『コインランドリー』
「友達から聞いた話なんだけどね」
大学生の頃の話だそうだ。
部屋の洗濯機が壊れてしまって、コインランドリーを利用しなければならなくなったらしい。
友達の当時の部屋の近くには、コインランドリーが二つあった。
一つは家から歩いてすぐの場所にある、本当に営業してるかも怪しい古い店。
もう片方は、二十分ほど歩くが、入口も自動ドアの新しい店だ。
友達は少し迷って、まずは古い方の店に向かうことにしたそうだ。
使い勝手が悪そうなら、新しい方へ行けばいい、と思って。
辿り着いた古びた店内では、四台の乾燥機と二台の洗濯機が、それぞれ左側と右側に並んでいた。
室内の中央にこれまた古いベンチが置かれている。
正面の奥には、レトロというのも烏滸がましいような作りの、柔軟剤の販売機が取り付けてあった。
どうも薄暗いと思ったら、蛍光灯は二本の内の一本が抜けていた。
全体的に陰気に見えるのはそのせいだろう。
ただ、張り紙を見るに管理はされているようだし、使う分には問題はなさそうだった。
洗濯機を回して、待っている間に目的もなく携帯を弄っていたそうだ。
十分ほどが経った頃。
友達はふと、背後で鳴き声を聞いた気がした。
猫の鳴き声である。
それも、尋常ではない響きのものだ。
最初は、何処かで喧嘩している猫でもいるのかと思ったらしい。
それから何度か聞こえて、響き方からして、店内にいるものだと分かったそうだ。
古すぎて何処かに穴でも開いていて、迷い込んだのかもしれない。
変な嵌り方をして、苦しんでいるのだろう。流石に無視するのも心苦しい。
そう思って、店内を確かめようと振り返った友達は、すぐに異変に気づいたそうだ。
蓋の閉まった乾燥機の中に、猫──のようなものが詰まっている。
友達はそれを、おそらく猫だろう、と判断した。
鳴き声が猫だったから。それ以外に判断材料は無かった。
それらは、一匹二匹の話ではなかった。
十何匹という無数の猫が、乾燥機の丸いガラスに顔を押し付けている。
生身の存在だとは思わなかったそうだ。
一目見て、生きていないと分かる顔をしていたのだという。
折り重なるようにして、乾燥機の中に猫が収まっている。異様な光景だった。
ただ、それらは存在以外に何を主張するでもなかったらしい。
洗濯機の音に引かれて目を離した隙に、綺麗さっぱり見えなくなっていたそうだ。
友達は、洗い終えた衣類を持って、逃げるように店舗を出た。
以降は、多少遠くとも新しい方のコインランドリーを利用したらしい。
洗濯機も無事に直って、半年ほど経った頃。
その近辺で、野良猫を捕まえて殺していた男が逮捕されたそうだ。
記事を見た時、友達は乾燥機の中にいた猫たちを思い出したらしい。
それ以来、友人は緊急時でも、あまりコインランドリーは使う気になれないのだという。
「────怖かった?」
「うん、まあ。犬の時より不気味かも」
何故だろう。なんとなくだが、猫が死ぬ話の方が、犬が死ぬ話より怖い気がする。
犬は忠実なイメージがあるが、猫は気まぐれで欲に素直に見えるからだろうか。
化け猫はよく聞くけれど、化け犬と言われてもピンと来ないのも関係しているのかもしれない。
猫の方が怨念を抱きそうなイメージがあるというか。
まあ、なんにせよ、生き物を虐げるために殺す人間が出てくる時点で十二分に怖いのだが。
隣人の話は全くの架空だけれども、実際にそういう類の人間は存在する訳だし。
生きている人間の方がよほど怖い、とはよく言う。
この辺りにはそういう変な人が住んでいないといいんだが、などと思いつつ、ぼんやりと茜空を眺める。
隣人はまだ部屋に戻るつもりはないようで、手遊びのように黒く爛れた指を揺らしていた。
「タカヒロは猫派?」
「いやあー……どうかな……」
「じゃあ犬派?」
「うーん……強いて言うならパンダ派とかかもしれんな」
「ぱんだ」
犬にも猫にも強い愛着を抱いたことはない。
ただ、見た目でどちらかを選べと言われたなら、俺はおそらく犬を選ぶと思うし、もしも家で飼うことを想定するのなら、別にどちらも選びたくはなかった。
犬猫に限らず、あらゆる生き物に対してがそうだ。
何処かの立派に管理されたところで、健康に暮らしてそうな生き物がいい。
そっちの方がより気軽に、安心して好きだと言える気がした。
そういう意味でなら、動物園にいる生き物は大抵が好きだ。虎とか。ゴリラとか。熊とか。カバとか。
思い浮かべていたら、なんだかちょっと見たくなってきたな。
せっかく自由な時間があるんだし、今度行ってみてもいいかもしれない。
近場の動物園を調べつつ、隣人に問いを投げ返す。
「お前は?」
「ウシ」
「はあ、なんでまた」
「おいしいから」
「…………………」
食べる方の話はしてなくないか?
それとも、俺が勝手に勘違いをしていただけで、食べる方の話をされていたのだろうか。
いかん。パンダ派のままだと、絶滅危惧種を食ったことになってしまう。
いや別に、ただの雑談なのだから、何がどう判断されようと構わないのだが。
『食べる』つもりで話したのだと思われるのは、なんだか居心地が悪かった。
「味の話だったら、俺だって豚とかがいいよ」
「ブタかあ」
「生姜焼きとかさ、美味いじゃん」
「食べたことない」
「あー、まあそうだよな」
「今度ちょうだい」
食べたことがある、と言われた方が驚きである。
気に留めることもなく聞き流した俺は、直後なんとも軽い調子で響いた声に、ゆっくりと仕切り板へと目をやった。
「ちょうだい」
隣人の姿は、すっかり板の向こうに隠れてしまっている。
例え異形の存在であっても、手の端やらの仕草が見えるだけでも結構予測が立つものなのだが。
なんと答えようか。
迷いかけたが、迷っていると悟られるのも嫌だったので、俺は無理やり間を埋めるように言葉を紡いだ。
「じゃあ、今度買ってきてやるよ、生姜焼き弁当」
「弁当! お米もついてくる、おいしいね」
「多分、肉の下にパスタもついてると思うぜ」
「パスタ……? なんで……?」
「うーん、かさを増してんじゃねえかな……」
あるいは箸休めだとか? そういえば気にして食ったことねえな。
何やらガチ目の困惑をしている隣人の声を聞きながら、なんとなく気になったので調べてみる。
正しい見解が何やら載っている訳ではなかったが、知恵袋にいくつか記載があった。
それによると上の具材の油を吸わせるためで、使いやすさからキャベツの代わりにパスタになったらしい。
あとはやっぱり、かさ増しもあるようだ。なるほどな。便利だな、知恵袋。
受け売りでそのまま教えてやると、隣人は何やら感心した様子だった。
パスタも食べたことはないそうなので、楽しみにしているそうだ。
いつでもいいからね、と言い残して、去っていった。
まあ、またグミを買うのと同じタイミングででも買っていってやろう。
少なくとも、手作りにしろ、と強要はされなかった訳だし。
「…………………」
ところで、あいつは箸を使えるのだろうか。
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