第13話 富士山


「私富士山に登るのなんて初めてです」


 12月31日。

 俺たちは新年早々、日本一高い山を頂上まで登っていた。


「俺紅白録画しましたよ」


「あぁ、私も見たかったのにし忘れました」


「帰ったら3人で見ますか」


「蕎麦も食べましょ」


 そんな会話をしながら富士山頂を目指す。

 アルスはこんな場所に何の用事があるのか、全く分からん。

 しかし、行きたくて行った訳ではないというのは察しが付く。


 あの邪神様は子供っぽいが莫迦じゃない。

 普通に行きたいと思い立っただけ。

 それなら、書置きはもっと分かりやすい場所に置くだろう。


 だが、シールの裏なんて分かり難い場所を態々選んだ。

 しかも俺に何も言わずに去って行った。

 あの自由奔放な邪神が、そんな事をする理由は多くない。


「というか、刀なんて持ってましたっけ?」


 清水さんの腰を見ると、日本刀が差されている。

 確か、前までは違う武器だった気がするが。


「あぁ、実家に帰って取って来たんです。ダンジョン産の物では無いですけど、握り慣れた物で戦いたかったので」


「A級ともなると武器も選ばないんですね」


「あ、私先日ランクが上がったのでSランクです」


 そう言って清水さんは俺に探索者証明書を見せる。

 確かにそこにはS級探索者の文字があった。

 すげぇ、日本最高峰の探索者だ。


 けどどうして急に強く……

 いや、元々の努力が実ったという所か。


 何というか、今の清水さんは何処か付き物が取れた様な表情をしている。

 俺が仕事を辞めようと思い立ったときの様な。

 いつもより、頼もしく見えた。


「お客様、申し訳ありませんがここから先は現在立ち入り禁止でして……」


 登山道を歩いていると、奇麗な女性がそう言ってきた。

 登山用の衣服ではなく、巫女の様な服装だ。


 なんかいい匂いがするなこの人。


「申し訳ないのですが、お引き取りを」


 仕方ない、とはいかない。

 なんとか事情を説明して通して貰えないだろうか。


「いやぁ、そう言う訳にもいかない事情がありまして」


「何?」


 巫女服の女性が睨みつける様に首をかしげる。


「横島さん離れて!」


 清水さんが苦しそうな表情で叫んだ。


「え、あ、はい」


 俺はそそくさと清水さんの後ろまで走る。


「民間時に向けて止む追えない理由なくスキルを行使する事。それは犯罪ですよ」


「悪いですけど、人間のルールに興味ないので」


 そう言った瞬間、巫女服の女性の背中ら翼が生えた。


「我が名は……」


 そう言った直後、彼女の首がズレ落ちる。


「遅い」


 清水さんの腰から、チャキという音が鳴った。


「グロい……。てかなんか相手名乗りたかったぽくね?」


「あ、いえ、ちょっと名乗り出すのが遅くて。あぁ、態とじゃ無いんです!」


 いや、そんな主張されても。

 翼を生やした巫女服の女性が、首と胴を切断されて倒れている。

 即死だ。


「って、これ人間じゃないですよね」


「えぇ、天使型の魔物ですね。しかもここまで人への擬態が上手いとなるとかなり上位種かと」


 良かった。

 人殺しじゃ無かった。

 かなりびびった。


 そんな事を考えていると、空から翼をはためかせる音が幾つも聞こえて来た。


「良くも我が姉妹を!」


「許さんぞ!」


「めっちゃキレてるんですけど」


「羽虫風情が、仲間を思う心はあるんですか」


 うぉ、こっちもこっちでバーサクしてる。


「だったら最初から私たちに敵対しなければいい物を」


 うん、当たりの雪が真っ赤に染まった。

 という事だけ言っておこう。

 後「たち」じゃないから。

 やったの貴方一人だから。

 普通にホラー映画苦手なのに。


「これで全員ですかね」


 辺りには天使たちが見るも無残な姿で転がっている。


「しかし、ダンジョンでも無いのにどうしてモンスターが」


 あんたの方がモンスターだよ。

 とは言わない。

 怖いから。


「ご心配なく。どんなモンスターでも、貴方に指一本触れさせませんから」


「あぁ、はい。ありがざす」


 頬に着いた血を親指で拭いながら言わないでくれ。

 刀に着いた血を振り払いながら言わないでくれ。

 グロいねん。


「ふふ、面白いお返事ですね」


 あれ、笑ってらっしゃる。

 もしかして俺の事食おうとしてる?


「もう少しで山頂です。早く向かいましょう」


 その後も何度か天使の襲撃を受けた。

 そのせいで想定よりかなり時間がかかり、日を跨いでの登山となった。

 更に、山頂の向かう道を塞ぐように一際強そうな天使が居た。


 それを倒すのにさらに時間がかかる。

 しかも、負ける直前に「いかせぬ」とか言って壁を何枚が置いていきやがった。

 しかもそれがダンジョンの壁と同じ奴。


 仕方ないから俺のピッケルで掘り進め、更に時間がかかる。


「結局日の出直前じゃねぇか」


「そうですね。かなり時間がかかりました。けど多分さっきの天使がボスでしょうし、もう何もないでしょう」


 俺たちは山頂に向かって歩く。

 それと同時に陽が出て来る。

 更に、合わせる様に光の柱が山頂から伸びていた。


「あれか?」


「少なくとも、自然現象では無さそうです」


 その光の中に人影が見えた。


「あれって……」


「あぁ、かなり変な恰好してるけどアルスだ」


「行きましょう!」


 逆キャトルミューティレーションよろしく降って来るアルス。

 それを追いかける様に、俺たちは頂上へ辿り着いた。


「人間の尺度で僕を計るんじゃない!」


 アルスと一緒にいた男と少し話すと、彼はそう叫んでキレ始めた。

 多分、トキシックな人なんだろう。

 宥めるのは大変そうだ。

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