第21話

 さてと、昼飯も食ったし、昼寝もしたし、そろそろ行くか。祭りの準備はテントの設営だけでは……しまった、忘れていた。殺し屋が来ているのだった。奴を何とかしなければ。陽子さんと美歩ちゃんは……いない。もう、準備に出かけたか。くっそー、あの季節はずれの厚着男め、ウチの陽子さんと美歩ちゃんにだけは手を出すなよ。うわ、外に出ると例の騒音が響いているな。奴ら、一段とボリュームを上げやがった。本格的な嫌がらせの域になってきたな。ええと、弁当屋の横から出る時は、なるべく人目に付かないようにして……よし、誰も見てない。さっと赤レンガ小道に出る。お、やっているみたいだな。大通りの歩道の上はテントの設営組の人たちが大忙しか。どれどれ、赤レンガ小道商店街のテントはどこかな。ああ、これか。土佐山田薬局の前だ。我が「ホッカリ弁当」のスペースは……よし、ちゃんと確保してあるな。テーブルに店の名前を書いた紙が貼ってある。やっぱり今年も端の方かあ。んん……ちょっと狭くないか? よし、誰も見ていないうちに、隣の土佐山田薬局の紙を少し横にずらして……。


「あら、桃太郎さん。お疲れ」


 わ、びっくりした。なんだ、萌奈美さんか。あ、くそ、セロテープが指にひっ付いて……。


「よ、よう、萌奈美さん。いよいよ、今夜だな」


「何してるの? もう店番?」


「ああ、いや、これは……ちょっと土佐山田さんところの紙が斜めになっていたからな。真っ直ぐに貼り直そうと……」


「あら、早速着ているのね。よっぽど、その色がお気に入りみたいね」


「ああ、そうだった。悪かったな、手間を掛けちまって。綺麗に縫ってくれて、助かったよ。ありがとう」


 俺の赤いメッシュのベストを覗き込んで、縫い目の確認か。さすが美容師さんだ、自分がした仕事は結果に責任を持つ。萌奈美さん、あんたは職人ですなあ。


「うーん……編み込みは解れてないみたいね。大丈夫。胸のポケットもしっかりと縫っておいたから、少しくらい引っ張っても平気だと思うわよ」


「やっぱり、美容師さんは手先が器用だな。ところで萌奈美さん、陽子さんと美歩ちゃんを知らないか。どこに……」


「ああ、阿南さん、お疲れ様です」


「下の名前でいいわよ。みんな、そっちで呼んでくれているから」


 なんだ、輪哉くんか。


「じゃあ、萌奈美さん……」


 なに顔を赤らめているんだ。おまえは萌奈美さんが引っ越してくるのと入れ替わりで大学に出て行っただろ。去年の夏休みと冬休みに挨拶した程度だろうが。ほとんど初対面のくせして、図々しく「萌奈美さん」と呼ぶな。コラコラ、花のバケツは丁寧に置け。水が飛んだぞ、水が。冷たいな。


「へえ、今年は切花も売るのね。百合ユリかあ、いい匂い」


「でしょ。お客さんも引けるかなって」


「これ、全部、百合なの?」


「ですね。それは皆さんご存知の『鉄砲百合』です。で、こっちが『鬼百合』、その隣が『鹿の子百合』。ん、あれ、逆だったかな……。どっちが鉄砲百合だ。ええと……」


「あらあ、まだまだ修行が足りないみたいね。あ、あの小さいのは?」


「ええと、たしか『鳴子百合』……だったと思います」


「ふーん、鈴みたいな花ね。でも、こういうのも涼しげでいいわね。こっちのオレンジ系も綺麗」


「それは『小鬼百合』ですね」


「小鬼? かわいい名前ね。『鬼百合』の仲間なの?」


「だそうです。『鬼百合』と色と形が似ていて小さいから『小鬼』……のはずなんだけど、これ『鹿の子』かな。こっちが『鬼百合』だよなあ……うーん……」


 普段から手伝ってこなかったから、区別がつかないんだよ。もっといろいろ親父さんから教えてもらって、精進しろよ。


「で、萌奈美さんは何を販売するんですか?」


 そうだ。俺も前からそれが気になっていた。まさか、ここで即席カットを実演する訳じゃないだろうからな。何を売るんだ?


「外村さんところのお手伝い。一応、ウチで扱っている化粧品でも並べようかと思ったんだけど、たぶん売れないから」


 そっか、ウチの手伝いをしてくれるのか。陽子さんも助かるな。美歩ちゃんの事もあるし、そいつはよかった。俺も奴の撃退に集中して……ああ、しまった、忘れていた。殺し屋だった。どこだ、どこにいる。空き地の方か。まさか陽子さんたちに何か……。






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