第7話 誘拐犯と浮気者


「はぁ……」


 お茶をコップに注ぎながら俺は溜息を吐く。

 リビングに居る二人は険しい顔で、俺が要る台所を凝視している。


 一方からはロリコンの誘拐犯。

 一方からはなぜか浮気したと思われている。


「なんでこんな事に……」


 考え得る最悪のタイミング。

 しかも、一番話がややこしくなるタイミングでアルスが玄関にやってきた。


 ちゃんと説明します。

 そう言って清水さんを家に上げた。


「えっと、粗茶です」


「うむ」


「どうも」


 窓の外を見る。

 今は9月。

 雪が降っていた。


「まずアルス、俺は清水さんと浮気なんてしてない。そうですよね?」


 清水さんにそう問いかける。


「勿論です。なんでそんな事に……?」


 俺もそう聞きたい気分だ。


「次に清水さん。アルスは実はダンジョンのモンスターなんです」


「……真面に説明するつもりは無い。そう言う事ですか?」


「外を見て下さい」


「雪……ですね。かなり季節外れですが」


「アルス、お前の好きなチュッパチュッパスだ」


「わーい」


 雪が止んだ。


「雪が止んだ……?」


 日本に熱気が戻って行く。


「これがアルスの力です」


「天候を変える力があると? 確かに規格外のスキルかもしれませんが、だからとしてモンスターというのは」


「馬鹿者、我は邪神。一介のモンスターと一緒にするでない」


 飴を舐めながら、アルスはそう言う。


「……」


 沈黙が続く。

 清水さんの顔を伺う。

 思考が停止していた。

 いや、どうツッコんでいいか分からないという感じか。


「邪神って強いんですか?」


「あぁ、最強と言っても過言ではない」


「だったら、私を倒せたら信じます」


 この人、案外脳筋なんだな。

 いや、考えるのを放棄しただけかも。

 俺でも同じ状況なら思考放棄する。


「よかろう」


 そう言った瞬間、アルスが清水さんに飛び掛かろうとする。


「やめい」


 アルスの前に手を出すと、顔が俺の腕にぶつかった。


「あ、あぁ、うぅ……」


 アルスの顔が赤く染まり、わなわなと震えた。

 え、何?


「ここでやったら家が壊れるでしょうが」


「うん、ごめんなさい」


 なんだ、急に塩らしくなったな。


「うでにちゅうしちゃった……」


 ガキがお前は。

 見た目ガキだった。


「やるならダンジョンでどうぞ」


「えぇ、勿論です」



 ◆



「なあケルベロッサムよ、見える?」


 俺の前で、人間の動体視力の限界を超えた2つの何かが暴れていた。

 俺はケルベロスことケルベロッサムの隣で、それを眺めていた。


 一方は邪神だけど、あれで人間ってやばいだろ。

 流石Aランク。

 清水さんは直剣を振り回しているのがギリ分かる。


「中々やるではないが……まぁ、普通の人間にしてはの話ではあるがな!」


 清水さんが背中から地面に激突する。

 普通の人間なら四股四散して内臓破裂してそうなダメージ。

 だが、Aランク探索者は立ち上がって挑みかかる。


「手加減されるのは嫌いです」


「よく言った」


 邪神アルス・モア・フリーデンの拳が、清水さんの顔面に振り抜かれる。

 清水さんの首から上が物理的に飛んだ。


「グロ……」


「グル……」


 清水さんの身体が魔力によって霧散。

 俺の横に有った本体が立ち上がる。


「まさか、私が素手に負けるなんて……」


 あの邪神こんなつえーんだ。

 俺なんて瞬殺だな。

 まぁ、どうせ生い先短い命。

 邪神にビビって余生は過ごせぬ。

 なんてな。正直めっちゃびびった。


「清水さん」


「はい?」


「お願いします」


「なんでしょうか?」


「アルスの事、匿うのに協力して下さい」


 正直、こうする以外に俺には取れる手立てが無い。

 アルスは国籍を持たない。

 かと言って、登録する訳にもいかない。


 スキル検査があるからだ。

 それで邪神のスキルが公になれば騒がれるのは明白。

 内容によって国に拘束されたっておかしくない。


 もしくは世界を破壊できる存在として討伐対象に……何てことも。

 逆にアルスがブチ切れて世界終焉とか……


 というか、違うな。

 もうアルスと一緒に暮らして何カ月か経った。

 そんな彼女を面倒な大人の都合に巻き込みたくない。

 幸い金はある。

 幼女一人養う事など造作もない。


 その旨を俺は清水さんに説明する。


「分かりました」


 仕方がないとばかりに、笑みを浮かべて彼女はそう言った。


「確かにモンスターとは違う。人類の敵って訳でも無さそうですし」


「ありがとうございます」


 俺は誠心誠意彼女に頭を下げた。

 いつもとは逆の構図だ。


「いえ、横島さんには色々ご迷惑をおかけしてますから。それに、あんなことを言われたのは初めてで、嬉しかったんです」


「この女たらしめ」


「うるさいぞアルス。ほれチュッパチュッパス」


「うぃ」


「ですが、やはりそれだけの力を持っているのなら監視は必要です」


「ですが……」


「えぇ、この件に関して知る人間はできる限り少ない方がいい。ならば私が監視するしかないでしょう」


 もう完全にやる気の顔でそう言った。

 なんというか、絶対に拒否はさせないって感じだ。

 しかも、悪じゃ無くてガッツ全力みたいな顔で言うから質が悪い。

 断れそうにない。


「分かりました。定期的にうちに来て監視して下さい」


 アルスにも同性の友達がいた方がいいだろうしな。


「おい女。ジクウは私の物だ。手を出したら許さんからな!」


「出しませんよ。何歳差だと思ってるんですか」


 35歳くらいありそうだな。

 確かに、娘とかの歳だ。ギリ孫でも有り得る。

 おっさん、いやもうお爺さんなのか俺。

 テンションが下がった。


「歳の差か、人間はそう言う事も気にするのだな」


 少しだけ寂しそうな顔でアルスはそう言った。

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