第15話 惑星の未来


 アルスの姿が掻き消える。


 それと同時に男が右腕を薙ぐ。

 すると、男を囲うように球状の壁が出現した。


 アルスの姿が壁の前に現れ、目のも留まらぬ速さで拳を叩き込む。

 一撃、二撃、数えきれないほどの乱打。

 しかし、壁はビクともしない。


「何度やっても同じ事だ。全く、学習能力の足りない邪神には困らされる」


「私は、無駄と知りながら愚直に同じ事をやり続け、結果を出した男を知っている。貴様よりイケメンだったぞ」


「偶然だろ? もし結果が出てなければ、その男はただの愚者だった。天才はいつも結果を見定め行動する」


「だとしても、そんな生き方には憧れぬな。未来は何が起こるか分からぬから、楽しいのだ」


「違う。予想される未来が最悪だから、僕が変えるんだ!」


 俺はあの壁を知っている。

 いいや、違う。

 俺の中にあるスキルが反応している。


 ピッケルを握る拳が強くなる。

 鼓動が激しく示す。

 あれを壊せと。


 俺は走った。


「何だ人間……お前如きが参戦できると思うなよ」


 球体の一部に、指が出る程の穴が開く。

 あぁ、俺は今から光線を打ち込まれて死ぬ。

 なのに、足取りを止められない。


「死ね」


「ジクウ!」


 驚いた様な顔でアルスが俺を見る。


 光線が俺の後方で爆ぜた。


「外した……? いや外させられた?」


 俺の視界の端に、笑みを浮かべながら倒れる清水さんが見えた。


「奥義、朧姿……ありがとうございます。お爺様」


 何をしてくれたのかなんて分からない。

 だから、ただ感謝する。

 ありがとう。


「行くぞ必殺! 腰砕き!」


 この技はピッケルを全力で振り上げ、更に俺の極小の魔力全てを足に込め跳躍、重力を利用してピッケルの一撃採掘力を最大化させる。

 俺が30年の穴堀で研鑚した必殺技。

 そして、この技を使えば俺はぎっくり腰になる!


 ピキリ。

 それはピッケルが壁に突き刺さった音か、それとも俺の腰の骨から出た音か……


 甲羅の様な球体に亀裂が走った。


「何故だ。不壊の壁をどうして壊せる……何をしたぁああああああ!?」


「行け、アルス」


「あぁ、そうか。やはりお前と私が出会ったのは運命で、必然だったのだな」


 うん、腰がイカれた。

 カッコつけるの限界だから後はよろしく頼む。

 あぁ、痛い! マジ痛い! やるんじゃ無かった!


 腰を抑えながらアルスとアトランテと呼ばれた男を見る。

 アルスの拳が、アトランテの顔面に練り込んでいた。


「ぶべら!」


 あ、吹っ飛んだ。

 けど壁があるから中でバウンドしまくってる。

 人間ピンボール。コワ。


「だから何だよ」


 うわ、立ったよ。

 首折れてるし、右腕は千切れている。

 眼球も潰れ、歯もボロボロ。

 けど、なんかピンピンしてる。


「神に死は無い。結局、振り出しに戻っただけ。その人間を殺せば僕の勝ちだ」


 壁が元に戻っていく。

 俺は腰痛で動けない。

 清水さんももう動けなさそうだ。

 アルスじゃ壁を壊せない。


「理解したか? 今の僕はこの世の何よりも強い」


「もうよい」


 アルスがそう呟いた。


「ジクウ」


「何だ? まさか諦めるって言うんじゃ……」


「私の信者になるがよい。邪教徒に」


「我が家は代々無神論者なんだが、こんだけ神様に目の前で暴れられると信じざるを得ないな。それで神様ってのはこの2人しかいないなら、僅差でアルスを選ぶかな」


「何故僅差なのだ!? まぁ、良かろう。では我が名に置いて、ジクウを教祖と認めるのだ」


≪邪神教に入信しました≫

≪邪神の溺愛を獲得しました≫

≪邪神の教祖に任命されました≫

≪邪神信仰lv999が一時的に解放されます≫


 そんな声が頭に響く。

 身体に力が漲る。

 何か、欲望の様な物が頭を支配する。


 あぁ……スローライフ……

 クソ上司、禿げろ……


「ジクウ、貴様の欲望しょぼすぎるのだ」


「おっさんの欲望なんてこんなモンだろうがよ!」


 何にしても、今なら何でもできそうだ。


「選手交代って訳だな」


「行くのだ我が信者よ!」


「はいはい」


 ピッケルを振りかぶる。

 おぉ、腰が痛くない。


「止めろぉおおお!」


 壁が何十にも俺の前に立ちはだかる。


神光ゼクス・ライト!」


 数百の光線が上空に打ちあがり、上から俺に降り注ぐ。


「朧姿……!」


「またか貴様!」


 光線は全て、俺の後ろで爆ぜる。


 そんでもって、こんな壁なんてなぁ!


「あのダンジョンに比べれば、大したことねぇんだよ!」


 溢れる魔力でピッケルを強化。

 更に身体能力も強化し、掘りまくる。


「何故だ……スキルは僕が人間に与えた力だ。こんな事があり得る訳がない……ダンジョンの、惑星の作り出した破壊不能の壁を……破壊するスキル等……」


「あぁ、ジクウのスキルは貴様が与えた物では無いのだ。貴様がさっきから我が物顔で使っている、惑星に与えられたスキルと同種の力であるだろうな」


「そんな馬鹿なことが……! 人間如きが惑星に認められる事など、ある訳がない!」


 最後の壁が砕け散る。

 俺の前には驚き、恐怖する神様がいた。


「ジクウ、私のスキルを使うのだ」


≪邪教徒スキル【破壊封印】を授けられました≫


「僕をどうしようが、この惑星に待つのは滅びの運命だけだぞ」


「人間も馬鹿じゃ無いんだ。何か考えてみるさ」


加護スキルは残しておく事にするよ。僕が次に目覚めた時、状況が改善されている事を期待するよ」


 ピッケルをアトランテの胸に突き刺す。

 破壊封印は、神専用の封印スキル。

 破壊した神を、微粒子レベル以上で分解し、再生するまで行動不能にするという力技のスキルだ。

 大体100年位は再生に時間がかかる。


「助かる」


「精々頑張りなよ、人間」


 そう言って、アトランテの身体は砕け散り、光の粒となって消えた。


「はぁ……おっさんに何やらせてんだよ」


 腰を落とし、俺はその場に座り込む。


「よくやったのだジクウ!」


 アルスが飛びついて来た。


「横島さん、力が足りず申し訳ありませんでした」


 清水さんがそう言って頭を下げる。

 あれで力が足りないって、向上心の塊だなこの人。


「なんだ青子、お前もジクウに抱き着きたいのか? まぁ、今回は私もお前に感謝しているしな、一度だけなら良いぞ」


「なっ、そんな事やんないよ!」


「うっ、加齢臭きつくてごめんな」


「え、いやそういう意味じゃ無くてですね! 横島さんは全然いい匂いと言いますか……あっ、とにかく違うんですううううう!」


 清水さんの叫びは、富士の頂上から木霊して行った。

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