俺と太鼓と夏祭り

改淀川大新(旧筆名: 淀川 大 )

第1話

 よう。また会ったな。


 突然だが、初めての奴も居るだろうから言っておこう。俺は探偵の「桃太郎」だ。他人は俺の事を「桃ちゃん」とか、単に「桃」と呼ぶ。まあ、あんたは好きに呼んでくれ。どう呼ばれようが、俺が正義の探偵である事に変わりは無い。現に、俺は今もこうして、悪者を捕まえようとしている。ここは田舎の小さな商店街。しかし、だからと言って平和だとは限らない。悪は場所を選ばないし、思いがけない所に潜んでいるものだ。俺は日夜、そういった悪と闘っている。


 今、俺と対峙している相手は、迷惑行為の犯人だ。ここ数日、この「赤レンガ小道商店街」の人々は不快な騒音に苦しめられていた。その大音量は、高くて耳に突き刺さるようであるばかりか、カラオケで歌い過ぎたオッサンの濁声のように耳障りでもある。この夏の酷暑に響く不快な音は、かなり迷惑だ。商店街の店の人たちは気にしないような素振りを見せているが、それは客に対しての気遣いだろう。実際、このレンガ敷きの小道を歩くお客さんたちの顔は険しい。


 ――これはイカン。このままでは商店街から客が遠退いてしまう。この商店街の人たちは、金だけでなく、確かな身分も、記憶すらも無くした、流れ者の俺にいつも優しく接してくれる。俺はおとこだ。漢なら日頃の親切に報いなければ。


 そう思った俺は、早速動き始めた。独自の情報網と鋭敏な五感を使って緻密な調査を開始。その結果、ついに音源を突き止め、犯人を特定するに至ったのさ。


 奴は、に居る。


 ここは「観音寺」という寺で、俺が居候している弁当屋や、その隣の美容院、花屋の裏手にあたる。歴史のある寺だという事は、境内のイチョウの大木が樹齢二百年を超えている事からも分かるだろうと、角の薬局のおじさんが教えてくれた。犯人は不届きにも、このイチョウの木の上から騒音を放っている。今も実行行為の真最中だ。この木は赤レンガ小道のどこに立っても見える。揺らぐことなく真っ直ぐに立つ太い幹は見る人を勇気付け、四季に応じて色を変える葉は見る人を和ませる。永年に渡り境内から周囲の街路を見守り、人々に安心感を与え続けている功労者、いや、功労であり、安寧のシンボルとも言える木だ。俺もよくこの木の下で涼むし、時には昼寝することもある。そんな大切な木の上で、しかも、由緒正しいお寺の境内で悪行に及ぶとは、実にけしからん。俺はイチョウと少し距離を置くと、一気に駆けて、勢いそのままに幹を登った。テレビで観る大抵の探偵には何らかの特技がある。銃の腕に優れた者、変装に長けた者、コンピューターのような計算を瞬時にする者、マジックが上手な者。俺は木登りが得意だ。そびえる大木の中腹まで辿り着いた俺は、太い横枝に移り、そこに立った。そして今こうして、奴を見据えている。奴は俺より少しだけ上の位置だ。幹に身を寄せて熱心に騒音を放っている。嫌がらせである事は間違いない。どうやら、俺には気付いていないようだ。大音量が仇となったな。扇形をした青緑色の葉が俺たちの周りを埋めている。ここは仄暗い。その中で、外からの木漏れ日がスポットライトのように奴を照らしている。丸見えだ。どれ、息を潜めてじっくりと観察するか。


 うーん、それにしても異様な恰好をした奴だ。真夏なのに全身黒尽くめ。その装具に若干の光沢があるところを見ると、奴の全身を覆っているのは、硬質の鎧だろう。両目の間には小さなレンズが三つ。遠近両用の暗視ゴーグルまで着けているのか。しかも、事前の情報が確かなら、飛び道具も装備しているはずだ。思ったとおりだぜ。こいつはプロだ。細心の注意が必要だ。これは、そっと近づいて一気に取り押さえるしかないな。と思って、ふと下を覗くと……た、高い! しまった、えらく高い位置まで登ってきてしまったぞ。これは、うっかり足でも滑らせたら大変な事になる高さではないか。しかも俺は、木登りは得意だが、木降りは苦手だ。どうする俺。――いや、帰りの事など考えている場合か。こいつは商店街の皆さんを困らせている悪者だ。何としても捕らえなければ。だが、相手は十分な装備をしているうえに、足場の悪い高所での接近戦。勝負は一瞬でつく。躊躇した方が負けだ。ここは覚悟を決めて……。






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