第20話 第二章


「もういい歳したおっさんですよ?」


「まだまだお若いと思いますけど」


 俺は58だ。

 仕事を辞めて暇とは言え、若い人と同じ速度で走れる訳もない。

 しかも、相手はSランク探索者。

 日本最高の戦力保持者だ。

 隣に立てる訳がない。


「私が簡単に負けたアトランテを倒したじゃないですか?」


「それは……アルスの助けがあったんで」


 そう言ってアルスを見る。

 美味そうに蕎麦を食っていた。


 正直、あの時の事は何度を思い返しても意味が分からない。


 急に力が張って来た。

 それも並みの力じゃない。

 全盛期の体力とか、若い時の活力とか、そういう物ですらない。

 魔力としか掲揚できない不可思議のエネルギー。

 それが突如俺の身体に宿った、奇跡みたいな現象だ。


 アルスが関わっているのは確かだが、それ以外は何も分かって居ない。

 それに、今の俺にあの時の力は消えている。


「なんだジクウ、お前は私の信者、それも教祖になったのだ。邪神の力の一部を利用できるのは当たり前だ」


「そういやそんな事言ってたような……けどもう無いんだろ?」


「教祖の力は私が信者を辞めさせない限り絶対なのだ。確かにあの時は、私が多めに力を渡したが今でもその力は残っておるし、鍛えれば更なる邪神の力を引き出す事も可能なのだ」


「え、そうなのか」


「というか、今更何を言っている。青子の力はアトランテを信仰した結果得た物であろう」


「えっ?」


「は?」


「けほっけほっ」


 清水さんが蕎麦を噴出した。

 ティッシュを渡すと、ありがとうございますと言って口元を吹き始めた。


「なんだ。お前達がスキルと言っている力だ。あれは間違いなくアトランテ由来の物だぞ。まぁ、ジクウのは違うが」


「もしかして、アトランテさんって良い人だったんじゃ……」


 まぁ、人にスキルを与えてダンジョンの攻略を促してたって事だし。

 そもそもアルス含め他の神々は我関せずって感じなんだろ?

 じゃあ、神の中ではかなりいい奴な気がする。


「でも人類滅ぼそうとしてたし」


「ですよね……」


 だけど、最後の表情は何と言うか慈愛に満ちていた気がしなくもない。

 神様毒親ランキングは下の方なのかもな。

 って、なんだそのランキング。


 それに、アトランテが封印されたのにも関わらず人類のスキルは消えていない。

 アルスの言う事が事実なら、アトランテは今もスキルを剥奪せずに維持しているのだろう。


「まぁ、墓参りくらいは行くか」


「死んでないですけどね……というか私アトランテの信者になんてなってないんですけど」


「信者になる条件など様々だ。無論、神側の承認は不可欠ではあるがな。神に気に入られ、それでいて強く力を望んだのであれば、それが顕現する。その様にアトランテが決めたのだろう」


「そう言う事なのか……」


 なんか、この年越しの席やばい情報出すぎだろ。

 まぁ、もう1月3日なんだけど。

 人類創成、スキルの秘密、ダンジョンの発生理由。

 いや、神様なんてのが実在してる時点で驚くべき事実なんだろうけど。


「驚きましたけど、騒いでも仕方ないですね。それよりさっきのラブコール、やっぱり応えてはくれませんか?」


「ラブコールだと!? お前ジクウに何を言っておるのだ!」


「え? あ、いやこれはビジネス的な奴だから!」


 あ、人って怒ってるときって顔赤くなるんだな。

 2人とも。


 そんな事を考えながら茶を啜る。

 熱心に清水さんが説明を終えるまで5分ほどかかった。

 そういや昔、小学校の先生に黙るまで3分かかりましたとか言われてたな。

 あれって今でも言うんだろうか。


「ふむ、まさか青子もジクウの事が好きなのかと思ったぞ」


「違いますよ。いや、違う訳じゃ無いんですけど」


「なに!?」


 無限じゃねぇか。


「さっきの話の続きしません?」


 俺がそう言うと、やっと2人の喧嘩擬きは治まった。


「そうですね。横島さん、世界旅行を計画してらっしゃるんでしょう?」


「え、えぇけど……」


「アルスちゃんのパスポートが申請できないと」


「はい」


「私なら、密入国一人捻じ込むとか余裕ですよ」


「え、マジですか」


「Sランク探索者ですから。身元不明の同行人を連れて行きたいくらいの我儘は政府に聞いて貰えます」


 政府って。

 Sランクってやっぱ凄いんだな。

 それを片手間に倒せるアルスって何者なんだよ。

 邪神か。


「それで、やはり今の私の戦力でも諦められた迷宮ロストダンジョンを攻略するのは難しいと言わざるを得ません。なので、できればアルスちゃんと横島さんにもお力を貸して頂けないかと」


 確かに、俺はともかくアルスの力はロストダンジョン攻略の一助、いや十助くらいにはなるだろう。

 俺と言うよりはアルスの戦力が欲しい感じか。

 だったら、決めるのは俺じゃないな。


「アルス、どうしたい?」


「ふん? 難しい話は耳に入ってこん」


「この3人で世界旅行する代わりに、行く先々にある高難易度ダンジョンの攻略を手伝ってくれってさ」


「ジクウと……青子も来るのか」


「いいじゃんアルスちゃん! 私、アトランテと戦うの頑張ったよ?」


「ふー、仕方あるまい。同行を許可するのだ」


「やったー」


「ジクウ、今日は青子と3人で寝るぞ」


「「はい?」」


「だって、旅先ではそうなるのだろう?」


 いや、別々に部屋取るに決まってんだろ!

 と思ったが、アルスはホテルとか知らないのか。

 こいつの知識基準が良く分からん。


「駄目か? 私は一緒に旅をするなら一緒がいい」


 そんな言葉をまだ幼い少女に、涙ぐまれながら言われると大人ってのは弱い所がある。


「横島さんと私はアルスちゃんの両隣で、それならギリ……ギリ……お、おっけーです」


「お、俺もまぁ、外側向いてていいなら……」


「なんだその反応は、子作りでもするのか?」


「しねぇよ!」


「しないわよ!」


 神ってアホなんだな。

 一般教養に差がありすぎる。


 アトランテといい、アルスといい、理論展開が宇宙だ。

 まぁ、人間と尺度が違い過ぎるんだろうが。


「清水さん、常識ってのをアルスに憶えさせるのも旅行の目的に追加です」


「奇遇ですね。私もそう思っていた所です」


 そんなこんなで、俺とアルスは清水さんの作る新しい探索者会社に入る事が決定した。

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