第6話 半額


 よく考えた。

 するとふとある事に気が付いた。


 この邪神、国籍持ってねぇ。

 国籍が無いならビザが取れない。

 ビザが取れないという事は、飛行機に乗れない。

 飛行機に乗れないという事は……


「世界旅行無理じゃね?」


「ぬがぁああああ!」


 外はどしゃ降りだ。

 十秒前まで晴天だったのに。

 地球大丈夫かな?

 台風増えたりしないよな?


「かくなる上は、国家の境界戦を破壊してくれる!」


「やめい」


 アルスの後頭部にチョップを見舞う。


「何をするのだ!?」


 アルスは涙目で俺を見る。

 そんな顔してもダメです。

 俺が、総理大臣でも駄目です。


「はぁ、買い物でも行くか?」


 何せ俺は大金持ちだ。

 清水さんにダンジョンの買取はほぼ確定と言われた。

 値段は少なくとも10億。

 会社はとっくに辞めた。

 クソ会社が、さっさと潰れろ。


「買い物? なんだそれは」


「そりゃ物を買うんだよ。金で」


「奪うなら分かるぞ。献上も分かる。買うとはなんだ?」


 邪神社会って通貨の概念無いんだ。


 それから俺はドラゴンハンター3に例えて金の使い方を教えた。

 すると、すんなりと理解してくれた。

 流石、名作RPGの力は偉大である。


「新しいゲームも欲しんじゃ無いのか?」


 邪神が来て既に二ヵ月。

 この家にあるゲームはほぼコンプリートされている。

 そもそも、レトロゲームしか置いて無いしな。

 俺も暇な時間が増えたし。

 ゲームを楽しむなんて何年ぶりだろうか。


「欲しい! 早く行こうぞ!」


 アルスは服装や姿を自在に変化させる事ができる。

 最初に出会った髑髏姿が本性らしいが、服に金が掛からないのはいいな。

 いかんいかん。俺は10億の男。

 どうせ相続させる相手も居ないし使っとくか。


「服でもゲームでも、なんでも好きな物を買ってやろう。だから俺に従うのだ邪神よ!」


「ははぁ、ジクウさま~」


 金の力は偉大である。

 なにせ、邪神すら従える事が可能なのだから。

 そんなコントをしていると、チャイムが鳴る。


「む、誰だ?」


「俺が出るよ。少し待っててくれ」


「早くするのだぞ」


「はいはい」


 玄関に向かうと、そこには後頭部があった。


「すいません!」


 いつも謝ってんなこの人。

 相手は清水青子。

 俺のダンジョンを担当している探索者だ。


 Aランクの実力者であるが、俺の家に来ると大体謝罪から始まる。

 しかも、その殆どが彼女の責任ではない。

 今回もまたどうせ彼女はそんなに悪くないんだろう。


「申し訳ありません。上の方が、5億で纏めて来いと……」


 ほら。

 俺が上司に無理難題言われた時と同じ顔だ。

 不憫、不遇、昔の俺。


「一応、お上様の言い分を聞いても?」


「S+難易度と報告したところ、それは私が力量不足なだけなのではと……」


 Aランクが力量不足って、どんな組織だよ。

 と、内部事情を知らない俺がツッコんでもしょうがないか。


「先日は、勝手に期待させてしまう事を言って申し訳ありませんでした。誠に勝手ですが、他の企業にお売り頂く事をお勧め致します」


 その言葉だけで十分だ。

 客と上司の板挟み。見ているだけでいたたまれない。

 他の企業に持っていけというのだから、上からの指示に何も思わない訳では無いのだろう。


 自社の利益より、客の損失の心配をする。

 いいサラリーマン、ではないんだろうな。

 けど、俺はそっちの方が好きだ。

 もし同じ企業に所属していたとしても、彼女に好感を憶えるだろう。


 というか、5億も10億も違いが分からない。


「いいですよ5億で」


「い、いえ! そんな事は……!」


 左遷された。

 上司からの信頼も無い。

 そんな人を見れば、普通は可哀そうな人だと思うのだろう。

 もしくは、無能な人間なのだと思うのかもしれない。


 けれど、俺には彼女が無能だなんて思えない。


「俺は貴方が、誰よりも努力しているって事が何となく分かるんです」


 普通は、そんな境遇になってる時点で退職を検討する物だ。

 Aランク探索者なら金もあるだろうし引く手あまたな筈だ。

 それでも、彼女は今ここに居る。

 俺に頭を下げている。


 俺は金が貰えるならとさっさと仕事を辞めた。

 けれど、彼女はそうしなかった。

 きっと、俺と彼女は違う。

 彼女は、アルスの言う英雄に値する人物なのだろう。


「自分のやりたい事に全力で向かってるって分かるんです。だから、俺は少しでも貴方の力に成りたい。まぁ、金が貰えて余裕があるから言えるだけですけど」


 たかが5億。

 どうせ俺が持ってたって大した使い道はできない。

 なら、この人が少しでも成功できるように助力する為に5億くらいくれてやる。


「……ありがとうございます!」


 目尻に涙を浮かべ、肩を震わせながら彼女はそう言った。


「この、浮気者がぁあああああああ!!」


「「え?」」


「何を他の女を口説いておるかぁああああ!!」


「何言ってんだアルス」


「子供……ゆうか……」


「いや清水さん? ちょっと待って違います」


「警察に連絡? いや、私が取り押さえて……。今ならまだ間に合います、一緒に出頭しましょう!」


「ジクウ、私が居ながら他の女に現を抜かすとは何事か!」


 怠すぎる。

 なんなんだこの状況。


「取り合えずお前等、一回黙れええええええええ!」


 俺に出来る事はそう叫ぶ事だけだった。

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