第12話 邪神と光神


 君は邪神だ。

 世界が混沌で満ちる事を願っている。

 そんな君に、僕の提案が受け入れられないのは仕方がない事だ。


 だけど、この戦いには決着って奴が必要だ。

 僕は理想を現実にする。

 それが、神としての僕の務めなのだから。


「おのれ……」


 傷だらけの少女が横たわる。

 名をアルス・モア・フリーデン。

 邪神である。


「君には僕と子を成して貰う。これは決定事項だ」


 その傷をつけたのは、光の神と呼ばれる存在だった。

 名をアトランテと言う。


「何度抗おうが構わない。何度僕に挑みかかって来ても問題ない。僕は君をその度に捻じ伏せる。数億年眠っていた君と、数億年世界を見て来た僕とじゃもう勝負にはならないよ」


 その言葉は正しい。

 アルスが封印される前、彼等の戦績は大差でアルスの勝利だった。

 しかしこの一ヵ月、何度挑んでもアルスの白星が増える事は無かった。


「僕は迷宮の壁の力、不壊の力を制御している。幾ら邪神と言えど、君でもこれは壊せない」


 男の前に並ぶ透明なガラスの様な板。

 それは自在に動き、形状を変化させる。

 それは盾であり剣であった。


 アルスにその壁を破壊する手立ては無い。

 だからこそ、邪神と光神の実力差は裏返った。


「そんなにあの人間の元に戻りたいか? なら世界を作り替えた後、あの人間だけは保管してあげるよ。それでいいだろ?」


「黙れ……」


「はぁ……ちゃんと着替えて来るんだよ。僕達の結婚にはちゃんとした式を開く必要があるんだから」


 1月1日。

 富士の頂きで誓いを立てる。

 それによって契約は受理され、2神の力を受け継いだ子供が生まれる。


「アルス様、こちらに……」


 巫女服の女が2人、着物を持って現れる。

 天使、そう呼ぶに相応しい彼女たちは言わば天上の使用人である。


 彼女たちを倒し、脱出する事は可能。

 しかし、それはできない理由がある。


 光の神には『封印』という切り札がある。

 もしアルスが逃げれば、間違いなく封印される

 いま、そうされていないのはアトランテ自身が、アルスを必要としているからだ。


 アルスはアトランテを滅ぼせば封印はされない。

 アトランテはアルスを封印しては目的が達成されない。

 その双方の事情がかみ合った末の、一月の死闘だった。

 しかし、結局アトランテの力はこの数億年でアルスを上回っていた。


(どうやら私は戻れそうにない……。ごめん、ジクウ)


 着替えを済ませ、雲の上の神殿からアルスは外に出る。

 白鳥の物の様な羽を顕現させた巫女服の女の一人に抱きかかえられ、アルスは目下に向かう。


 日本で最も高い山。

 富士と呼ばれるその場所の山頂で、式は執り行われる。


「来たね」


 正装に身を包むアトランテの姿がそこにはあった。


「周りの人間は、下山して貰っている。天使に登山客を帰らせるように命じている。神の式に人間の観客は必要ないからね」


「え、そうなのか?」


「うん?」


 そう言った瞬間だった。


「新年早々山登りなんてさせやがって……」


「全くです。というかなんで、富士山に魔物が居るんですか」


 2人の人影がそうぼやきながら現れる。

 1人はおっさん。58歳くらいのピッケルを持ったおじさんだった。

 1人は黒髪の女。こちらは刀を抜き身で持っている。そこには魔力の残滓が残り、ここに来るまでに天使を斬って来た事を意味していた。


「何者だ貴様等……?」


「親だが?」


「友達ですけど?」


「おぉジクウ、アオコも来てくれたのだな」


「そりゃ来るだろ、ってか急に居なくなるんじゃねぇよ。誘拐されたかと思っただろ」


「なに、結婚式というのは身内を呼んでする物なのだろうと思っていたのだが……どうやら神は違うらしい」


 勘違い。

 アルスには結婚に関する知識など無い。

 だから、アトランテから結婚の話を持ち掛けられた時調べた。

 ネットで!


 その結果、アルスは結婚式には親や友人を招待する物であるという常識を身に着けていたのだ。


「はぁ? 結婚式!? まさかそっちの男とか?」


「あぁ、不本意ではあるのだが、そうだな……」


「おいおい。まぁ、なんていうか……うん、犯罪だぞ?」


「いや、私も正直ちょっと引きました。その歳の差で結婚はちょっと……。いえ、歳はとってるんでしたっけ。けどその見た目で結婚って……」


「「ロリコン?」」


 治宮と青子は、お互いを見合ってそう言った。


「おいおい兄さん。まぁ、その人の趣味をとやかく言う気はないけどな……な? 因みにアルスは結婚したいのか?」


「いや、まったくしたくない」


「いやそれはちょっと。幼女を誘拐して無理矢理結婚するとか流石にないかなって……」


「違う! 僕は邪神と子供を作る必要があるんだ」


 そうアトランテが叫ぶと、二人は二秒程静止し、後に反応を示した。


「いやいやいやいや、怖い怖い怖い怖い」


「お、落ち着けってあんた。アルスはまだそういう歳じゃないぞ。少なくとも見た目は」


「人間の尺度で僕を計るんじゃない!」


 アトランテは、人間世界を観察し続けて来た。

 人の常識に対する理解もある。


 だからだろう。


 アトランテは顔を真っ赤にしてブチ切れた。

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