◇██県██市██ █−█−█ △△△教 本部
『珠璃奈さんは本来、そのような苦労をするべき星の下にはいない方なんですよ。美しく才覚に優れているのに、些細なきっかけで運命が捻じ曲がり、指針となる魂の核が汚されてしまわれただけなんです』
███様がそう言ってくれたとき、私はようやく報われる気がした。
その通りだ。私はしなくてもいい筈の苦労をし続けている。
私には他の人にはない特別な才能があるのに。
価値を理解しない凡人たちが私を押し潰したせいで、必要もないのに辛く苦しい目に遭っているのだ。
私は幼い頃から、飛び抜けて可愛い女の子だった。
クラスに同じレベルの子なんていなかったし、それこそ名前の可愛さくらいしか比べられるものはなかった。
○○ちゃんも××ちゃんも、名前負けしてて可哀想だった。みんな、もっと普通の名前にしてもらうか、私みたいに可愛いければ、変にからかわれることも無かったのに。
本当に、心底哀れに思っていたけれど、私は馬鹿じゃないから、そんなこと態度には出さなかった。
いつだって良い子で居たし、小学校でも中学でも高校でも、誰とでも仲良くした。
表立って悪口なんて一言だって言わなかったし、みんな『珠理奈ちゃんって本当にいい子だよね』と褒めてくれた。
いい子ぶってるなんて言われたけど、そもそも表に悪感情を出す方が間違っている。
少なくとも私は、裏でも表でも、誰にも悪口なんて聞かせなかった。
どうやら、可愛くない子は悪口で結託しないと友達も作れないらしい。
なんて大変なんだろう。ずっとそうやって暮らしていくのかな、と思ったらなんだか可哀想だった。
私みたいに可愛ければみんなの方から友達になりたがるし、何かあっても許してくれる。
そうそう、何もせずに待ってるだけでスカウトだって来た。だって可愛いから。
東京に行けば、私というとびきりに可愛い子がいることを、沢山の人に伝えられるのだ。
そしたらきっと、お母さんだって喜んでくれる。
お姉ちゃんを見習いなさい、とか、訳の分からないことも言わなくなる。
でも、私がスカウトされたことを知ったお母さんは、名刺を破って捨ててしまった。
意味が分からなかった。私の長所は、誰が見たってこの容姿なんだから、それを役立てる仕事に就くのが当然なのに。
『ああいう華やかな世界では、可愛いなんて当然のことなのよ。もっと他にアピールできる長所がないといけないの。珠璃奈は普通に就職をして、しっかりした人と結婚した方が幸せになれるよ』
お母さんは知ったような口ぶりで、当たり障りない、諦めさせるためだけの言葉を吐いた。
私の価値なんて何一つ理解していない、記号的な助言でしかなかった。
嫉妬してるんだ、とすぐに察した。
私がお母さんじゃなく、伯母さんに似て可愛く育ったから。
お母さんはいつもそうだった。
自分に似ているお姉ちゃんばっかり構って、私のことなんて後回しにしていた。
そのくせ何かあるとすぐに怒った。帰りが遅いだの、変なところに遊びに行ってないかだの、あの子と付き合うのはやめなさいだの。
私はちゃんと良い子でやってるのに。お姉ちゃんと違って、学校でも人気者なのに。
みんな私と仲良くなりたがって、何もかも許してくれて、その上、ようやく私の才能を見出してくれる人が現れたのに。
それでもまだ、勉強くらいしか取り柄のないお姉ちゃんの方が大事なんだ。
私が、お母さんの嫌いな伯母さんに似てるから。
全部が全部くだらなく思えて、私は写真を撮っておいた名刺の連絡先に電話して、すぐに東京に向かった。
事務所の人は私にすごく期待してるから、交通費も何も全部出してくれるって言ってくれた。
レッスン代だとか研修費だとか、そういうものも特別に半額にしてくれるって。
デビューして人の目に留まれば絶対に売れる、と断言してくれた。お母さんに聞かせてやりたかったくらいだ。
でも、たった一人の褒め言葉を自慢するより、テレビで活躍する私を見た時に後悔して欲しかったから、結局連絡は全部断つことにした。
お姉ちゃんよりも私の方が優れてるに決まっている。
お姉ちゃんは陰気で何考えてるか分からなくて、お世辞にも可愛いなんて言えない。ニキビだらけだし、太ってて姿勢だって悪い。
私の方がお母さんにとってよほど自慢になる娘なのに。
お姉ちゃんの方が劣っていて可哀想だから優しくしてあげるのは分かるけど、私を蔑ろにするのは間違ってる。
なんでお姉ちゃんのことなんか見習わなきゃならないんだろう。
私にはこんなにも素晴らしい才能があるのに。
辛いこともあったけれど、夢の為だと思うと頑張れた。
デビューさえすれば、みんなすぐに私の価値に気づいて、あっという間に人気になれる。
私の成功は約束されている。
その筈だった。
おかしくなり始めたのは、所属していた会社が倒産してからだった。
潰れた後の行き先も面倒見てくれるって言ってたのに、気づいた時には連絡も取れなくなっていた。
困っていたら、当時仲良くしてくれていた業界の人が助けてくれた。私が特別だから、特別に仕事を紹介してくれたのだ。
ちょっとお話しするだけでお金が貰えた。みんな私のことを可愛いって言ってくれて、夢の応援もしてくれて。良い人ばっかりだった。
その中の社長さんが、私と結婚したいって言ってくれた。
結婚を前提にお付き合いして、でも私には立派な夢があるからそれを叶えるまでは陰ながらサポートするって言ってくれて。
やっぱり私が可愛くて特別だから、困った時には必ず助けてもらえるんだと思った。
いつまで経っても女優にもアイドルにもモデルにもなれなかったけど、それでも一番可愛いのは私だった。
だってみんながそう言ってる。テレビで見る女優なんかより私の方がよっぽど可愛いって。
お金を払ってまで言ってるんだから、それって本当のことでしょう?
夢のことはもう良いかな、って気分になったから、結婚することにした。
なんか周りのみんなも結婚がどうとか言い出して、SNSに写真とか上げてたし。私だけしてないのも負けてるみたいで嫌だったし。
社長夫人になるんだから、とびきり豪華な式にしてもらおう。私は海外がいいけど、友達が来やすいように国内にしてあげないといけないよね。
そう思って話をしたのに、彼はなんだか変なことを言い出した。
遊び相手がいるのなんて知ってたし、その子達は私より可愛くないんだから、そのくらい許してあげるって言ったのに。
君だって分かってた筈だよね?と言われて、ちょっと考えることにした。どうやら、結婚するには何かもう一押しが足りないんだ、と思って。
何が足りないのか考えたら、すぐに分かった。子供が居ればいいのだ。
子供が出来たら、産まれた子を見て愛情を確認できたら、流石に真剣に考えてくれるだろう。
私が産む子なんだから、きっと世界で二番目に可愛いに決まっている。
全てがきっと夢みたいに上手くいくと思った。
私は可愛い子供と素敵な旦那さんと一緒に、華やかで幸せな暮らしをするのだ。
お洒落で美人な奥さんとして噂になったりなんかして、きっと子供にとっても自慢のお母さんになる。
でも駄目だった。
全部が駄目になった。
生まれた子供が可愛くなかったからだ。
面倒臭いし、うるさいし。汚いし。
そもそも女の子じゃないし。
なんでこんなの可愛がれるんだろう。心底不思議だった。
だってもっと、天使みたいだとかなんだとか、言ってるじゃない。
この子、もしかして他の赤ちゃんに比べて出来が悪いのかな?
やだなあ、あんなに辛い思いして産んだのに。
面倒臭いからお姉ちゃんにでも世話させようと思って、仕方なく実家に帰ることにした。
お姉ちゃんは結婚なんて一生出来ないだろうし、子供を産むこともないだろう。子育て出来ないなんて可哀想だし。
そう思って戻ってあげたのに、お母さんはやっぱりお姉ちゃんばっかり庇っていた。
何年も苦労してきた私のことなんて丸っ切り考えてくれなくて、お姉ちゃんは資格も取って立派な職についてるのに、だとか、ちゃんとした人と結婚してるのに、だとか、お姉ちゃんを見習いなさい、だとか。
お姉ちゃんに見習うべきところなんてない。体型だって酷いし、顔面にはニキビの跡が残ってるし、マシになったのは喋り方くらいだった。
たまたま、お母さんが昔目指してた資格を取れた、ってだけで馬鹿みたいに褒めて。
私は興味がないからそんなの取らなかっただけなのに。
私が離れている間に、お姉ちゃんはすっかりお母さんの洗脳に成功したみたいだった。
やっぱり、家を出るべきじゃなかったのだ。
お父さんは空気だし、お姉ちゃんが変に言いくるめて私の悪口とか吹き込んでいたに違いない。
お姉ちゃんみたいな人は、他人の悪口くらいしか話すことないもんね。
だったらもう、話しても無駄だな、と思った。
その時に、邪魔な子供も置いていけばよかったのかもしれない。
そしたら少なくともこんな面倒なことにはならなくて、もっと自由に生きられて、今度こそ本気を出して夢を叶えることも出来ていたかもしれない。
でも、お姉ちゃんの言葉を聞いたらそんなこと出来なかった。
あの女、私には赤ん坊の面倒なんて見れないなんて言いやがって。
お前なんかまだ産んだこともないくせに。
私みたいに大変な思いもしたことがないくせに。
どうせお前と旦那の間に生まれる子供なんて不細工に決まってるでしょ。可哀想に。
母子家庭なんて苦労するに決まっていたけど、不名誉なニュースで私の名前が載るなんて絶対に嫌だったから、きちんと育てた。
私はいい子だからちゃんとお母さんをやったし、間違ったことなんて一つもしなかった。
やっぱり他の子に比べて出来が悪いみたいで、最初は躾けても碌に言うことが聞けなかったけど、いつからか大分大人しくなった。
高校生の時だったかな。
将来はちゃんとお母さんの役に立つような人間になりたい、って言ってくれたの。
それを聞いた時、私はようやく何のために×××××を産んだのか理解できた。
私が子供のために苦労した分、これからは子供が私を助けてくれるのだ。
嫌なことは全部子供がやってくれて、私はこれからようやく報われるのだ。
そう思っていたのに、あの親不孝者は逃げ出した。
私がどれだけ大変な思いをして、辛い目に遭ってきたのか、あの子なら理解していると思ったのに。
私が望んだ時には必ず助けてくれなきゃならないのに、必要な時に必要なお金すら用意できなかった。
私はちゃんとお母さんをやっていたのに、あの子はちゃんと私の子供をしていない。
酷い裏切りにショックで何も考えられなくなっていた時、私は△△△教と出会った。
███様には苦しんでいる人を察知する能力があって、救いの手を差し伸べてくれるそうだ。
実際、███様は裏切り者のあの子を見つけ出してくれた。
あの子もちゃんと話し合ったらようやく分かってくれたようだったし、私のために貯めていたお金も渡してくれた。
この先も███様を信じていれば、私は必ず幸せになれるのだそうだ。
例えば、私の子供にはもっといい使い道があって、その方法を実行すれば、今からだって夢を叶えることが出来るらしい。
別にもう、女優やモデルやアイドルじゃなくたっていい。とにかく有名になりたかった。それで、成功した私を
だから、そのためにも×××××が必要なのに。
どういう訳か、今度は███様の力を持ってしても、あの子を見つけ出すことは出来なかった。
早く幸せにならないといけないのに。私があの女よりもずっとずっと幸せで、満ち足りてるんだって見せつけてやらないといけないのに。
お母さんの洗脳も解いてあげないといけないのに。本当に価値のある娘なのは私なんだって、分からせてあげないといけないのに。
あのこは私を幸せにするために生まれてきた筈なのに。
悩んでいる私のために、███様は、別の方法を提案してくれた。ちょっと大変な方法だけれど、と言われたけど、構わなかった。
夢のためなんだから、苦労なんてどうとも思わなかった。
「────あ。いけません、手を引きましょう」
真っ暗な室内で、聞き覚えのある声が響いた。
███様の声だ。
あとは、なんだか喧しい。
バタバタと、使いの方々が走り回る音がしている。
「他の方はまだ待合室に残っていますか?」
「いえ」
「それはよかった」
何がよかったのかも分からない。
夢の中に居るみたいに、何もかもがぼんやりとしていた。
そういえば、さっきまで夢を見ていたんだっけ。
どうだったんだっけ。
何をしてたんだっけ。
「今日はもう誰も入れないでください」
「承知致しました」
なんだかとても眠くて微睡んでいる内に、また幾人かの足音がする。
扉を閉めるような音が遠くで聞こえた。
「先生。その……片付けはどのように?」
「ああ、もうこれは駄目なんですよ。ちょうどいいので、向こうに任せてしまいましょう」
真っ暗で何も見えない中に、声だけが響いている。
眠くて、重くて、手足が上手く動かせない。
「なにがだめなんですか……?」
状況が分からなくて問いかけると、室内の物音がぴたりと止んだ。
しん、と静まり返った室内で、誰かが呟く。
「まだ生きてるんだ」
まだ? 誰が? 何が?
衣擦れの音だけが短く響いて、それから███様の声がした。
「大丈夫、大丈夫です。落ち着いてください。もうね、ここまでだとね、任せちゃった方が楽ですからね。此方には来ませんから、安心してくださいね。ああもう、いけませんね、どうも年々欲が張ってしまって……」
ははは、と穏やかな笑い声が響いて、付き合うように何人かの笑い声が聞こえる。
よく分からなかったけれど、何か困ったことが起きたのだろう。
でも別に、心配することはない。
私には███様がついているから、これから間違いなく幸福になれることは決まりきっているのだ。
私はこれから夢を叶えて、
有名になって、
お母さんにも褒めてもらって、
あんな女は家から追い出して、
それで、
いつまでも幸
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