第13話

 大通りの向こうの警察署に帰る時、お兄さんは横断歩道を渡る。この横断歩道は土佐山田薬局から例の空き地と反対方向に少し歩いた所の地方銀行の前にあって、横断歩道を渡りきった先はコンビニの駐車場の真ん前だ。そこから「ウェルビー保険」の向かいの「まんぷく亭」まで歩き、横道を過ぎると左手に警察署が建っている。大通りを隔てた向かいが例の空き地。つまり、土佐山田薬局から横断歩道を渡って警察署に帰ると随分と遠回りになるのだが、お兄さんは現職の警察官だから、ちゃんと横断歩道を渡る。もちろん緊急事態の時は大通りの車を止めて横断してくるが、平常時は遠回りでも交通法規をちゃんと遵守する。真面目な人だ。自動車恐怖症の俺は、コンビニの駐車場から出てくる車が恐くて、この横断歩道も渡れない。だから、よほどの事が起こらない限り向かい側の東地区に渡ろうとしないが、今回はよほど以上の事が起きたので、渡る。警察の制服姿のお兄さんと一緒なら安心だし。少し緊張しながらも無事に横断歩道を渡り終える事ができたので、お兄さんに尋ねてみる。


「なんだ、今日はお巡りさんの制服姿なんだな。いつもは作業服みたいなやつなのに」


「ん? 桃太郎も見慣れないベストだなあ。さては僕と一緒で、お祭り用だな」


「別にそういう訳じゃないが、あんたのその制服は、お祭り用なのか?」


「しかし、この暑いのに参るよ。今週は夏祭りが終わるまで制服で巡回なんだ。祭りの当日は雑踏警備だし。鑑識は普段はTシャツ一枚だから、楽なんだけどなあ。ワイシャツは暑くて……」


「そうなのか。俺たちのお祭りのせいで、雑踏警備の臨時要員として駆りだされた訳か。申し訳ないな」


「まあ、地域の人たちにとっては大切なお祭りだからさ、僕も頑張るけど、しかし、この暑さはなあ」


「売上げアップで臨時ボーナスのチャンスだからな。みんな、祭りは真剣に準備しているみたいだ。迷惑をかけるが、宜しく頼む」


「でも、こういう暑くて大変な時だから、お祭りって大切なんだよなあ。毎年巡回していて、この頃やっと分かってきたよ。そう考えれば、雑踏警備も交通誘導も苦じゃないな。警察官として市民が大切にしているものを守っている訳だし。うん、そうだ、そうだ」


 何を言わんとしているのか、いまいち良く分からんが、警察官もいろいろ大変なんだろうな。ああ、そうだ、大事なことを忘れるところだった。


「なあ、それはともかく、近頃この辺りで黒尽くめの防具を身にまとった特殊部隊の連中みたいな奴らが出没しているのを知っているか。例の騒音被害の犯人なのだが、俺はどうも、この連中が太鼓の毀損事件と関係しているような……て、おい。聞いているのか」


 なんだ、走って行きやがった。忙しい人だな。――そうだった、兼務で実際に忙しい人だった。忘れていた。


 俺は汗に濡れたお兄さんの背中を見送る。そして横には「まんぷく亭」。たしか、この横道の先だな。行ってみるか。ええと、この先にある駐車場の隅に、東地区の人たちが大太鼓を保管している倉庫が在るはずだが……あ、あれか。あの駐車場だな。随分と日当たりの悪い駐車場だな。警察署の陰になっているのか。ま、駐車場はそれでいいのかな。あれ? 奥の倉庫の前に人か何人か集っているぞ。あ、鳥丸さんもいる。何をしているんだ。大人たちが輪になって、皆、深刻そうな顔で話し合っている――と言うよりも、大通りの方をあちらこちらと指差して、何かを打ち合わせているって感じだ。東地区の大太鼓は本当に被害に遭っていないのか確認に来たのだが、これはとんだ場面に出くわしたかもしれないぞ。もしかしたら、ウチの地区の太鼓の毀損は、東地区の人たちの仕業なのかも。祭りの主導権を握ろうという作戦なのかもしれん。これは、何を話し合っているのか聞かねば。駐車してある車の陰に隠れて、近づいてみるか。


「また昨夜も出たらしいわよ。例のお化け。火の玉と一緒に、墓地の中を移動していたらしいわ。ああ、恐い」


 鳥丸さん、まだ言っているのか、とは言えないな。実際に昨夜、俺もこの目で見たしな。折角忘れていたのに、思い出したら鳥肌が立ってきた。ううう、寒い。


「どっちの幽霊なんだよ」


「男の幽霊らしいわよ。見た人の話では首からの上の輪郭は火の玉の光でぼやけていて、顔もはっきり見えなかったらしいけど、確かに白い着物を着ていたらしいわ。それってあれよね、亡くなった方に着せる白い着物……」


「死装束かい? 本当かねえ」


「本当ですって。私の知人が携帯のカメラで撮影していてね、それを送ってもらったんですよ。ああ、あった。ほら、この画像です」


「おお、ホントだ」


 そんなものを画像にして保存するかね。ていうか、回しているのか。何考えているんだ。ITツールを使って自分に呪いをかけているのと同じだろ。


「しかも、昨晩は倉庫の小窓が開いていたらしいわよ。その倉庫、壊れた大太鼓が入っている倉庫なんですって。やっぱり、呪われているのかしら」


 すみません。それは俺です。


「太鼓を作った職人の幽霊が、夜な夜な倉庫に忍び込んで、皮の破れた太鼓で悲しげな音を鳴らしているとか。ウチの地区の太鼓も大丈夫だろうな。うう、寒気がしてきた」


「大丈夫よ。この太鼓、西地区の太鼓と一緒に買ったでしょ。セットで。職人さんも生きているわよ。西地区の人たちが昨日、電話で皮の張替えの見積もりを頼んだそうだから」


「なーんだ、そうか。じゃあ別人の幽霊なんだ。よかった、よかった」


 何がよかったんだ。幽霊は幽霊だろうが。アホか。と怒りながら、もう少し会話に耳を傾けてみる。


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