第2話 邪神復活


 剣は抜けなかった。

 当然というか杭が6つも鎖で繋がっているのだ。

 それを抜かない限りは剣も抜けそうにない。


 そう思い、今度は杭を外す。

 こちらもかなり力は必要だったが、頑張れば引っこ抜ける程度の物だった。


 ヴイン!


 そんな音と共に剣が緑に光った。


「なんだ?」


 待ってみるが、変化はない。


 そこから更に杭を抜く、合計3本抜いた辺りで光の色が変わった。

 黄色だ。

 残り1本、剣が赤く光る。


「青、黄、赤。信号か?」


 呟いてみるがそれに近しい物である気がする。

 基本的に緑や青は安全な物のイメージがある。

 逆に黄色や赤は危険を知らせるメッセージによく使われる印象。


 要するに、杭を抜くな。

 そう言う事なんだろう。


 だが、俺はやっとこの場所を見つけた。

 嫌でも期待してしまう。

 ここまで来て、何の成果も無く帰宅するなんてあり得ない。


 そんな、捨てた筈の探索意欲が湧いてくるのが分かった。


「抜くぞ。俺は抜く」


 例え、ここで死んだとしても、生い先短い命だ。

 ギャンブルをする言い訳はこれくらいでいいか?


 自分に問いかけ答えを出す。


 俺は、杭を抜いた。


 ガタガタガタ!


 剣が震える。

 まるで生きているかのように暴れている。

 俺が抜かずとも、剣は勝手に台座から離れそうだ。

 だがしかし、俺は剣に手を掛ける。


「蛇が出ても邪が出ても、俺は俺の選択に後悔はない」


 勢いよく、剣を引き抜いた。


『良く分かったな。正解だ』


 声と共に、辺りに紫の霧が充満する。

 これが毒ガスならば、俺に生存の余地はない。

 ならば、できる事は座して待つ事だけ。


『我は邪神アルス・モア・フリーデン』


 そう言いながら、その存在の形が露わになっていく。

 紫の霧はガスでも無ければ、霧ですらない。

 それは、その存在の肉体そのものだった。

 霧が集まり、巨体を形成する。


 純白の頭蓋。

 黄金のティアラ。

 漆黒のローブ。

 紅い宝玉の杖。

 肉の無い手足、胴体。


「ギガントスケルトン……?」


 そう形容するのが正しい姿。


『バカなのか! そんな訳なかろう! てか自己紹介したであろうが!』


「え?」


『もうよい。耐えられん』


 そう言うと、そのスケルトン(邪神)は姿を変えていく。

 霧化し小さくまとまって、一つの生命を形成していく。

 その姿は……


「我が名は邪神アルス・モア・フリーデン。我が封印を解いた功績を称え、お前を私の物にしてやろう!」


 ドヤ顔の金髪幼女が立って居た。

 腰に左手を添え、右の指先で俺を指し示す。

 顔はウィンクで笑みを浮かべている。


「お断りします」


 時間を返して欲しい。

 やっとこさ見つけた空間が、こんなコントみたいな物のための場所だったとは。


 俺はピッケルを担ぎ、俺が掘った穴と対象になる位置へ向かっていく。


「な、ななな、何をしておるか!?」


「穴を掘るんだ。まだ人生終わってないから」


「や、やめるのだ! もうこの先には何もない!」


「そうか……でも、自分で確かめるまでは分からない」


「私を見つけ出したのだ! それだけでは不十分か? この邪神を、神の一角を見つけ出したのだ。人の身でその偉業、称賛に値する。我が其方の頭を撫でてやる。我が其方を抱きしめてやる。それでは不満か?」


 悲しそうにそう言う少女を見て、何と言うか気が抜けた。

 少し休むか。


「家、来るか? 行くとこ無いんだろ?」


「うむ、もてなすがよい」


「おーけー。粗茶しかないけどもてなすよ」



 ダンジョンから俺の家までは数分だ。

 しかし、俺が掘った穴は既に数キロメートルに及ぶ。

 最近じゃ月に1度か2度ある休みの時しか、トンネルを掘れなかったからな。

 それを歩くのは少々骨が折れる。


「ここまで長く道を作ったのか。人の身で、たった一人で、私のために……」


「アルスだっけ? お前の為じゃない。俺自身の為だ」


「我を敬称も付けずに呼ぶなど不敬な……。しかし、許そう。これはそれほどの功績に値する」


 褒められて、悪い気はしなかった。

 だから、俺は彼女を家に入れる。

 幼女が家に居るというのは、何と言うか社会的信用という意味で不安だ。

 しかし、行く先の無い幼女一人を放り出す訳にもいかない。


 それに見た目は人間でも、紛いなりにもダンジョン生物なのだ。

 目を離して何かされても困る。


「ほう。中々良い家では無いか」


 家族4人は普通に暮らせるサイズの家だ。

 家賃は高かったが、ダンジョンの購入しか考えて居なかった俺はここに即決した。

 二階建ての和風建築。

 使っていない部屋も幾つかある。

 掃除は偶に人を雇ってやって貰っている。


「ほら、お茶だ」


 リビングに案内すると、アルスは足をぶらつかせて寛ぎ始めた。


「何だこれは! くるくる回って風を吹いている!」


「扇風機だ」


「こっちは! 熱い!」


「それはやかん。って火傷してないか?」


「この程度の熱量で我を傷つける事など不可能よ」


 そう言いながら茶を啜る姿は、どう見ても子供のそれだ。


「あちっ」


 猫舌の邪神らしい。


「それで、お前これからどうするんだ?」


「先に、其方を名を聞こう。私を救った其方は何と申す?」


「横島治宮、前時代的な名前で悪いな」


「ならばジクウ、私はここで其方と共に暮らすぞ。長い封印だった、今更世界を混沌で染めようなどと考えてはおらぬ。だから平穏無事に面白おかしく暮らせればそれでよい」


「いや無理だから」


「ジクウは私に出ていけと言うのか?」


 涙を目尻に溜め、上目遣いでアルスはそう言う。


「ジクウ、私の事が嫌いか?」


「ちょ、ちょっと待て」


「なに?」


「俺はおっさんだ。こんな俺と二人暮らしなんて、寧ろ嫌じゃないのか?」


「全く? 見た目など些細な問題だ。それに歳なら私の方が数億倍上だぞ?」


 邪神規模すげぇ。

 ってか、そう言う問題か?

 今の俺って傍から見たら殆ど誘拐犯だろ。


「何も心配するな。邪神の名に懸けて、あらゆる障害は私が破壊してやろう。破壊神も死神も昔ボコったから友達だ」


 ヤンキーじゃねぇか。

 後死神が必要になるような問題はねぇ。


「ジクウ、私は決めている」


「何を?」


「其方は必ず私が支配する。それだけは決定された事なのだ」


 人権侵害が過ぎる。

 幼女怖い。


「それとも何か? ジクウ貴様、女でもいるのか?」


 そう言うと、晴天だった空が一気に曇り雨が降り始める。


「もしそうなら……」


 バリバリバリ!!


 俺の家の庭、ダンジョンの目の前に雷が直撃した。


「いや、よく考えればそれでも構わないな」


 雨が一瞬で止み、空が晴れた。


「所詮100年もせずに死ぬ生物だ。だがジクウ其方は何が有っても死なせぬぞ。一生、いいや仮に死んだとしても、其方は私の物だ」


 目が怪しく光る。

 その様は幼女でありながら、確かに神と名乗るだけのプレッシャーを放っていた。

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