第8話
「ゆ、幽霊? まさか」
「だって、鍵も壊されていなかったんでしょう? 倉庫の裏手は墓地だし、やっぱり出たのよ、あれが」
そうリアルに幽霊の仕草をするな、鳥丸さん。あんたは痩せているから、本物かと思うじゃないか。頼むから、やめてくれ。俺は自動車以上に幽霊も苦手だ。
「墓地で変な光を見たって、ウチのお客さんも言ってたわよ。あんたの家、近くだから気をつけなさいよ」
「やめてよ、恐いこと言うの」
「もしかしたら、西地区商店街が呪われているのかもよ」
「ちょ、ちょっと、玲子」
「ああ、恐い、恐い。それじゃあ、私は東地区だから、向こう側の飾りつけをしてくるわね。じゃ」
鳥丸さんの奴、軽めのジャブを放ってから去って行きやがったな。鳥丸さんは大通りの向こう側の東地区の住人で、警察署の横道の角にある「まんぷく亭」という定食屋を営んでいる。昼は弁当の配達も始めた。つまり、陽子さんが営む「ホッカリ弁当」とは同業者であり、この田舎町の少ない客を奪い合う競争相手でもある訳だ。陽子さんは幼馴染の同級生として気さくに接しているが、向こうは少なからず対抗意識を燃やしているに違いない。たまにウチの店に顔を出しては、こういう事を言って陽子さんを困らせる。呪われているだと? そんな噂を立てられたら、気持ち悪くて誰もウチの弁当を買わなくなるだろうが! とんでもない風評被害だし、偽計業務妨害だ。ふざけんな! しかも、陽子さんは独り身の女性だし、美歩ちゃんはまだ子供だぞ。そんな話を聞かされたら、恐くて夜も眠れないじゃないか! まったく、頭にくるオバサンだな。よし、決めた。俺が犯人を見つけてやる。この名探偵「桃太郎」様が太鼓を壊した犯人をとっ捕まえてやるぜ。見てろよ。捜査開始だ!
という訳で、俺は捜査に取り掛かった訳だが、まず何から着手するべきか迷った。まずは現場だ。被害状況を確認する必要がある。そう考えた俺は、また観音寺にやってきた。若いお坊さんたちが庭を掃いている。墓参りの客のふりをして奥へ進もうと思ったが、よく考えてみたら、俺は面が割れている。うーん。流れ者が墓参りとは不自然だろう。しかし、探偵は秘密活動が基本だ。捜査をしている事を知られてはいけない。さて、どうするか……。そうだ、これで行こう。「そうだ、京都へ行こう」的な場当たり的決断ではあるが、深く検討している暇はない。もうじき日が暮れる。夜のお寺は恐いからな。墓地はなお更だ。急がねば。
ふと、魂の根源に思いが至り、散歩のついでに墓地に足を運んだ哲学者のような顔をして、彼らの前を通り過ぎる。我はデカルトかカントはたまたサルトルなり、といった風格と澄まし顔でと……よし、上手くいった。誰にも止められなかったぞ。我ながら、なかなかの名演技だ。おお、ここか、この倉庫だな。近くで見ると、結構に大きな建物だ。倉庫というより、平屋の倉というところだな。ん、扉に張り紙がしてあるぞ。なになに、西地区商店街の大太鼓は、ここに仕舞ってあります……か。
……。
正直すぎる、正直すぎるぞ、大内住職さん! なぜ張り紙なんかして、町内会の大切な財物を保管している事実を公開するんだ。これでは賊に対して盗んでくれとか、壊してくれと言っているようなものではないか。
んん。しかし、錠は壊されてはいないようだ。これは錠。これに差し込む方が鍵。これら二つを合わせて錠前と言う。知ってたか。ま、どうでもいいが、とにかく、扉には金属製の南京錠が提げられたままだ。詳しく観察してみても、鍵穴に何かを無理に差し込んだ形跡や、錠の周囲を叩いた痕跡は無い。錠には問題なしかあ。では、どうやって中に……お、誰か来たな。隠れよう。
若いお坊さんだ。ジャラジャラと鍵の束を鳴らしている。あれは差し込む方のやつだから、鍵だ。間違いない。お、倉庫の錠を解いたぞ。中に入るのか。よし、今だ。躊躇している暇はない。
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