第5話 乙女な邪神


 1とか2とか、そんな数字を超越した悠久の時間。

 私はただ、暗闇の中で身動きもできず、1人で過ごしていた。


 私は何故封印されたのだろうか?

 もう、そんな事もとうの昔に忘れてしまった。


 ただ、暗闇が怖かった。

 ただ、一人が寂しかった。


 邪神とは名ばかりなのだと、私は自覚する。

 恐怖に、静けさに、不自由さに私は絶望する。


 反省したから許して欲しい。

 ごめんなさい。

 もうしないから。

 なんでも言う事は聞くから。

 だからここから出して。


 そんな思考がぐるぐると自分の中を巡っていた。

 言葉が失われる。

 記憶が無くなっていく。

 自分が何者なのか分からなくなっていく。


 何も変化しない日々。

 何の感動もない日々。

 何の娯楽もない日々。


 ない。ない。ない。ない。ない。


 私には何も無い。


 何故私はここに居る?


 私は反省した。私は謝罪する。私は支配される。

 だから、お願いだからここから出してくれ。


 ――もしくは、殺してくれ。


 そう強く願うようになっていた。

 しかし、神としての肉体は無限の命を持っていた。

 呪いだ。戒めだ。


 そんな時だった。


 私の作った迷宮。

 その入り口の守護に配置していたケルベロスが戦いだした。

 それを感知した私は、ケルベロスの視界を乗っ取り様子を観察していた。


「よっ」


 そう言って、男が拘束されたケルベロスに声を掛ける。


 助けて。そんな言葉を吐く事もできず、私はただその光景を見つめる。

 男は、迷宮の壁を掘り始めた。


 違う。そっちは逆だ。向かい側に私が居るんだ。

 そう叫びたかった。

 けれど、やはり声はでない。


 私を封印した【――】は、私の迷宮を壁で覆った。

 それは本来、神の力を持つ存在にしか破壊できない物だ。

 しかし、男は容易く破壊していく。


 そっちは逆方向なのだ!

 逆なのだ逆! バカ! なんでそっちを掘るのだ!

 そっちじゃないの!


 人間! 右右右!

 そっち左なの!!


 あぁ、駄目だ。

 やはり私の声は届かない。

 男は真逆の方向に歩みを進める。

 逆方向に掘れば、数メートルで私の封印された空間に出るというのに。


 私は期待した。

 男はもしかしたら、私を救ってくれるのではないかと。

 しかし、逆なのだ。

 その方向に掘り進めても、私には辿り着かない。


 だけど、そんな私の予想はいい意味で裏切られる事になる。


 男は、何年経っても掘る事を止めなかった。

 人間の寿命など100年にも及ばぬほど短い時間である。

 にも拘らず、男は30年間、その方向に向かって掘り進め続けた。


 牛歩の様な速度ではあった。

 けれど、確かに男は進み続けた。


 迷宮は異空間に存在する。

 その空間内では通常の物理的な法則は歪む。

 凡そ15年の労力によって空間の端に辿り着く。


 空間の端を壊した先は、逆側の空間の端に繋がっていた。


 コツコツと楔を打ち続ける姿。

 闇雲ではあるが、確かに進み続けるその姿。

 その姿に情熱を持つようになったのは何年前の事だっただろうか。


 私は知らなかった。

 努力という言葉の意味を。

 反骨精神という概念を。


 けれど今は知っている。


 あぁ、あの男がやっている事がそれなのだ。

 真っ直ぐに進み続けるその姿こそが、その言葉の意味なのだ。


 正直、かなり濡れた。


 大昔、英雄と共にやって来た女がいた。

 その女は、英雄を庇って死んだ。

 バカだと思った。

 自分だけでも逃げるのが賢い選択だ。

 けれど今なら、その女の行動の意味が分かる。


 もしもジクウに命の危機が訪れたら、私は迷いなく自分の命を犠牲にしてでも助けるだろう。


 これが、惚れるという奴か。

 それに気が付いたのは、最近だ。


「ジクウ、ゲームやるぞ」


「おう、いいぞ」


「ジクウ、一緒に寝てくれ」


「いいぞ。でも別の布団な」


「ジクウ、髪がボサボサだから整えて」


「はいはい」


「ジクウ、掃除しといた」


「おぉ、凄いじゃ無いか。いつもグータラしてるだけなのに」


「ジクウ、洗濯もしといた」


「おう……これ石鹸ぶち込んだのか。今度洗濯機の使い方教えるからな」


 ジクウ、ジクウ、ジクウ、ジクウ、ジクウ。


 私は其方の事が好きだ。


「だから、もう少しだけ傍に居させてくれ」


「何言ってんだ。お前行くとこ無いんだろ? だったらここに居るしか無いだろ。邪神の力で世界滅ぼされても困るし」


「あぁ、そうだな」


 我は、笑顔でジクウにそう言った。

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