第16話
「すまん、君たち。談笑中に悪いが、少し訊きたい事が……」
「どうして私たちがプールに入っちゃ駄目なのよ」
なんだ、喧嘩しているのか。プールの中の男子が柵の外の女子をナンパしているのかと思ったが、違うようだ。
「だっておまえら、西地区の奴らじゃないか。おまえらにはプールに入る資格は無いんだよ」
「なんで私たちには資格が無いのよ」
「だって、おまえらの地区の太鼓は壊れて使えないんだろ。明日の夏祭りでは、太鼓を叩けないじゃないか。太鼓を叩かない奴は、一人前の小学生じゃないんだ。一人前の小学生じゃない奴は、プールにも入っちゃ駄目え」
「あんたたち、今朝からそうやって、西地区のみんなを追い返しているんでしょ。下級生たちが可愛そうじゃないの。中に入れなさいよ」
「やーだね。お祭り太鼓を叩かない半人前は、この地区のプールを使っちゃいけませーん。さっさと帰ってくっださーい。ベロベロベロ……ぐあっ!」
「どうだ、このクソガキ、プールに落ちて少しは目が覚めたか。今のが桃太郎様お得意のドロップキックだぜ。顔面に食らって痛かっただろうが、この子たちや美歩ちゃんが受けた心の痛みは、こんなものじゃないぞ。水の中で存分に鼻血を散らして反省しろ。おまえ、さっきの調子で、美歩ちゃんのこともいじめたな。だから美歩ちゃんは帰ってきたんだ。太鼓とプールは関係ないだろ。本当なら、俺のこの『切れ物』で、この前の富樫とかいう逃亡犯のようにズタズタにしてやるところだが、子供だから勘弁してやる。今後、二度と弱い者いじめをするんじゃないぞ。――そこのプール監視員! 居眠りしてないで、ちゃんと見ていろ。皆に平等に施設を使わせるのも、あんたの仕事だろうが。ボケチンが! シャアア!」
よし。美歩ちゃんをいじめたガキは懲らしめてやった。次は黒尽くめ達の説得だ。一つずつやっていこう。その次は幽霊さん。ちょっと恐いけど、事情を聞いて、必要以上の呪いとか祟りをしないようにお願いする。これしかあるまい。お宝の謎も解明するかもしれないし。そして最後に太鼓。これが厄介だ。東地区の奴らが何らかの組織を動かしているのだとすれば、解決には危険が伴うはずだ。殺し屋か何か、本部から人を送るとか言っていたし。これは、命がけの仕事になるかもしれない。久しぶりに腕が鳴るぜ。うう、武者震い、武者震い。
さてと、大通りの商店街に戻ってきたが、おっ、やってるな。祭りの飾りつけだ。明日だからな、ラストスパートってやつか。陽子さんと美歩ちゃんも、最後の提灯を取り付けている。――おっ。あれは、高瀬さんのところの息子さんだ。輪哉くん。随分と垢抜けたな。浪人生していた頃は、もっとヤボったかったのに。しかし、帰ってすぐから祭りの手伝いとは、感心だ。偉い、偉い。あれ、土佐山田さんは店の中か。「ウェルビー保険」の新居浜さんと話しているが、何か困った顔をしているぞ。横で奥さんは電話中。また何か勘違いされて怒鳴られているのかもしれんな。気になる。うーん、仕方ない。ちょっと中に入ってみるか。
「――という内容なんですよ。どうですか、いいでしょう。月々の保険料もお得です。この小型業務用備品保険『バッチリ安心くん』は、まさにこういう時のためにある保険なんですよ。次に同じ事態になった時に困らないように、今のうちにバッチリと……」
なんだ、保険のセールスか。土佐山田さんも大変だな。ちょっと歩き疲れたので、勝手にこのお客さん用の丸いスツールに腰を下ろしてと……ああ、奥さん。こんにちは。――ん? なんだ、スルメじゃないか。食べていいのか。悪いな、いつも、いつも。で、何の電話してるんだ?
「――いえいえ、構いませんわよ。どうせ一時の事ですし、その方が皆よろこぶでしょうから。――はい。では、主人から警察の方にはお伝えしておけば……そうですの。助かりますわあ。あら、早速みえたみたいですわ。――分かりました、わざわざご丁寧にどうも。はい、では後ほど」
大抵の女の人は電話に出る時に声が一オクターブ高くなるが、伊勢子さんは二オクターブ高くなるな。あ、鑑識のお兄さんだ。何しに来たんだろう。今朝の讃岐さんの件かな。それで、新居浜さんは帰るのか。土佐山田さんはホッとした顔をしている。お疲れ様。と安心する間もなく、鑑識のお兄さんからお話か。
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