメと地面にシミを作っていく。


 見ていて痛々しいからね! どんどん治療していきますよ!

 ほら次の患者カモン!


 どんどん魔物を治していく姿に魔物たちはよりいっそう、マリーを神がごとく敬うようになっていった。


「あら? ここはどこかしら?」

「魔の森、深淵部です」


 し、深淵部、めっちゃ危ない場所よね?

 なんでこの騎士団長さんは止めなかったのよ……。


 騎士団長に私が少し引きながら周りを見ると「ギャアギャア」と魔物たちの声が賑やかだった。


「マリー様、この周辺はまだ……」

「わかっています」


 ウィルが畏まって私に言った。


 むしろ、ここまで安全に通れた方がびっくりよ……。


 ちょっと警戒しながら抜き足差し足で歩いていると。


「ウォォォーン!」


 大きな遠吠えと共に、上空から身の丈二メートル近い人狼が降ってきた。


「マリー様!」


 ウィルが私の前に立ち、騎士団も殺気立つ。


 で、でかっ。


「大丈夫ですわ」

「マリー様!」


 ふっ、この子も従えどんどん数を増やして魔王なんてボロ雑巾にしてやる。


 私は今までこっそり鍛えていた雷をバチバチと身体から放出する。

 音を置き去りにして私は人狼に近づき……。


 ハグした!

 必殺! 洗脳……じゃなかった慈愛の抱擁!


 魔物は雷の痛みから逃げようと暴れるが私は抱擁を強める。


「わかっているわ。あなたは悪い人狼じゃない。ただ住処を欲しているだけなんですよね?」


 いいえ、違いますが。

 そんな声が人狼の表情から聞こえてきそうだった。が、マリーは次に水の加護で魔物の体だけではなく頭の中まで綺麗にすると……なんと! 人狼の澱んでいた目が澄んだ目になっていくではありませんか!


「か、み……」


 澄んだ瞳になった人狼は両膝を折りたたんでマリーを拝む。


 ふっ、私にかかればちょちょいのちょいよ。


「こ、これが……寵愛の子。襲ってきた魔物にすら慈愛を!」


 後方で騎士たちがザワザワする。


「さすがです! マリーお姉ちゃん!」


 舎弟一号のスティードはもうお姉ちゃん呼びを隠すことすらやめた。

 その時、父の騎士団長が般若の顔になったのはスティードは気づいていない。

 哀れスティード、さらばスティード。


「さすがマリー様!」


 それを見てウィルやオーガたち一向も人狼の真似をしてマリーを拝み始めた。


 ふははは! もっと私を敬え!


 マリーはいい気分になって、そのまま一週間ほど魔物の被害に遭っていると言う近隣諸国へ行き、魔物たちに洗脳じゃなく慈愛の抱擁をしていく。





 数ヶ月後、帝国だけじゃなく近隣諸国の魔物が帝国の森に住み始めた。


「王ヨ! 我ラノ王ヨ! 魔ノ中ノ魔ノ王ヨ!」

「我らが神よ! 慈愛の魔神よ!」


 私はピクニックついでに治療しただけなのに! どうしてこうなったぁぁ!


 ジェレミーがいたら、すかさず言うだろう「ざまぁみろ」と。

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