第4話
広い空き地では、商店街の馴染みの皆さんが裏のビジネスホテルの長い影の上で幾つかの人の輪を作って談笑中だ。お、薬局のおじさんも来ている。おじさんは商店街組合の会長さんだからな。一応、挨拶をしておくか。
「よう、土佐山田の旦那。お疲れ。暑い中、ご苦労だな」
「おや、桃ちゃん。そうだよなあ、桃ちゃんが来ないと始まらないな」
そう言った
「すみません、遅くなってしまって」
「いいの、いいの。みんな、世間話をしているだけだから。お、美歩ちゃんもママのお手伝いかい。偉いねえ」
美歩ちゃんは陽子さんの手を握ったまま、ペコリと頭を下げた。この歳で会釈ができるんだぞ。ウチの美歩ちゃんはすごいだろう、と俺が自慢気な顔をしていると、花屋の
この中年のオジサンは、いつも同じ事を言っている。去年の秋祭りの時にも、新春市の時にも「あっという間で驚く」と言っていた。店にカレンダーを貼っていないのだろうか。穏やかでいい人なのだが、いつもお花畑にいるような心持ちの人だ。ま、花屋だから仕方ない。
「なんだ、桃も、今年も『ホッカリ弁当』の屋台でお手伝いか」と邦夫さんが俺に言う。何か馬鹿にされている気がする。よし、言ってやるか。
「なんだとは、なんだ。俺だって店の売上げに少しくらい貢献させてもらってもいいだろう。『ホッカリ弁当』の居候なんだから」
「でも、何もできないよな、おまえ」
「そんな事はないぞ。俺だって意外と暗算が得意だったり、包装用のビニール袋をきびきびと美歩ちゃんに渡したりしたりだな……」
「桃太郎さんが居てくれるだけで、大助かりなんですよ。お行儀もいいし、小銭番はしてくれるし。お祭りの人ごみをいい事に、ドサクサに紛れて小銭を持ち逃げしようとする人もいますでしょ。そういう人は、桃太郎さんが撃退してくれますから。ね、美歩」
陽子さんが美歩ちゃんの顔を覗き込むと、美歩ちゃんは深く大きく首を縦に振ってくれた。
「ほら見ろ。美歩ちゃんも頷いているだろ。俺だって戦力になっているんだよ」
邦夫さんは腕組みしながら言う。
「まあ、どんな悪人も、桃に睨まれたら尻込みするよなあ」
俺はそんなに目つきの悪い男じゃないだろ、失礼だな。気分が悪いぞ。溜め息を吐くな、土佐山田のおじさん。――んん、どうした、深刻な顔して。
「それにしても、いくら祭りの最中だからって、ここは警察署の目の前じゃないか。どうしてこんな所でドロボウするのかね。去年は、堺さんのたこ焼き屋の屋台が売上金をゴッソリやられたらしい。ウチも気を付けないといけないな」
そうなのか。せっかく皆でお祭りを楽しんでいる時に、悪い奴もいるものだ。陽子さんも眉を寄せて不安そうな顔をしているじゃないか。
「物騒な世の中になりましたね」
「外村さんのところは、頼りになる用心棒がいて、羨ましいよ」
お、邦夫さん、それはこの俺のことかい。うれしいねえ。俺が陽子さんに顔を向けると、陽子さんは少し驚いたような顔で邦夫さんに尋ねている。
「あら、息子さんは帰ってこられないのですか。大学も夏休みでしょう?」
「今年は帰らないそうだ。部活の合宿だとか言っているが、去年の夏祭りで金魚すくいのプールを任されたんで、今年はそれが嫌で帰らないんだろう。まったく誰のお陰で学生をしていられると思っているのか……仕送り止めたろうか、あいつ」
止めたれ、止めたれ。地域の恩恵ひとつに報いることが出来ない奴は、どれだけ勉強して偉くなっても、社会の為になる事なんか出来やしない。実働部門に回した方がよほど世の中の為になるぞ、と頷いていると、陽子さんが言う。
「若い人は若い人なりに、いろいろと忙しいものですよ。それに、お店の方を継ぐ決心をされたのでしょ。立派な息子さんじゃないですか」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます