第17話 剣聖の孫1
スマホを耳に当てながら、彼女は本社内の廊下を歩いていた。
「うん。ありがとう、お爺様のお陰で自分が何をしたいのかちゃんと決まったよ。いや、結婚とかじゃないから。相手の予定もない……よ。必ずお礼するから、それまで死なずに待ってて。本当にありがとう」
そう言って、通話終了の文字を押す。
そのままスマホを懐にしまい込む。
同時に彼女は目的の部屋の前に辿り着いた。
社長室。
そう書かれた部屋の扉をノックする。
「清水です」
そう言うと、中から声が聞こえた。
「どうぞ」
言葉に従い、ドアノブを回して彼女は入室した。
中に入ると、5人の人間が室内で座っていた。
一番奥、社長室の主が座る椅子に一人。
手前の3人掛けのソファに2人づつ、男女が座っていた。
隠そうともしない魔力の奔流を清水青子は受ける。
しかし、その立ち振る舞いが崩れる事は無く、威風堂々と彼女は彼等の間を抜け社長の目の前に立つ。
先に口を開いたのは、一番奥に座っていた男だった。
名を
日本有数の探索者派遣会社、樋口コーポレーションの社長である。
「お前を呼び出した理由は分かるな」
「はい」
短く言うと、樋口は溜息を吐く。
その様子を見て、後ろに居た男女がクスリと笑った。
「落ち零れが、今更俺たちのチームに再加入ってか?」
男が立ち上がる。
この1名はこの会社に所属する最高ランクの探索者。
そして、最高ランクの探索チームのメンバーである。
男はそのリーダーを務めていた。
青子も元はそのチームに所属していた過去を持つ。
しかし、それを脱退、いや1人だけSランク認定されず、追い出される様にチームを抜けた。
「清水さんよ。Sランクになったんだってな。おめでとう。けど、俺等はSランクとしてこの4カ月の実戦で戦ってきた。その俺たちと同じ場所で戦えるのか? Sってのは最高ランクだ、それ以上は計測されねぇ」
男は長ったらしく言葉を続ける。
「お前と俺たち、ランクが一緒だからって同じ実力だなんて思ってねぇだろうな。悪いがお前が戻って来る場所は、もうねぇよ」
快楽的な笑みを浮かべ、男はしてやったりとそう吐き捨てる。
しかし、青子は微動だにする事無くその視線はずっと社長に向いていた。
その様に眉をピクリと動かしながら、男は青子の肩に手を伸ばす。
しかし、その手は空を切る。
青子が横に避け、振り返ったからだ。
「樋口社長、まだ言って無かったんですか?」
背中を向け、青子はそう言った。
視線の先はSランク探索者にして、Sランク探索チームリーダー、
「裕也、清水君はお前のチームに戻りに来た訳じゃない」
「なんだと?」
樋口は机の引き出しを開け、そこから退職願と書かれた用紙を取り出した。
「悪いけど、私はこの会社を辞める事にしたから」
元々、青子は灰村に変わってチームの指揮を執っていた。
それがSランクに昇格できなかった事を切っ掛けに、灰村にリーダーを譲る形になった。
何より、青子は灰村よりも3つ年上だ。
「あぁ、そう言う事か。だから、俺たちにどうやっても勝てねぇから、逃げるって事かよ」
馬鹿にするような笑みを浮かべ、灰村は青子にそう言った。
「裕也、いい加減にしろ」
樋口がそう言うと、追従する様に他の者達が口を開いた。
「そうよ。最後なんだから青子先輩に恥かかせない様にしてあげなさい」
真面目そうな黒髪ロングの女性探索者が、叱る様にそう言った。
「裕也、青子殿はよくやった。諦める事も時には必要だ」
笑みを絶やさぬ僧侶の様な男が、淡々とそう言う。
「お世話になりましたー」
金髪の女性が、爪をデコレーションされた爪を弄りながら適当にそう言った。
「お前達、もう喋るな」
「ッチ、分かったよ」
樋口の言葉に従い、裕也は席に戻る。
他の3名も、それ以降何かを青子に言う事は無かった。
「清水君、一応何故退社するのか聞いておこう」
「この会社の仕事は自分の信条に有って居ないと分かりました」
「音楽性の方向の違いって奴ですかー?」
「ルナ!」
馬鹿にする様子を隠そうともせず、金髪の女性探索者が煽る。
それを見かねて樋口が彼女の名前を強く呼ぶ。
ただ青子は気にした様子もなく、樋口に答え続ける。
「会社を辞めた後は、自分で新しい居場所を作ろうかと考えてます」
「起業すると言う事かな?」
「恐らくはそうなるかと」
「そうか……」
「はっ、結局逃げるだけじゃねぇか」
樋口はそう言った裕也を睨む。
青子はこの部屋に入った時から疑問に思っていた事があった。
「何故、彼等がここに居るんですか? 私と彼等が顔を合わせれば、こうなる事は予想できたと思いますが」
「あぁ清水君、僕は卑怯な男だ。実際、腐りきった部署を君に泥を被せる形で再構築し面倒を押し付けた。そんな、君という有能な人間を手放したく無いんだ」
「最低ですね」
心底軽蔑した表情で、清水青子はそう言った。
彼の言う『有能』という言葉には、力量への期待は含まれない。
それは、より良い案山子としての効果への期待。
サンドバックとか、嫌われ者とか、そう言う意味だ。
その物言いに青子は嫌悪感しか抱かなかった。
それは、社長としての怠慢だとしか思えなかった。
「だがきっと、僕の提案に君は乗る」
「提案?」
「探索者として、後ろの4人の誰か1人に勝てれば君の退社を認める。しかし、もしも敗北した場合は向こう5年の勤務を約束してもらう」
樋口風見という人物は人を見る目に長けている。
それはイコールで人心の掌握能力だ。
それがあるからこそ、ここまで自我の強いSランク探索者を制御できている。
そして樋口は知っている。
清水青子という人間の祖父が、剣聖と呼ばれた探索者である事。
青子が、その祖父に厳しく育てられた生粋の武人である事を。
故に、樋口は返答に確信を持っていた。
「分かりました」
彼女は、この勝負を下りない。
「裕也、来なさい」
「命令すんじゃねぇ。もうあんたはリーダーじゃねぇんだからな」
清水がそう言って部屋の外へ向かう。
その方向は地下。
勝手知ったる本社の地下には、Aランク以上の探索者チーム限定の訓練場が存在する。
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