第9話

 俺は倉庫の中に入る。若いお坊さんは奥の方で何かを探しているので、その隙に物陰に隠れる。しかし、結構、いろんな物が仕舞われているなあ。大きな屏風や火鉢だけでなく、庭仕事用の脚立や、一輪車も置いてある。あれは、古い木魚かな。周囲の棚には何体もの仏像や掛け軸の箱、積み重ねて紐でくくられた古書なんかが並んでいる。さすがに古寺だ。歴史を感じるなあ。それにしても、彼はあんな隅っこで何を探しているんだ……ああ、なんだ、草刈機か。また随分と古い草刈機だなあ、刃が錆びているぞ。このお坊さんも使える物かどうか気になるようで、抱えたそれを丹念に見定めながら戻ってくる。よし、俺に気付かないまま出て行ったな。扉も閉まった。もう安心だ。どれ、じっくりと探索を始め……て、そこに在るではないか、西地区の大太鼓。これか。前に祭りで見た時も思ったが、これは立派な太鼓だ。音の響きも良かったし、きっと相当に高額だったに違いない。ああ! 破けている。太鼓の皮が中央からパックリと割れているぞ。これは酷い。では、反対側は……破れてはいないな。こちら側だけか。しかし、これは大内住職さんの言うとおり、皮を丸ごと張り替えないといけないな。反対側と対になっているはずだから、もしかしたら、破れていない反対側の皮も一緒に張り替えないといけないのかもしれない。周囲のびょうを一本ずつ丁寧に抜いて、鉄枠を外し、特殊な技法で時間と手間を掛けて慎重に張り替える、とすると相当に時間がかかるな。今から発注しても、明後日の祭りには到底間に合わない。それに、お金も結構な額が掛かるはずだ。こりゃあ、大損害だな。それにしても、この皮は分厚いなあ。俺のこの自慢の「切れ物」でも、刃先を突き立てるのがやっとだろう。こいつをあっさりと切り裂くとは、犯人は相当に鋭い刃物を使ったという事か。しかも、一刀で遂げるとは、それなりの使い手とみた。いったい何者なんだ。周囲に足跡は……やはり、何も痕跡が残っていない。窓も無いしなあ。侵入経路は出入り口のあの一箇所だけか。でも、鍵が掛かっていたぞ。ああ、これは鍵でいいんだ。錠じゃない。とにかく、どうやって入ったんだ。足跡も無いみたいだし……それに、動機が分からんぞ。動機は何なんだ? ただの愉快犯にしては、妙だ。周囲には高価な仏像や屏風、火鉢。壊し易い物がすぐに目に付いたはずなのに、どうして、この大太鼓を狙った。鳥丸さんの話が本当なら、犯行時に音がしたはずだ。つまり、犯人はリスクを犯してまで、この大太鼓を毀損している。という事は、この太鼓を壊す事そのものが目的だったという事か。


 はっ、もしかして……太鼓の中に何かが隠してあったのか。皮を破いて中を覗くか、手を入れなければならない事情があったとか。――と思って皮の切れ目を少し開いてから中を覗き回しても、何も無い。そもそも、この狭い切れ目から手や頭を挿し込むのは困難だろう。もし犯人がそのつもりなら、十字に切り裂いているはずだ。一文字に切り裂いても、切り口の隙間は狭いし、皮も固いから、きつい。手や頭を入れるのは無理だな。中に目的が無いとすると、やはり「太鼓の皮を切り裂く」という事そのものが目的か。うーん。快楽的犯行という線も否定はできないが、他でも保管されている太鼓や三味線ばかりが被害に遭っているという点が気に掛かる。楽器を壊すのが狙いなら、出してある物を狙えばいいはずだ。学校のブラスバンドの大太鼓なんかは、大抵が音楽室にそのまま置いてあるだろう。そういう太鼓は狙わずに、その都度別室に仕舞う物ばかりが狙われているとすれば、やはり何か理由があるはずだ。大太鼓、三味線、ブラスバンド……そうか、祭りか。どれも祭りで使用する物だ。だから本番直前まで大事に仕舞っている。それらを狙っているとすれば、犯人の狙いは楽器の破壊ではなく、楽器を破壊して祭りに出せなくする事に違いない。しかし、これが黒尽くめのプロ集団の仕業だとしたら、奴らが祭りの妨害をする理由は何だ。あの騒音発散行為と同じように、嫌がらせか。だとすると、奴らを動かしている黒幕がいるかもな。ここの商店街の人たちに何か深い恨みを抱いている人物、そいつが真犯人なのかもしれない。


 とにかく、事務所兼住居に戻って最初から情報を整理し……うおっ、なんだ、扉が開かない! しまった、外から施錠されている。閉じ込められてしまったぞ。ど、どうしよう……






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