第8話 不十分


 何だお前、今日も来たのか。


「ねぇ、聞いてよアルスちゃん!」


「なっ、引っ付くで無いわ。私の肌に触れて言い人間は一人だけぞ!」


「本当に好きね。横島さんの事」


「ジクウは我の所有物よ。自分の所有物が嫌いならとっくに手放して居るわ」


「いいな。ってそんな事より、聞いてよ!」


「なんだ藪から棒に。我はスーパーキノコシスターズのラスボス、ビビンバを倒さねばならぬのだ」


 全く暑苦しい女だ。

 邪魔くさいし事ある毎にくっついてくる。

 コントローラーが握れん。

 てか、こいつの無駄にでかい乳は何なのだ!

 邪魔だろ!

 探索者等と宣うなら善意で切り落としてくれようか!


 善意で!


「なに? 確かに私包容力ある方ですけど?」


「戯けめが。さっさと聞いて欲しい事とやらを話せばよかろう」


 全く、我の正体がこの女、清水青子にバレてから2週間。

 週4でこの家に来おってからに。

 ジクウとの時間が減るだろうが。

 後、ゲームの時間が。


「そうそれ! 私この地区の地区長なんだけどさ、転勤して来た時に探索者殆どクビにしちゃって今1人で頑張ってるの!」


「それは前も聞いた」


「そう、それで上司に人員増やす様にお願いしたら! 自分で見つけて来いだって! ふざけてる! ふざけてるよあの禿げ!」


「部下か、まぁ確かに供物を寄こす村人たちは便利であったがな」


「人事部ってモンがあるでしょ! 何のためにあるのよ!? 意味わかんないわよ!」


 なんなのだこの女は。

 私の監視をするのでは無かったのか。

 毎度毎度、同じ上司の嫌いな部分を羅列するのみ。

 何をしに来てるのだ。


「そもそも、あんな無能を、業務内容無視して客の足元見て詐欺するような馬鹿を雇ってんのが悪いんでしょうが! それを私のせいにばっかりしてくれちゃってぇ!」


 邪神よりも邪な目をしている。

 はぁ、2週間前までは平和だったのにな。


 そうすると、リビングのドアが開く。

 ジクウがお菓子とお茶を持ってきてくれた。


「清水さんいらっしゃい」


「すいません、入り浸ってしまって」


「いえ、アルスも相手して貰えて嬉しいでしょうから」


 おいジクウ、私は別に喜んで等居ないぞ!

 あ、このチョコレートうま。


「アルス、清水さんに迷惑かけてないか?」


「かけて居らんわ!」


 私はコントローラーを握り直して画面に向かう。


「アルスちゃんは全然迷惑なんて事ないですよ。寧ろ私の方がアルスちゃん可愛すぎて、うざったいのかも」


「そんな事無いですよ。同性の知り合いは清水さんだけなんですから」


 何なのだ。

 私を面倒みたいに言いおって。

 邪神だぞ。

 神だぞ?

 ジクウはいいが、あの女はもっと敬い奉らぬか。


「ジクウ、私ちょっと出かけて来る」


「どこ行くんだよ?」


「内緒。一人に成りたい気分だから」


「おい、待てって」


 私はジクウの言葉を無視して家を出た。

 特に行きたいところなんて無い。

 ジクウと一緒ならどこへでも行きたい。

 世界を旅するなんて、嬉し過ぎる提案だった。


「でも、無理なのだ……」


「さて、準備はできたかね?」


 私の目の前に光の柱が現れる。

 人間には認識する事もできない光。

 それは間違いなく、神の威光。


「光の神アトランテ」


「邪神アルス。うん、僕は君の意思を尊重したいんだ。だから人の世界で君に100日の時間を与えた」


「分かってる。しかし、まだ時間では無いだろ」


「あぁ、3日後迎えに来るよ。それまで好きなだけ堪能するといい」


 アトランテは私の復活を直ぐに察知し、ジクウの目を盗んで私に接触した。

 その理由は、私への命令。


「良からぬ考えは起こさぬ事だ。また、あの闇の中に戻るのは嫌だろう? それに君が逃げれば、僕はそうだな……うん、あの人間にストレスをぶつけてしまうかもしれない」


 ジクウが傷つく。

 それだけは到底許容できない。

 私を牢獄から出してくれたあの人にだけは、幸せでいて欲しい。


「心配するな。言う事は聞く」


「素晴らしい。まさか数十億年封印しているだけで、あの邪神がこうも従順になるとは。最初からこうしておけば良かった」


 こいつに出会って、私は封印されていた理由を思い出した。

 ずっと、私はこの光の神と敵対していた。

 こいつが結婚しろとしつこかったから。

 戦いの末、私は光の神に封印されるという形で敗北した。


「君が僕の花嫁になれば、光の神と邪神の力を併せ持つ神王が誕生する。そうすれば、この醜い世界は理想郷へと変貌するだろう」


 この男は阿保だ。

 世界は醜くなんてない。

 いや、醜い部分以上にキレイな部分が沢山ある。


 ゲームがある。お菓子がある。可愛い服がある。


 ――ジクウが生きている。


 世界はこんなにも美しく奇麗だ。


スキルを与えても、正しい統治すらできぬ無能な種族にこの惑星の覇権は相応しくない」


 そんな事、どうでもいい。

 ジクウが生きているんだ。


「分かってくれるだろう邪神アルス。僕の愛しの花嫁。子供を作ろう、この世界を作り替え完璧な世界を構築できるだけの力を持った神を」


「あぁ、そうだな」


 嫌だ。


 嫌だ。


 嫌だ。


 もっと、ジクウと一緒に居たい。

 もっと沢山、色んな事をしたい。

 助けて。


 そんな言葉、吐ける訳も無い。


 私はもうジクウに救って貰って、色々な事を経験させて貰ったのだ。

 ジクウでも神に対抗する事なんてできない。


 私はもう十分幸せを堪能した。

 神にとっては3ヵ月なんて欠伸みたいな物だ。

 けど、このたった3ヵ月はずっと私の中に残り続けると確信できる。

 この時間があれば、この記憶があれば、私は生きていける。


「嬉しいよ。3日後を楽しみにしている」


 光の神は私に近寄る。

 そして、私の頬に自身の唇をつけた。


「それじゃあね、本当に君を僕の物にできるのが楽しみだよ」

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