第7話

 支店長さんは険しい顔で言った。


「他の支店でも聞きました。同じ被害に遭っている街が多いそうです。こういう町内会の和太鼓だけではなく、神社や学校のブラスバンドの太鼓までやられているみたいですね。鍵をして厳重に仕舞っている所、つまり、頻繁には出し入れせずに大切に保管している所がやられているそうで、中には三味線の皮なんかが全部やられたという郷土芸能の保存会もあると」


「という事は、つまり、何者かが鍵を壊して倉庫に侵入し、中の太鼓の皮を故意に破ったという事なのか。だから太鼓が使えない、そういう事か」


 と俺が言うと、大内住職が頷く。


「気の毒に。普段の練習には使わずに大切に保管してあったという事は、どれも結構に高額な楽器とか、古くて文化財としても貴重な楽器なのでしょうからな。ウチで預かっていた太鼓も前者ですよ。信金さんからお金を借りて購入して、みんなで少しずつお金を出し合って返済している最中なのに、こんな事になってしまうとは。申し訳なくて、皆さんに会わす顔がない」


「それは住職のせいじゃないだろ。気にするな。悪いのは犯人だ」


 俺がそう言うと、須崎支店長さんも一緒に住職を慰める。


「ほら、桃太郎も分かっているじゃないですか。ご住職に責任はありませんよ」


「そうですかなあ……。これから皮の張替えとなると、お金も掛かるし、どうしたらいいやら」


「資金面は何とか工面できるように本店と掛け合ってみますよ。この支店も商店街の一員ですからね。こんな時に役に立てないようじゃ、信用金庫の名がすたります」


 支店長さんは急に活き活きした顔でそう言うけど、要は修理費用分の金を借りろって事だろ。


「よろしく頼みますな。――お、テントの運び出しに移動じゃな。ワシも行かんとな。じゃあ、支店長さん、職員さんたちによろしくの。そいじゃ」


 商店街の重要事項を勝手に一人で須崎支店長さんに頼んだ麻シャツの住職は、下駄を鳴らして走っていく。それでいいのか、大内住職。いや、そんな事どころではない。これは事件じゃないか。連続器物損壊事件。警察はこの被害を認知しているのか。警察署は大通りの向こうにあるのだが、ああ、駄目だ。やっぱり渡れない。俺は自動車恐怖症だ。当然、運転免許も持っていないぞ。自慢じゃないが、あっちの横断歩道だって一人では渡れないんだ。こんな事が美歩ちゃんに知れたら、恥ずかしくて……あれ、美歩ちゃんと陽子さんはどこに……。あ、居た。なんだ、向こうで電飾の取り付けの手伝いか。美歩ちゃんは段ボール箱から提灯ちょうちんを取り出して渡す係だな。よし、俺も行って手伝うとしよう。


 しかし妙だな。なぜ警察は動かないんだ? さっき須崎支店長さんは、他の支店でも被害の話を聞いたと言っていた。という事は、広域で発生している器物損壊事件じゃないか。被害客体と手口が共通しているなら、同一犯による犯行である可能性が高い。警察はとっくに把握しているはずだ。


 はっ、まさか!


 さっきの黒尽くめの犯罪者集団が何か関係しているのか。もし太鼓が毀損された時期がこの一週間以内だとしたら、奴らが現れた時期と一致する。プロ集団であるのは明らかだし、奴らの防具には、何か色々な仕掛けが有りそうだった。鍵を開けるための小道具や太鼓の固い皮を破る刃物なんかも仕込んであるかもしれん。だとすると、こいつは難敵だな。俺一人で奴らを捕まえる事ができるだろうか。あ、陽子さんの同級生の、ええと……鳥丸さん。鳥丸とりまる玲子れいこさんだ。陽子さんと立ち話中か。


「陽子ちゃんの西地区、太鼓を出さないの?」


「うん。皮が破れてしまっているらしいわ。そっちの地区は出すんでしょ」


「みたいね。ウチの東地区のは、やられていないって。よかったわ。修理費で、これ以上地区会費が上がったら、私のところはやっていけないわよ。そっちは、どう? 上がりそうなの?」


「たぶん、上がると思うわ。修理しないといけないでしょうし。でも、それよりも、美歩が楽しみにしていたから……」


 陽子さんの視線を追って美歩ちゃんを見てみると、彼女は短い腕の先の小さな手で一生懸命に、折り畳まれた提灯を段ボールから取り出して、萌奈美さんに渡している。太鼓の中止がよほどショックだったのだろう、目に涙を溜めている。いたたまれなくて、とても見ていられない。俺は視線を陽子さんたちに戻す。鳥丸さんが遠くをにらんでいるな。広場の方か。テントを運んでいる男衆だ。なんでにらんでいるんだ? 

 鳥丸さんは言う。


「そちらの保管役の大内さんも、もっと早く気づかなかったのかしらね。音がしたんでしょ。太鼓が鳴るような音が、夜中に」


「うん。らしいわね。私たちは気づかなかったけど」


「やっぱり、幽霊の仕業かしら」


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