第15話
「――ですから、手や鎌で丁寧に雑草を除いているのです。こんな草刈機なんかを使えば、誤って刃先を当ててしまって、檀家さん達の大切なお墓を傷つけてしまうかもしれんでしょう。墓標の下には、単にご先祖様のご遺骨だけでなく、大切なものも仕舞われているのですぞ。そういう点をもっと深く考えて、今後も精進するように。草刈機の使用は、境内と裏の農園だけにして下さい。よろしいですな」
なんだ、ここの墓地には、お骨以外にも何か仕舞われているのか。珍しい墓だな。――はっ、もしかして、奴らの狙いはそれか! ここのお墓の下には何か貴重なお宝が眠っていて、東地区の人たちはそれを狙っている。だから、黒尽くめの連中を雇って騒音をばら撒き、周囲から人を遠ざけようとしている。太鼓を壊したのは……壊したのは……うーん……分からん。だが、俺の推理が正しければ、お墓に幽霊が出たのも説明がつくぞ。きっと、そのお宝にまつわる幽霊なのだろう。墓を荒らすなと化けて出たに違いない。だが、太鼓とどう繋がるんだ。太鼓、幽霊、お宝、黒尽くめ……何かピースが足りない。もう少し情報が必要だな。帰って調べてみよう。
俺が「ただいまあ」と事務所兼住居の二階の和室を覗くと、美歩ちゃんが机の上で夏休みの宿題をしている。他人に言われなくても自分で勉強する感心な子だ。でも、今日は午前中にプールに行ったんじゃなかったっけ。もう帰ってきたのか。あれ、ビニールの巾着袋は置いたままだ。水着も入っているぞ。混んでいたのかな。あ、陽子さんだ。
「なあ陽子さん。美歩ちゃんはプールに行ったんだよな。こんなに早く帰ってきて、どこか具合でも悪いのか」
「あら、美歩。もう帰ってきたの。今日はプールがお休みだった?」
「ううん。今日は、プールは、いい。しゅくだいする」
「――そう。折角お天気もいいのに、勿体ないわね。混んでいたのなら、午後からもう一度行ってみたら? 空いているかもしれないわよ。お母さんの事は気にしなくてもいいから、存分に遊んでらっしゃい。四時半までなら、迎えに行っても帰りはまだ明るいから大丈夫よ」
「今日は行かない。向こうの男子がいるから」
「向こうの男子?」
「……」
どうしたんだ美歩ちゃん。元気がないし、涙目じゃないか。大丈夫かな。お、理科の教科書か。子供の教科書もなかなか面白い……ん、これは……。
「あら、桃太郎さんもお勉強ですか。随分と熱心ね。目を丸くして」
「いや、陽子さん。ちょっと出かけてくる。重要な事実が分かったんだ。昼食は先に食べていてくれ。遅くなるかもしれん」
「桃太郎さーん、ちゃんと夕方までには帰ってきてよ。明日のお祭りの準備で出かけ……もう、せっかちねえ」
すまん、陽子さん。俺は今、祭りどころではない。急いで図書館に行かねばならないんだ。図書館は、ここからは少し遠い。とにかく今は走らねば。
俺は今、図書館の中にいる。疲れた足を労わっている時間はない。図書館の中は静かだ。息を整えて静かに歩こう。ヤバイ、清掃員のおばちゃんの
「ちょっとあんた、また勝手に! 税金も払ってないくせに、公共施設を使い放題かい! コラッ!」
しまった。雲雀口さんに見つかってしまった。税金の支払額に関係なく平等に使っていいのが公共施設というものだろう、と反論するのは得策ではない。今日の雲雀口さんは機嫌が悪そうだ。ここはとっとと退散しよう。必要な情報は得る事ができた。しかし、無理を言うおばさんだ。俺は住民票が無いのだから税金を払えるはずがない。記憶が戻ったら、ちゃんと手続きして払おうと思っているが、それまでは仕方ないではないか。まあ、手続きさせてもらえれば、の話だが。とにかく、その分を少しでも働いて返そうと思っているから、こうして、探偵として街の平和を守っているんだ。今だって、その捜査の一環として調べ物をしていたんだぞ。それを、モップを振り回して追い払わなくてもいいじゃないか。税金を納めているからって、図書館のエアコンで涼んでいるだけの奴より、ずっとましだろう。どうせなら、そっちを追い払えよ。
俺は図書館が駆け出て、そのまま暫く走った。このクソ暑いのに、なんで走らないといけない、まったく……。
あ、美歩ちゃんがいつも遊んでいるプールだ。んん? おかしいな、別に特別混んでいるようには見えないぞ。みんな元気よく泳いでいる。こんなに天気もいいのに、美歩ちゃんはどうして帰ってきたんだろう。ああ、あの、プールの横で柵越しに友達と話しているガキ共に訊いてみよう。
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