第9話 デート1


「ジクウ! 今日は水族館に行ってみたいのだ!」


「あぁ、いいぞ。この前は買い物に行けなかったからな。好きなところに行こう」


 封印されていた邪神は、現世の事に詳しくない。

 まぁ、封印された単位が数百年とか数千年とかそういう次元なんだろう。


 そんな長い時間を1人で……

 俺なら耐えられる自信が無い。

 けど、邪神だし人間とは精神性が違うのかもな。


 清水さんが来るようになってから機嫌悪かったからな。

 理由は分からないが。


 けど、今は楽しそうだ。


「これは何と言う種族なのだ!?」


「イルカだな」


「おいジクウ! これ食いたい!」


「あぁ、レストランもあるらしいぞこの水族館。刺身がでるらしい」


「おーなかすいたーおーなかすいたー!」


 元気だな。

 はしゃいでいるアルスを見るとこっちまで元気になる。

 疲れないって事は無いが、少女が満足している姿は微笑ましい。


 誘拐犯扱いされないか。

 そんな心配もあったが、どうやら大丈夫らしい。

 祖父と孫位に思われているのだろう。


 結果的に、俺はアルスが家に住む事を受け入れた。

 金銭は問題ない。

 仕事に影響が出る事も無い。

 それなら、少女一人を養う程度は簡単だ。


「にしても、こうしてると普通の子供にしか見えないんだけどな」


 イルカのシールを売店で買ってはしゃぐアルスを見ながらそう呟く。


「おい見ろジクウ! このシール、見る角度で色が変わるのだぞ!」


「おぉ、凄いなー」


「だろだろ? 後20枚買おう!」


 何処に貼るんだそれ。


「冷蔵庫に貼るのだ!」


 さいですか。

 金入ったら冷蔵庫買い替えよ。


 遊んだ遊んだ。

 水族館なんて何年振りだっただろうか。

 飽きるという言葉を知らないアルスは、水族館を一日で制覇する事を目標に遊び回っていた。


「ジクウ、連れて来てくれてありがとな!」


 そう言ってアルスは笑う。

 子供みたいな満面の笑みだ。


「冷蔵庫は買い換えないで置くか……」


「うん? そうだな」


 アルスは帰宅してすぐ、シールを家の壁に貼った。

 お前、冷蔵庫に貼るんじゃ無かったのかよ。


「どうだジクウ、楽しい場所になったぞ」


「あー、まぁそうだな」


「これでジクウは、私の事を忘れられないな」


「一緒に住んでるのにどうやって忘れるんだよ」


「あぁ、確かにその通りだ」



 ◆



「ジクウ! 今日は遊園地に行きたい!」


 朝、俺の部屋の扉を勢いよく開けたアルスはそう言った。

 幸い今日は日曜日。

 あ、仕事辞めてたわ。


 正直58歳の身体には、二日連続遊び歩きは疲れる。

 しかし、何故はアルスを一緒に行くのなら別にいいかと思えた。


 今日まで見て来たアルスの嬉しそうな表情を、もう一度見たかったからかもしれない。


「行くか」


「ありがとうなのだ! ジクウ!」


 アルスの良い所は明るい所だな。

 清水さんが来るようになって、少し不機嫌だった。

 けど、今はそんな事も忘れたように元気だ。

 子供はこれでいいのだ。

 邪神で年上だけど。


「ジクウ、あれはなんだ?」


「ジェットコースターだな」


「私の方が早く走れるぞ!」


 そういうのじゃないから。


「ジクウ、あっちは?」


「お化け屋敷だな」


「なんだ、こんな物私の配下に比べれば普通の生き物だぞ?」


 うん、そういうのじゃないな。


 何故水族館は良いのに遊園地だとこうなるのか。

 作り物と本物の差なのだろうか。


「ソフトクリームでも食べるか?」


「食べるのだ!」


 ジクウ!

 その呼び声が頭から離れなくなるほど、今日は沢山アルスに名前を呼ばれた気がする。


「ジクウ、最後はあれに乗るぞ!」


 そう言って彼女が差したのは観覧者だった。


「あぁ、いいぞ」


 観覧車からは太陽が見える。

 スマホを確認するが、まだ3時半だった。


「最後って、もういいのか?」


「うむ。十分楽しめたのだ。なぁジクウ、私がいなくなったらジクウは悲しいか?」


「そうだな。寂しくは思うだろうな」


 それは俺の本心だった。

 なんだかんだ三ヵ月ほどアルスと一緒にいる。

 家が騒がしいけど、サラリーマンだった時に比べれば辛くは感じない。

 そんな日々を、俺は少なからず幸福だと思っている。


「そうか。良かった。だったら、私の事を忘れてはダメだぞ?」


「だから、同じ家に居るのに忘れられる訳無いだろ? ちゃんと毎食忘れず作ってやるから心配するなって」


「うむ、くるしゅうない」


 そう言った言葉とは裏腹に彼女の頬に水滴が伝った。


「眩しい。ここは眩し過ぎるよ」


 確かに、昼の観覧車は少し日照りが眩しかった。


「ジクウ、帰るか」


「そうだな」


 観覧車から降りると、アルスは涙など感じさせない程普通になっていた。


「あ、横島さん? それにアルスちゃんも」


 何故か遊園地に清水さんが居た。

 化粧とか服装とか、ボロボロの姿で。


「何故貴様が居るのだ」


「清水さんどうしたんです?」


「それがこの遊園地内にダンジョンができたらしく、ここの地主から破壊の依頼を受けまして……」


「難易度高いんです?」


「いえ、実は今日は5件目の依頼なんです」


「他の人に回せないんですか?」


「今私の担当区画は私しか社員がいませんから」


 なんだそれ。

 ブラック処の騒ぎじゃない。

 というか、それ業務内容殆ど代表と同じじゃないか。


「勤務態度の悪い社員を解雇したのですが、上に掛け合っても人員補充がままならず残っていた社員もその過労に耐えかねて辞めて行きました」


 そういうと、清水さんは腕時計を確認する。


「すいません。後3つ程ダンジョンを攻略しなければなりませんので、私はこの辺で」


 足取りが完全にゾンビだ。

 剣を杖みたく使ってる。

 というか、空のエナジードリンクの瓶が握られている。

 しかも、右手にぶら下げられた袋から未開封のエナドリが大量に見える。


 この人まずい!

 俺は適度にサボる事でブラック企業を生き抜いてきた。

 だが、この人はその言葉を知らない。

 何故の高い役職を付けられ、業務内容は地獄。

 まして職員は自分一人。

 会社の中の無人島と言って過言じゃない。


 見ていて辛くなる。

 俺の働いていた会社がホワイトに見えるほどの鬼畜の所業だ。

 しかも、その全てがたった一人の元に凝縮している。


 サラリーマン時代、何度か死を身近に感じた事がある。

 でも、まだ彼女よりマシだった。

 探索者は一般人より身体が頑丈なのかもしれないが、それにしたって限度って奴がある。


「なぁアルス、俺運動不足だと思うんだ」


「そうなのか? まぁ、確かに私の知る英雄(にんげん)よりは体力は無いな」


「だから、遊園地の続きをしないか?」


「どこか連れて行ってくれるのか?」


「ダンジョン、なんてどうだろう? アルスの邪神っぷりも見てみたいんだ」


「なるほど良かろう。世界さえ破壊し尽くす私の力量、見せつけてやろう!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る