第3話 A級探索者
邪神アルス・モア・フリーデンが俺の家に住み始め、一週間の月日が経った。
「ふははははは! 我に踏みつぶされるが良いわ!」
彼女は、俺が昔やっていた横スクロールアクションゲームに熱中していた。
「それじゃあ会社行ってくるから」
「おう! 今日はいつ帰るのだ?」
「うーん、11時か12時くらいかな。もしかしたら泊まりになるかも」
「ふむ、昨日も朝帰って来たでは無いか。それで2時間程寝て直ぐに出かけていた。まさか女ではあるまいな?」
「はは、そんな時間無いな。行ってくる」
「殆どゾンビの様な顔であるな」
言い得て妙だ。
今日は土曜日。
6連勤の最終日だ。
まぁ、明日も仕事が入る可能性はゼロでは無いが。
「そんなに仕事と言う物は楽しい物なのか?」
「え?」
「ゾンビの様な顔になるほど、それこそ死んでしまいそうなほどに楽しいから、毎日毎日飽きもせずに通っているのだろう?」
楽しい?
いや真逆だ。
地獄の様な場所だよあそこは。
「なんだ違うのか? では何故、そんな場所に態々出向く? 貴重な時間を消費する?」
「そりゃ仕事ってのは金を稼ぐための場所だから……」
「金か。我を討伐する為にやって来た勇者の殆どが、金など腐るほど持っていたが態々死地に訪れた。その者らはいつも決まって同じ事を言う。人々の平和、笑顔、安全の為なのだと。仕事とは、そういう物なのではないのか?」
それは仕事とは少し違う。
使命とか義務とか命題とか、そんな物だ。
俺は社会の歯車として、消費されるのが似合いの人材。
特別な才能もスキルも、努力しようという気概もない人間。
そんな勇者やなんだの、英雄様と同じに扱われたって困ってしまう。
「でも確かに、そう在れたら幸せなんだろうなとは思うよ」
でも、そういうのは若者の特権な気がする。
「ジクウが掘った穴の先に、私のダンジョンがある。その最奥に行けば、財宝など腐るほどあるのだがな。人間が攻略するには難易度が高すぎるか」
「あっ、仕事辞めるわ!」
未発見のダンジョン。
しかも、邪神が作った高難易度ダンジョンなんて。
俺が求めていた億万長者への道とはそう言う物だ。
ダンジョン内に見つかった新たなダンジョン、どれだけの価値になるかは分からないが、少なくともこれ以上働かずに済む程度の資産にはなるだろう。
俺はその日、会社を無断欠席し、穴を掘り続けた。
「てか、なんでこの先には何にもないとか言ったんだよ?」
「言えば掘り続けただろう? あの時のジクウの目は異常であったぞ」
まぁ、確かにあの時の俺のネガティブは相当な物だった気がする。
そう言えば、最近はダンジョンで穴を掘る度にあんな気分になってたっけ。
精神的にも結構限界だったのかもな。
アルスの言う通り掘ってみると、直ぐに迷宮の入り口が現れた。
巨大な門だ。
禍々しい装飾が施されている。
「元々はこの最奥で暮らしていたのだが、光の神に入り口で封印されてしまってな。封印の場所を移動させる事もできんから埋め立てたのだろう」
「魔物も出るのか?」
「あぁ、神話級の最強種ばかりぞ!」
そりゃ、俺が挑戦しても殺されるのがオチだな。
「まぁ、我なら攻略するのは容易い事だがな」
「いや、それはいいや」
隠しダンジョンがあるとなれば、ここを購入した時の数十倍の値段が着いてもおかしくない。
態々危険を冒す必要は無いだろう。
「何だ行かぬのか。なら私はドラゴンハンターに戻るかな」
名作RPGじゃないか。
あれは面白い。とくに3が最高だ。
◆
次の日。
会社からの鬼電を無視し、俺はダンジョンの管理を手伝って貰っている探索者を呼んだ。
「どうしました? 今月の確認は済んでると思いますが」
やって来たのは黒髪を後ろでまとめた二十代前半程の女性探索者だった。
個人でダンジョンを所有している場合、月に一度、ダンジョンで異常が発生していないか調査する義務が発生する。
自分で調べられない場合は、外注する形で探索者を雇うのだ。
しかし、いつものメンバーと違うな。
確か、30代くらいのDランク冒険者4人くらいがいつものメンバーだったんだが。
「あぁ、いつもここに来ている探索者でしたら、私の権限で解雇しました」
「え?」
「勤務態度が悪く、業績報告に不備が見られました。それに探索者としての練度もそれほど高くない」
まぁ、確かにあんまりガラは良くなかったけど。
「あ、これ私の探索者証明です。ご確認を」
手渡された保険証の様なカードは俺が持っている物と殆ど同じだった。
それは、その人物が探索者である事を国が認めた証明書。
これなくして探索者は名乗れず、ダンジョンへの立ち入りの一切が許可されない。
しかし、そこに書かれていた内容は驚くべきことだった。
「
探索者はその実績によって、SからFまでの7段階にランク分けされる。
俺は活動実績が大学時代の3度の探索失敗だけだから、最低のFランク。
Aってのは上から二番目、上級クラスの探索者って事になる。
「なんで、こんな末端の仕事にAランクの方が……?」
「人事異動です」
「いや、Aランクをこんな所に人事異動って……」
「何か私が問題を起こして飛ばされた、とでもお考えですか? 申し訳ありませんが、お客様に探索者の人員に関して要望を受けるサービスは行っておりません」
おぉ、なんか問題起こしたのか……
まぁ、性格に難があるって感じは……まぁちょっと感じるが、それも悪い方向って訳じゃない。
真面目な人なんだろうなって印象だ。
だったら、実力は折り紙付きだし問題ないか。
装備だって先月までの探索者とは雲泥の差だ。
気合の入りようが違うのは見て取れる。
「あ、これ今月の追加依頼料です」
「追加依頼……料……?」
「えぇ。月一の点検料が5万、それ以外で何か注文がある場合は日給2万5000円って聞いてますけど」
「我が社では、その様なプランはありません。月額をお支払いされた迷宮主様には、緊急時の対応に関しての業務も含まれています。……まさか!」
何か思い至ったように、彼女は俺に勢いよく頭を下げた。
「も、申し訳ありません! 恐らく、先月までここを担当していた探索者が、お客様をその……、えと……」
まぁ、俺は察しの良い人間では無い。
けど、ここまでヒントがあれば大体の事は察しが付く。
「騙されてたって訳ですか」
「はい……」
しゅんとした表情で彼女はそう言った。
「じゃあ、この代金は必要ないですね」
俺は封筒を引っ込める。
2万も浮いた。嬉しい。
「大変申し訳ありません。私の先任が大変な事を……!」
土下座でもしそうな勢いで謝罪し始めた清水さんを、慌てて立たせる。
「大丈夫! 大丈夫です」
「はい。この度の事は上に報告し、適切な対応をさせて頂きます」
そもそも、詐欺を働いたのはこの人じゃない。
この人の前に、この人の業務を担当していた人間の仕業だ。
それをここまで謝罪できるのだから、その人間性が伺い知れる。
「この度のご依頼につきましては、勿論全力で取り組ませていただきますのでどうか契約解除だけは……」
「あぁ、それは無理かもしれないな」
「そ、そこをどうにか!」
焦って契約の持続を願う彼女を見ていると、苦労しているのが分かる。
あれだ、俺が上司のミスを被らせられて必死で取引先に謝って回った時と同じ表情だ。
「今回はですね、迷宮の買取額の査定をお願いしようと思いましてご連絡したんです」
「買取? という事はダンジョンを手放されるんですか?」
「えぇ、そう考えてます」
「しかし、それでしたらこのダンジョンのボスは無力化されているハズ。ボスを倒し、攻略報酬を売却した方が金額は多いと思われますよ?」
「いえ、それがダンジョン内に別のダンジョンへの入り口を発見しまして」
その前代未聞の話を聞くと、彼女は訝しげな目で俺を見るのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます