第11話 雨


「今日は雨ですか……」


 窓の外を見てみると、台風でも来たのかと言うほどにどしゃ降りだった。

 こんな日でも仕事が続く。


 探索者、なんて普通の人より頑丈な人間がこの程度の事で仕事を休める訳もない。


 けれど、私も心ある人間だ。

 こんな日は少し憂鬱にもなる。

 昨日は思いもよらぬ良いハプニングがったから、逆にこう何もないと静かで寂しい。


「なんて……。はぁ、仕事しなきゃ」


 今日のノルマは3件のダンジョン攻略。

 それと、点検は2つ。後は備品の整理もしないと。

 従業員、欲しいな。

 けど、こんなブラック支部に務めてくれる人なんていない。

 それにこんな場所にいるのは私くらいでいいとも思う。


 いつになったら最前線に戻れる事やら……


 私の勤める会社には、4人のSランク探索者がいる。

 私は彼等とチームメイトだった。

 けれど、私だけがAランクで成長を止めた。

 私は落ち零れだ。


 どんどんどんどん!


 事務所の扉が叩かれる。

 ビクりと体が震えるが、急いで私は扉を開ける。


「どうしたんですか……っ?」


 そこにはびしょ濡れの横島治宮さんが立っていた。


「アルスが居なくなりました?」


 焦っているのが見て取れる。

 あれだ、何度も見た絶体絶命の魔物の様に無駄な行動を繰り返す。

 そんな感じ。


「居なくなった?」


「……はい」


 恐らくSランク探索者を超越する戦力。

 それを持った邪神が消えた。

 私と彼だけが知る、人類存亡の危機かもしれない。


 そんな考えと同時に、アルスちゃんの顔を思い出す。

 あの子が、そんな事をしないと今なら確信を持って言える。


 けれど、あの子は不安定だ。


 横島治宮、彼の隣にいてこそ世界の安全は保障されていた。

 それが無くなった今、解き放たれた邪神なんて想像もしたくない。


「取り合えず中へどうぞ」


 横島さんを座らせ、タオルを用意する。


「ありがとうございます」


 少しだけ落ち着きを取り戻した横島さんに、コーヒーを注いだマグカップを渡す。

 そして問いかけた。


「何か、心当たりは無いんですか?」


「あぁ、いや行先はすぐわかったんです」


「え? そうなんです?」


「あいつが家の壁中に貼りまくった魚シールを剝がしたら、裏に住所と日付が書いてありました」


「日付……ですか」


「えぇ」


「取り合えず、住所はどちらに?」


「富士山の山頂です」


 ……富士山。


「そこって住所あるんですか?」


「いえ、厳密にはその近くにある神社ですね。富士山本宮浅間大社だったかな」


 その住所をアルスちゃんが書き記した、と言う事は……!


「分かりました! アルスちゃんはそこに行ったのでは!?」


 さながら探偵の様に横島さんを指さして、私はそう言った。


「あ、そうです。なんで問い合わせてみたんですけどそれっぽい人は居ないって。金髪幼女とか目立つと思うんですけどね……」


「あ……そうですよね」


「多分、日時が関係してるんでしょう。その日時にその場所に来いって事だと思います」


 どうやら私の浅い考えよりも、横島さんはよっぽど色々考えてここまで来たらしい。


「行くんですか?」


「はい。なので、ダンジョンと家の管理をお任せしてもいいですかね?」


「ちょっと待って下さい。一人で行くんですか? 私はそんなに頼りになりませんか!?」


「寧ろ、嫌がられると思ってたんですけど……」


「そんな訳ないです! 私だって心配に決まってます」


「多分、アルスは自分の意志で出て行った。でも、書置きなんて残すんだからそれは、アルス自身の願いって訳じゃないと思います」


「誰か、アルスちゃんに強制していると?」


「はい。だから俺1人で行っても、意味がないかもしれない。情けない、所詮俺は探索者でも何でもない一般人だ。お願いしてもいいんですか?」


 弱っている。

 私が見ても明らかに分かるほど、彼は衰弱していた。

 私は知っている。

 アルスちゃんと一緒に暮らしていた昨日までのこの人を。


 アルスちゃんが横島さんに懐いているのは明らかだった。

 けれど、どうやら横島さん自身もアルスちゃんを、それこそ娘の様に思っていたのだろう。


 だとしたら。

 私は、そんな2人を引き離した誰かを到底許せない。


「お願いします」


 横島さんは二回り以上離れる私に、深々と頭を下げる。


「アルスが勝てない相手に清水さんが勝てるとも思えない。これは自殺教唆です。断っても貴方は何を気負う事もないです」


 私は剣道場の長女として生まれた。

 幼い頃から剣術を叩き込まれ、そんな毎日が嫌で実家を飛び出した。

 けれど、仕事は見つからず適性があった探索者になる。


 実家から飛び出したのに、今も、祖父から受け継いだ剣術で私はご飯を食べている。


 情けない人間だ。

 何がA級探索者か。

 何が最前線に戻るだ。


 お金が欲しいと思う事は無い。

 人の役に立ちたいなんて殊勝な志も持っていない。

 毎日、やって来る仕事を片付ける日々を送っている。


 目的も、目標も、目論見もない。

 私はただ生きていた。


 けれど、その人生に意味を持たせたいと願っている。

 無意味と悟りながら、30年穴を掘り続けた彼を尊敬する。

 そんな強さを私も手に入れたい。


「それでもお願いします。俺をアルスの元まで護衛して欲しい」


 この人は強い。

 己の目的を理解し、それを成す努力を欠かさない。

 私の様な小娘に誠心誠意頭を下げられる強さを持った人間だ。


 探索者になって、肉体的に強くなって、それでも何か足りない物があるのではないかと常々私の頭の片隅に疑問が残っていた。


「顔をお上げください」

 

 あぁ、結局私は逃げた事を後悔していたのだろう。


 答えはすぐ近くに有った。


「私を頼って頂いてありがとうございます。しかし、そのご依頼はお受けできません」


「そうですか……」


「私は、私として、探索者ではなく清水青子という個人でアルスちゃんを助けに行きたい。だって、アルスちゃんは私の友達ですから」


「っ、ありがとうございます!」


 それはきっと雨ではない。

 それはきっと涙なのだろう。


 私は横島さんの方に掛かるタオルを持って、彼の顔を拭いた。


「まだ、拭き切れてませんでしたよ」


「すいません……」





 この会社、辞めよ。

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